明日から『デッドエア』のスマホゲームの二周年のオンリーショップが始まる。
期間は一ヵ月あるけど、人気キャラのグッズには、再入荷されないものもあるだろう。バイトは休み、大学もなし、気兼ねなく早朝から並ばないと。お金は今日おろしておいたし、何人でも昇天させてやる。等身大パネルもあるみたいだから、リュクのすがたはしっかり収めてこなきゃ!
「楽しみだなあーっ」
そんなひとり言をつぶやき、リュクのデフォルメがプリントされたクッションを抱きしめて、ベッドでごろごろする。時刻は二十三時、明日始発でショップに向かうなら、そろそろ寝てもいいのだけど。
日づけが変わって、『デッドエア』のゲームのデイリーはこなしておきたいな。あるいは、それは明日電車でやるとして、やはり寝るべきか。でも、万一ログイン画面に登場したのがリュクだったら、落ち着いてスクショ三枚は撮らないといけないし。
どうしたものか、と唸っていると、スマホに着信音がついた。
「あ、桜さんだ」
通知には『季羽さんからメッセージが届いています』と表示されている。季羽さん、というのは桜さんの本名だということだ。表示変更はできるのだけど、そのままにしている。
『ふうちゃん、こんばんは!』
そんな書き出しから始まるのは、長ーい長文だ。近況もそこそこに、お互いチェックしているコミックやアニメ、コンテンツの感想がびっしり書いてある。
こういう長文を、半月に一度ぐらいのペースで桜さんと交換するのが私の楽しみだ。
桜さんのことを知ったのは、中学生のときだった。当時からヲタクで友達もいなかった私は、家にいるときはPCにばかり向かっていた。『デッドエア』原作者の佐々木彰先生のブログをまず確認して、それからお気に入りのWEBコミックやサイトの更新をすべてチェックしていく。
当時はSNSはやっていなかった。ネットにも友達になってくれる人なんかいないと思っていた。『デッドエア』の登場人物であるリュクというキャラクター、彼さえ心の中にいて、グッズでそのすがたを見つめられるならそれでよかった。
そして、そんな私と似たような感じで、乙女系作品の『クリスタルメイズ』に心酔しているのが桜さんだった。
その頃、桜さんはブログをやっていたのだけど、コメ欄は閉じられていて接触できなかった。だから、毎日更新されるブログを私が勝手に見ていただけだった。
そのブログの内容が、ある時期からクラスメイトの女の子が気になるというものになったときがあった。そして、そんな自分は『ノンセク』なのだと桜さんは語り、ノンセク、と反芻した私はその言葉を調べてみた。
ノンセクシュアル。非性愛。恋愛感情は持つものの、性的欲求は持たないセクシュアリティ。しかし、その定義はさまざまである。セックスはしたくなくても、子供が欲しいと願う人もいる。好きな人とできない、どうでもいい相手とはセックスできる人もいる。セックスはしなくても、マスターベーションならする人もいる。もちろん、性的なこと全般に嫌悪感をひどく持つ人もいる。エトセトラ、エトセトラ。
そして、手の届くことない、アイドルやキャラクターに恋をする人もいる。
私じゃん、と思った私は、ますます桜さんのブログを熱中して追いかけた。桜さんのクラスメイトさんへの想いは実らず終わったけど、その後はまた、『クリスタルメイズ』の「しづ様」という推しを心の支えに大学受験を頑張った。そして、二十歳になったのを機に『実はひっそりSNSデビューしてました、気が向いたときフォローしてもらえたら。』とSNSのリンクが記事に貼られた。
もしかしてSNSだったら桜さんとお話できるかも、と思った私は、その場で自分もスマホからSNSのアカウントを作った。そして真っ先に桜さんをフォローして、どきどきしながらリプライを送ってみた。
落ち着かない時間が三十分、着信音が鳴ってばっとスマホをつかむと、桜さんからのフォロバとリプライが届いていた。
『初めまして、フォローありがとうございますー。ずっとブログも読んでくれてたそうで、嬉しいというか照れますけど、まああのブログの通りの奴なんでよろしくお願いしますー。』
感動に打ち震えているうちに、桜さんとはどんどんリプライがはずんで、それがDMになって、ついにメッセアプリのIDまで教えてもらえた。それから、やり取りするメッセも長文化していき、現在、この通りだ。
リュクと、桜さんと、それからリアルでできたゆいいつの友達が、私の高校生活を卒業まで支えてくれた。
高校には途中までうんざりしていた。カースト上位の陽キャ女子から、暗いとかキモイとか、けっこう嫌がらせをされていた。中学もそうだったから、そういうイジメ紛いのことはなさそうな進学校に必死で進んだのに、結局同じ。
