僕らの恋はうまくいかない-24

首輪で縛って【5】

 だけど、年が明けるのを待つこともなく、たくさんの忘年会の中で頼斗は女の子を見つけて僕のことは放り出した。お金はもらっていたから、僕はひとりで新年を迎えるのが無性に哀しくて〈まろん〉に行ってみた。
 年末年始はお休みかなあ、とも思ったけど、むしろいつもより騒々しく営業していた。常連のお客さんが、テーブルの垣根もなく楽しそうに話したり笑ったりしていて、混ざっていいのかな、と臆面していると希音さんが僕に気づいてくれた。「いらっしゃいませ」と咲ってくれた希音さんに、僕は一瞬泣きそうになってしまう。
 希音さんはいつも僕に咲いかけてくれる。頼斗は自分が寂しいときしか僕に笑みも向けない。希音さんみたいな人を好きになってたらよかったのかなあ、と思うけど、やっぱり僕は頼斗の腕の中が欲しい。どんなことをしたって、僕は男で、ペットで、そこは手に入らないのに。
「あ、なごみちゃんだ。なごみちゃーん」
 希音さんにうながされて〈まろん〉の中に入ると、そんな憶えのない声がかかってびくんと店内を見まわしてしまう。すると、セミロングの女の子が駆け寄ってきていて、「酔っ払いが」が希音さんがその女の子が僕に抱きつく前に止めてくれる。
「きーちゃんとハグしても嬉しくないよお」
「おい、こいつ明らかに飲み過ぎてるぞ」
「澄音ちゃんは、キネくんが連れて帰れるから大丈夫でしょう」
「いや、つぶれたら置いて帰る」
「希音くん、どっちみち朝までここで仕事じゃなかった?」
「そうだけど。連れて帰って始発でゲロ吐いたりしたら嫌──」
 希音さんの腕の中の女の子が希音さんにどすっと肘鉄を入れた。希音さんはうめいてしゃがみ、「確かに酔ってますけど!」と女の子は希音さんの頭をはたく。
「ゲロの心配までされたくないねっ」
「わりと正気だった……くそ」
 僕がどうしたらいいのかおろおろしていると、女の人ふたりは希音さんをいじっているので、「初めまして」と男の人が僕に微笑みかけてくれた。僕は慌てて頭を下げ、「初めまして」とぎこちない口調で言葉を返す。
「たまにここに来てるよね。なごみくんって名前だけ、希音くんに聞いてる」
「そ、そうですか。えと、僕は名前も知らなくて、」
「俺は鎬樹。意外と酔ってなかったのは澄音ちゃんで、クールビューティのほうは冬乃さん」
「よく、三人でごはん食べてますよね」
「もともとの縁は、みんな希音くんなんだけどね。希音くんがここにいるから、俺たちもここで知り合ったんだ」
「鎬樹さんがなごみちゃん口説いてる!」と澄音さんが楽しそうに咲って、冬乃さんが噴き出す。
「彼はキネくんが目をつけてるわよ」
「あー、どうせ俺はこのあと譲くんの店に行って、そこで年越しますが」
「やっぱそこは相変わらずかー」
「なごみくんってキネくんに懐いてるけど、実際どうなのかしら」
 冬乃さんの冷ややかなほど綺麗な顔がこちらに向いて、僕は「好きな人はいるので」と狼狽するまま言ってしまった。「あら」と冬乃さんはまばたきをして、「え、そうなの?」と澄音さんをはらいながら立ち上がった希音さんも僕を見る。
「あ、まあ……お金も、その人と暮らしはじめたおかげというか」
「きーちゃん振られた」
「澄音いちいちうるさいな。へえ、そうなんだ。ちゃんといい人?」
 僕は希音さんを見上げた。もちろん、とうなずこうとした。でも、頼斗を想って、首が硬くなってしまった。
 ベッドのきしみ。女の子と出かける背中。目も合わせてくれない。いい人、なのだろうか。ペット、寂しいときだけ、すごく都合のいい──
 頼斗の前ではいつも我慢できるのに、どうしてもこらえきれなくて、ぽろっと雫が瞳から落ちてしまった。希音さんだけでなく、鎬樹さんと澄音さんと冬乃さんも驚く。僕は慌てて冷たい指で頬を拭いて、下手くそな笑みを作った。
「い、いい……人、ですよ。たぶん。まだ知りあってそんなに経ってないけど、……優しい、し」
