水鏡に映して-20

一緒に笑顔で

 年が明けるとついに受験が始まった。滑り止めを受けたりもしたけど、紗琴も暮村くんも目指す本命は、三月に受ける高校だ。
 放課後の図書室で、紗琴と一緒に暮村くんに勉強を教わっていると、ふと「聖園、空気読もう?」と声がしてあたしはいきなり頭をはたかれた。むっとして顔を上げると、そこには真宮くんがいる。
「痛いんだけど」
「いや、カップルの時間に割りこんでる聖園のほうが痛いな」
「うるさいなー。一応、邪魔かなって遠慮したよ」
「んなこと言って、高校まで追いかけていくんじゃないだろうな」
「……志望は同じだけど」
「うわっ。空気読めない人がいる」
「いいじゃないっ、あたしは紗琴の親友でもあるんだから。ていうか、真宮くんこそ志望どこなの? そんなこと言ってる人が、まさかあたしたちを追いかけてこないよね」
 真宮くんはちょっと変な顔をしたあと、ぼそっと志望する高校の名前をつぶやいた。「あ、一緒だね」と紗琴が言ったので、「マジで!?」と本気で知らなかったのか真宮くんは焦った顔になる。
「うわー、ストーカーがいるー」とあたしは棒読みで揶揄い、すると真宮くんはあたしの頬をぐにっとつねってきた。その手をはらい、図書室なのにうるさいやりとりをして周りを振り向かせているうちに、紗琴と暮村くんも顔を合わせて噴き出した。
「真宮も同じ志望校なら、よかったら一緒に勉強する?」
 暮村くんがそう誘いをかけると、「いやいやいやっ」と真宮くんは即座に首を横に振る。
「俺とか、聖園より邪魔じゃん」
「そんなことはないけど。ね」
 暮村くんは紗琴を見て、「うん」と紗琴は微笑む。
「真宮くんも一緒に勉強しようよ」
 紗琴に言われると、さすがに真宮くんも困るようだ。「いいじゃん、真宮くんも混ざりなよ」とあたしからも言って、するとやっと真宮くんは「そこまで言うなら」なんて、あたしの隣の席に座った。それでも、初めはあたしの注意を引いておくことばかり頑張っていたけれど、学年有数の暮村くんの解説が耳に入ってくるうち、結局いつのまにかまじめに勉強に励んでいた。
「茉莉、真宮くんと仲良かったんだね」
 その帰り道、あたしとふたりになると紗琴はどこか嬉しそうにしながら言った。切りつけるような木枯らしが吹き、乾いた地面を落ち葉が転がっていく。
「ぜんぜん知らなかった」
「んー、仲がいいかは分からないけど、たまにしゃべってた」
「教えてくれたら、もっと早く応援してたのに」
「応援」
「茉莉と真宮くん」
「……いや、あたしと真宮くんはそういうのないと思うよ」
「え、何で?」
 だって、真宮くんは紗琴が──。でもそれは勝手に言えないので、「紗琴は暮村くんと同じ高校に進むこと考えてなさい」とぽふっと紗琴の頭に手を置いた。紗琴は不思議そうにしたのち、「真宮くんはああ言ってたけど、茉莉も一緒じゃないと」とこちらを見つめてくる。「ちゃんとあたしも頑張るよ」とそこは微笑むと、紗琴はこくんとして「頑張ろうね」と笑顔になった。
 それ以降、学校での勉強には、なぜか真宮くんも参加するようになった。「俺はいらないだろ」と言う真宮くんを、紗琴が連れてくるらしい。「あれは邪魔でしょ」とこっそり暮村くんに訊くと、「日向は聖園さんの力になりたいみたいだから」と苦笑された。
 あたしの力にって──本当に真宮くんとは何にもないし、何だかんだで真宮くんがついてくるのも、紗琴に強く逆らえないだけなのだと思うけれど。仕方ないのであたしは真宮くんの隣に座り、「何が分かんないの?」と紗琴と暮村くんをそっとしておくことに協力する。
「分からないの前提かよ。英語はちょっと何言ってるか分かんねえけど」
「分かんないんじゃない。単語は分かる? 書ける?」
「単語は何とかなる。あれな、俺ヒアリング無理だ」
「ヒアリングかあ。字幕の洋画観るといいとか聞いたけど」
「えー……あ、じゃあ、今度一緒に映画行く?」
「はっ?」