生徒手帳に挟んだリュクのトレカを見て、そのすがたで自分を励まして、くじけそうな中を頑張っていた。そんな私を気にかけて、助け出してくれたのが美由くんだった。
美由くんは学年トップどころか、全国模試でもトップを取るような優秀な人で、容姿もイケメンではなくてもすらりとした綺麗系で、とにかく私とはかけはなれた人だった。正直、初めて話しかけられたときは、わけが分からなくて自分がどんな態度を取ったのか憶えていない。
それでも、美由くんはまた声をかけてくれて、とんでもないプレゼントをくれた。何と、リュクの生のラフスケッチを持ってきてくれたのだ。美由くんは、『デッドエア』の挿絵を担当している美由南さんの息子さんだった。
それからも、美由くんは『デッドエア』の原作を読んでくれたりして、私と話が合うようにして接してくれた。校内でも一目置かれる美由くんが仲良くしてくれるから、周りも私をイジメたりしなくなった。
私が気持ち悪いくらいにリュクへの愛を語っても、美由くんは眼鏡の奥で微笑んで聞いてくれる。女の子たちには根暗とイジメられ、男の子にはもはや空気としてあつかわれてきたので、美由くんの優しさはちょっと信じられないぐらいだった。
美由くんには好きな人がいるらしいから、私よりその人と過ごさなくていいのかなあと心配になるときもある。でも、その好きな人には好きな人がいると美由くんは言っていた。もしかしたら彼氏なのかもしれないけど、それでも何でその人、美由くんのこと見てあげないんだろう。こんなに素敵な男の子なのに。
高校を卒業して、美由くんは遠方の法学部が有名な大学に進学した。私は近くの大学に進んで、どちらかといえば大学よりバイトに精を出した。アニメグッズの販売と買取をやっているショップで、現在は書籍部門も担当させてもらっている。
大学四年生の今は、バイトも四年目で、就職の話をしていた夏頃に「よければ、うちの社員になる試験受けてみたら」と店長に言われた。確かに今のバイトは残業までも楽しいし、同じビルにアニメショップも入っているし、このまま働きつづけられたら嬉しい。「四年も実務経験があるのは、本社も有利に見てくれると思うよ」と店長は後押ししてくれて、私は十月の後期中途採用試験を受けることにした。
今は試験をひかえる九月で、正直ヲタ活もちょっと休まなくてはならないのだけど、さすがに期間限定オンリーショップには行かなくちゃ。桜さんのメッセを読み終わると、結局試験勉強をして、零時まで起きていたのでゲームのデイリーをこなした。
髪をほどいて眼鏡を外すと、明かりを消してベッドにもぐりこむ。クーラーはまだつけたまま眠る。
もう九月なのかあ、と思い、美由くんは今年の夏はこっちに帰ってこなかったのかなとふと思った。私と同じで、就活がいそがしいならそんなヒマもないか。
美由くんは、弁護士になるのが夢だ。それは知ってるけれど、どこで働きはじめるのだろう。いきなり自分の事務所とか開けないよな。たぶんだけど。どこかの事務所に所属するのか。もし、こっちに帰ってきたら──また、一緒にごはんとか食べれるのかな。
翌朝、私はスマホのアラームのおかげで五時に目を覚ました。まだ眠かったけど、眠気など愛の力、もとい冷水の洗顔で霧散させる。
眼鏡をかけ、といた髪を両脇で縛り、服装も普段の気の抜けたシャツとジーンズでなく、ブラウスとロングスカートできちんとおしゃれする。リュクのお迎えに行くんだから、これくらいはしないと。
お化粧はあんまり上手じゃないから、塗りまくって濃くなるよりあっさりめで済ましておく。すっかり準備が整うと、やっと起きてきた両親に「いってきますっ」と言い残して家を出た。
日中はぎらぎら残暑が厳しくても、この時間帯ならだいぶん涼しくなって、夜も明けきっていなくて空気が蒼い。するりと抜ける風が、頬を撫でて結った長い髪をなびかせる。鳥がさえずりながら空を切り、ひんやりした朝の匂いが立ちこめた駅までの道を速足で歩く。
オンリーショップの会場は、催会場が集まった百貨店のフロアだ。その百貨店の開店が十時だから、始発ってやりすぎかなと思ったけど、ヲタクはやりすぎておくに越したことはない。
六時になる前に駅に到着して、首尾よく始発に乗る。降りる駅は職場より先だから、結局イヤホンをしてゲームをする。
デイリーとは別のクエストは、主にエイリアンを倒して誘拐された民間人を救出していくのだけど、それはゲーム上で組んだ人たちとのチーム戦だ。最初は嫌なシステムだなと思ったけど、プレイしている人は『デッドエア』のファンであることが多々だから、私でもチャットに参加できて最近では楽しかった。