「……ほんとに?」と希音さんが心配そうに言って、「待って待って」と澄音さんが自分を落ち着けるように言った。
「なごみちゃん、泣いてるじゃん。え、とりあえずそれって女なの?」
「お……男、です」
「じゃあ、なごみくんってゲイ? あ、ちなみに俺もゲイなんだけど」
「分からない、です。ただ、男の人としか分からないから。女の子とか、周りにいなかったし」
「鎬樹さん、そういう場合ってあるのかしら」
「あると思うよ。俺も、状況に迫られて女装の子が好きなんだし」
「そうよね。とりあえず、なごみくん、私たちと座りましょう」
「あー、俺、そろそろ仕事戻らないと。栗香さんの視線を感じる」
「私たちで、なごみちゃんの話聞いておくよ。あ、なごみちゃんはきーちゃんいないと嫌かな?」
 僕は三人を見てから、希音さんを見た。「こいつらには安心して話していいから」と言われて、僕はぎくしゃくとだけどうなずいた。「よし」と希音さんは僕を三人に任せて、にぎやかに騒いでいる店内に戻っていく。
 僕は目をこすって、「すみません」とせっかくの楽しい雰囲気をここだけぶち壊している自分が嫌になりながら謝る。すると、澄音さんは首を横に振り、鎬樹さんは僕の肩をたたいて、冬乃さんは奥のソファに面したテーブルへとうながしてくれた。
 その席に落ち着くと、僕は何か言わなくてはと思っても、なかなかつっかえて言葉が出なかった。そんな僕に三人は目を交わして、「とりあえず私の話でも聞く?」と澄音さんが言った。僕は少し顔を上げ、すると澄音さんはちょっと哀しそうに咲ってから、「私も好きな人がいるの」と自分のことをゆっくり話してくれた。小学生の頃からずっと好きな人、いつも守ってくれて、それゆえ刑務所にまで入った人──「でも筧さん、それからぜんぜん私に会ってくれなかったの」と澄音さんは壊れそうな声でつぶやいた。
「面会も全部拒否。何度行っても、手紙を置いていっても拒否。だから、つらくなっちゃって行かなくなったんだ。だけどね、この夏に久しぶりに行ってみたの。鎬樹さんが勧めてくれたんだけど」
 僕は鎬樹さんを見て、その話の先を知っているらしい鎬樹さんは少し苦しそうに微笑む。
「そしたら、筧さんとっくに出ていってたの。何の連絡もなく、ただ家族とやり直すって言って」
「で……も、その人の家族──」
「うん。筧さんを追いつめたような家族。考えるの、もしかしたらね、家族の人も少しは変わって筧さんを支えてるかなって。そうだったら、いいんだけど。悔しいけど、そうだったらマシだよ。だけど……きっと、そんなの甘いよ。筧さんは今頃、どんどん自分を殺してるんだと思うの」
「澄音さんが、会いにいったら」
 澄音さんは首を横に振って、「いい加減、筧さんには拒絶されてることを理解しないとダメなんだと思うから」と言う。
「拒絶、……されてる、でしょうか」
「拒絶したくてしてるとは、思わない。だからつらいの。嫌われたんなら、ずっと楽だよ」
 何か言いたかったけど、僕には何とも言えなかった。冬乃さんが隣の澄音さんの肩を抱いて頭を撫でる。「じゃあ、私のことも話すわ」と今度は冬乃さんが僕を見つめた。
 冬乃さんにも好きな人がいた。昔からこっそり愛しあってきた相手は、肉親である弟だった。弟は冬乃さんを守ると言った。男から。父親から。淫らに触れてくる手から。冬乃さんは弟に依存して、でも弟は、もう冬乃さんだけでなくいろんな女と関係していた。「秋生には、きっともうただの重い女だって思ってた」と冬乃さんはうつむきがちに話した。
「でも、どうしてもやっぱりあの子が好きだから。全部捨てていいから、言おうと思ったの。好きなの、あなたを愛してるのって」
 冬乃さんは少し息を吐いて、自嘲気味に嗤った。