 思わず変な声を出る。そのときもやっぱり図書室だったので、またもや周りが振り返った。あたしは慌てて「すみません」と言い、真宮くんの肩を小さくはたく。真宮くんは笑いを噛んで、「聖園と遊んだら楽しそうだよなー」と言った。「高校で彼女作って、その子と遊んでください」とあたしは英語の教科書をめくりつつ、ちょっと心臓はどきどきしている。
「じゃあ、高校生になったらもう一度誘います」
 真宮くんを見た。真宮くんはにっとしてみせる。どんな顔をしたらいいのか分からなかったけど、「高校受かってからね」と平静を装うと、「よしっ、マジで同じとこ合格する!」と気合を入れて、真宮くんも英語の教科書をひらいた。
 対策プリントを覗きながら、真宮くんの横顔を一瞥した。見ている感じ、紗琴には弱くても気持ちを引きずっている様子はないし、暮村くんに嫉妬している嫌な態度もない。さっぱりした男の子で、悪い人ではなさそうだけど──まさか紗琴の期待通り恋になるのかな、とちらっと考えてしまっても、いや、それはまだ分からないな、と思い直した。
 四人で勉強を頑張って、ついに受験の日がやってきた。晴れた空がきんと冷えこむ朝、紗琴と一緒に試験会場の高校に向かった。暮村くんは紗琴が連絡を取って合流したけど、真宮くんは見つからなかった。連絡先知らないからなあ、と少し後悔したものの、いずれにしろ今は試験に集中だ。
 指定の教室に向かうと、早くも緊迫した面持ちが並んで空気が張りつめ、あたしも何となく音を立てずに席に着く。深呼吸して、この日のために重ねてきた勉強を思い返し、メンタルを保った。試験官の先生が入ってくると、問題用紙と答案用紙が配られて、時刻きっかりに試験が始まる。
 午前と午後に分けて、五教科の試験が行われた。お昼ごはんのとき、食堂でようやく真宮くんを見かけたけど、友達といるようだったのであたしは紗琴と暮村くんとお昼を食べた。
 一日かけて試験が終わり、「どうだった?」なんて話しながら駅前に向かおうとしていると、校門あたりで「あ、聖園いた」という声がして、真宮くんが人を縫って駆け寄ってくるのを見つけた。
「真宮くん。お疲れ様」
「お疲れ。手応えどうだよ」
「わりとむずかしかった……」
「何だよ、頼りないな」
「焦るほどでもなかったけど。真宮くんは?」
「俺はとりあえず空欄がないようにした」
「え、すごい」
「分かんねえ問題にも何か書いただけだって」
「それでも──」
 そこまで言いかけ、あたしと真宮くんのやりとりを、例によって紗琴と暮村くんが生温かく見守っているのに気づいた。
 あたしは軽く咳払いをすると、「一緒に帰る?」と話題を変える。「帰る前にちょっと駅前見ていくんで」と真宮くんが言うと、「見ていきたいね」と紗琴も言い出して、「通うようになるかもしれないしね」と暮村くんもうなずいた。あたしと顔を合わせた真宮くんは、「じゃ、一緒に歩きまわってみるか」と肩をすくめた。
 そんなわけで、高校の最寄り駅の周りを四人で散策してみた。コンビニやファミレスの場所、本屋の品揃え、どんなショップがあるのかをチェックしていく。かわいい雑貨のお店や、プチプラのファッションショップもあったので、あたしと紗琴は特に盛り上がって、やっぱりあの高校に受かりたいねなんて話した。
 夕方が近づいてきたので、電車に乗ってみんなで帰路についた。試験結果は卒業式のすぐあとだ。
 そう、あと少しで卒業式。あっという間だった。三年間、本当にいろんなことがあった。でも今、紗琴は幸せそうに咲っている。それが嬉しくて、車窓の夕映えにもたれるあたしは、とても満たされた気持ちになる。
 高校生活も楽しいといいな。その前に合格できるかどうかだけど、そこは今日発揮した実力を信じておいて。
 高校生になる。暮村くんも真宮くんも、きっとそこにいる。もちろん紗琴だって。高校生になっても、もっと大人になっても、ずっと紗琴の隣にいたいな。
 このかけがえのない大親友の隣で、恋もお洒落もめいっぱい楽しんで、いつだってふたりで笑顔を絶やさずにいたい。

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