てかこの時間に同じくログインしてる人がいるんだもんなー、とか思いつつ、画面を素早くタップして攻撃、攻撃、回復、そしてまた攻撃をしていると、最終面をクリアして囚われていた子供を助け出すことができた。
報酬を手に入れて宇宙船に戻ると、チャットが可能になるので私はここで抜けることを伝える。みんなそれぞれに『りょーかい』とか『またねー』と応えてくれて、私はスマホ画面から顔をあげた。ビルの合間から朝陽がきらきらしていて、そろそろ目的の駅が近い。
人も増えてきた電車を降りて、しょっちゅう来る場所ではないので、案内板を確認しながら広い駅構内を進んでいく。百貨店前に着いたのは七時前で、けっこうかかったな、と思った通りすでに並んでいる人がいた。しかもただの客でなく、『デッドエア』オンリーショップ目的の客なのが、缶バッジやラバストで分かる人もいる。
当面そんなに多い人ではないので、今のうちに並んでおきたいけれど、こういうときがっつり並んで歩道の邪魔をすると、ヲタはマナーがなってないとか撮影されてSNSにあげられる。それはお断りだし、原作者の佐々木先生の風評にもなってしまうので、整列が始まったり、あるいは整理券が配られたりしたらすぐ気づく位置に引っ込んでおく。
それから二時間後、九時過ぎに『デッドエア』オンリーショップ入場整理券が配られはじめた。七時から待っていた私は、勝利の初回十時の整理券を手に入れた。よっしゃー。とりあえず、整理券は撮影しておく。近づく十時頃、「うそーっ、今来たのに入場十四時だって」と騒ぐ集団もいたので、私の心の中で始発を選んだ自分を褒めた。
十時に百貨店がオープンして、制服のスタッフさんがずらり並んで「いらっしゃいませ」と迎えてくれる。さすが高級だ、と思いながら、催会場があるフロアの八階に向かう。エレベーター、と思ったけど、乗る人がかなり多くてぎゅう詰めになりそうだったので、おとなしくエスカレーターにした。
八階に到着すると、いろんな限定ショップが展開している。早くリュクをお迎えしなきゃ、ときょろきょろしながらショップを探していると、『デッドエアオンリーショップはこちら!』という看板が見えたので駆け寄り、そこまで広々とはしていないけど、そのぶんその場に凝縮された『デッドエア』の世界があった。
ああ、撮りたい。でも、店内での商品の撮影はご遠慮くださいってさっきの看板に書いてあった。でも一緒に『展示パネルの撮影はどうぞ!』って書いてあったから、あとで撮ろう。そう、パネルは逃げないからあとで。
リュクのグッズは、売り切れという由々しき事態がありうる!
私は店内に踏みこむと、かごをつかんで、整理券のおかげでゆとりのある店内をてきぱき歩いた。ラバスト、クリアファイル、アクキーとアクスタ、ちょっとお高いけどぬいぐるみ──これで単体は全部か。
あとは、キャラ集合商品かブラインド商品。ブラインドはデフォルメぷち……か。箱買いすればひとつは当たるかな。キャラ集合商品と思って買うか。キャラ集合のリュクもチェックして、単体商品と表情やポーズが違うなら買わないと。
ちなみにほんとはひとつの商品をみっつくらい買いたいけど、残念ながら個数制限がおひとり様ひとつずつ。ひとりでも多くのファンに行き渡るように、それが転売防止の第一歩だから仕方ない。
よし、目標はすべてかごの中にいるな。もう一度棚をよく見て、しれっと脇に置かれているようなものがないか確認する。うん、全部抑えた。ほっとして息をつき、あとはお会計に並ぶ。
「お買い上げ三千円ごとに、お好きなコースターさしあげておりますので、五枚お選びください」
ショップのおねえさんがにっこりとそう言って、サンプルを載せたラミネートを渡してくれた。五枚リュクにしたいけど、いや、五枚ならフウロ隊長が率いる全員が揃うな!?
三十秒たっぷり迷って、「リュク、エメル、フウロ、イルクとミグで!」とすらすらと名前を述べた。「やっぱりその五人ですよねー」とにこにこしてくれるおねえさん、優しい……。
二万越えなかったな、とほっとしつつレジをあとにした私は、もちろん等身大パネルも撮影した。ほかのキャラはさらっと一枚で済ましたのに、リュクは何枚も撮っているので、「リュクとツーショット撮ります?」と店員のおにいさんが声をかけてくれた。
思わず変な声を出してしまったけど、いつもぼっちで買い物をする私は、こういうときパネルと一緒に写真を撮ったことがない。お願いさせてもらうと、おにいさんは慣れた様子で私とリュクのツーショットを撮ってくれた。
やばい泣く。隣で笑ってるリュクにも泣きそうだし、笑顔が若干引き攣ってかわいくない自分にも泣きそう。もっとリュクにふさわしくなろう、と思いつつ、おにいさんには頭を下げて、私は『デッドエア』オンリーショップをあとにした。
【第二話へ】