「あの子も私がずっと好きだったって言ったわ。言ったけど、……遅かった。もう私をあきらめることを決めてて、ただの弟になるって言われた。それから、もう、……何もないわ。ほんとにただの弟よ。家にいるとつらいから、このあいだひとり暮らしを始めて、だいぶ落ち着いたけど」
 僕は視線を下げてから、やや迷ったものの、鎬樹さんを見た。鎬樹さんも話してくれた。
 男なのに、男に惹かれる自分を受け入れられない。好きな人ができても、手をつないで歩くのも怖い。でもやっぱり、隣に誰かいてほしい。そう願ううちに、女の子のような男を好きになればいいと思いつき、女装する男を好むようになった。理想的な男はいないものか。そう思って営業の仕事も兼ねて夜の街を出歩いて、ついに見つけた人がいた。
 でも、その人は、確かに女装にするけれど、あくまで「ストレート」の人だった。告白して振られたけど、いまだに会うのをやめられない。彼の働く女装バーにも行ってしまう。「情けないよね」と鎬樹さんは咲って、僕は何とか首を横に振った。
 振りながら、もう一度三人を見直して、無意識に深呼吸するとさっきつっかえていたものがふっと消えて、僕は自分のことを話していた。家のことを話すあいだは乾いていたのに、頼斗のことを話すうちに、涙がまたどんどんあふれてきた。「それでも好き」と僕は何度も言っていた。
「好きだよ。頼斗がそれでも好きだよ……」
 ──〈まろん〉で年を越して、僕は始発で頼斗の家に帰った。インターホンに出たのも、ドアを開けたのは頼斗だった。すごく焦った顔で、僕を認めた途端、ぎゅっと抱きしめてきた。「頼斗」と僕はかぼそく呼んだ。「帰ってこないから」と頼斗は泣きそうな声で言った。
「家に、帰ったのかとか……どっか行ったのかとか、いろいろ、考えて。怖くて。よかったっ……」
「……僕、」
「ごめん、なごみ。やっぱこんなのダメだよな」
「え……」
「ペットなんて、ひどいことやめる」
 僕は目を開いた。頼斗は軆を離して、鼻をすすると優しく咲って僕の頭を撫でた。
「友達になろう」
「……えっ?」
「こんな関係、絶対よくない。なごみに変な支配欲を持つからいけなかったんだよな。なごみにはなごみの自由があって当然なのに。ペットなんて言って、縛ろうとしてごめんな」
「え、あ……僕、」
「もちろん、ここに住んでていいから。ただ、何というか、友達じゃないことはやめようぜ」
「ま、待って、僕──」
 僕、頼斗が好きだよ。好きなんだよ。だから、友達なんてもっとつらいよ。そんなものになるなら──
「僕、ペットで……いい」
「無理すんなって。俺、なごみのこと大事にしたいから言ってるんだぜ。友達になれば、」
「ペットで、いいよ。僕はペットのほうがいい」
「何で? ペットなんか、人間あつかいでもないんだぜ。友達のほうが、なごみを大切にできる──」
「僕はペットでいいっ。頼斗のペットじゃないと、僕っ……!」
 何と、言えばいいのだろう。分からない。頭がぐちゃぐちゃに混線してくる。〈まろん〉で聞かせてもらった話がぐるぐるして、呼吸が荒くなって、その息が白く残像する。頼斗に名前を呼ばれて、僕はそれを振りはらうと庭に飛び出した。
 きんとした早朝の空気が突き刺さって、頭がずきんとした。静けさの中を駆け抜け、けれどすぐにがしゃんと大きな音を立てて門に行きあたり、開けようとしても、鍵がかかっていてまったく動かない。蒼く陰る空に太陽が昇って、夜が明けていく。僕はずるずるとその場にしゃがみこんで、大きくしゃくりあげて泣く。
 友達?
 嫌だよ。そんなの、絶対に嫌だよ。
 だって、友達は、僕をあんなふうに深くまで抱かない。
 ……ああ、何でかな。鎬樹さん。澄音さん。冬乃さん。本当に、何でなのかな。僕も同じみたいだ。あなたたちと同じように、僕の恋もそうみたいだ。僕の恋も、どうやらうまくいかないよ。
 どうしてこうなっちゃうんだろう。
 僕らの恋はうまくいかない。

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