Brand New Day-1

桃子の場合

 男の子を男の子として好きになる。その感覚を初めて知ったのは、小学五年生のときだった。
 あたしにやたら突っかかってくるクラスメイトの男の子が、実はあたしのことを好きなのではないかといううわさが流れた。小学生なんて単純なもので、そういううわさだけでその子を意識するようになってしまう。
 六年生になると、妙にお互いぎこちなくなってきていた。両想いだの何だのと、友達にも男子にもはやしたてられる。小学校の卒業式、クラスぐるみでその男の子とふたりきりにさせられた。
 告白するのか、告白されるのか。どうしたらいいのかどきどきしていると、「俺の好きな人って高橋たかはしなんだけどなあ」と彼は学年一の美少女の名前を口にした。それから先ははっきり憶えてないけど、泣かなかったし、当たらなかったし、でも咲えなかったし──
 よく考えたらこいつの口からあたしに気を持たせる言葉が出るって、そういや一度もなかったなと気づいた。何というか、ただひたすらに恥ずかしかった。
 そんなしょっぱい失恋を味わって、中学校に進学した。適度な友達に囲まれて、一年生は平穏に過ごした。二年生になって、湯川ゆかわ怜奈れいなという女の子と気が合って仲良くなり、放課後に家を行き来したり、ときどきお泊まりもするようになった。そのお泊まりのとき、怜奈におにいさんがいることを知って──それが、当時中学三年生の頼生よりきくんだった。
 頼生くんへの気持ちは、揺らいだだけの小学校のときの初恋とぜんぜん違った。何度か話してるうちに、衝動的に「この人が好き」と感じた。切っかけは、怜奈の家に泊まって一緒に夕食をいただいているとき、頼生くんが「桃子ちゃんがいると楽しいね」と何心なく言ったであろう台詞だった。
 あたしのこと、ちゃんと認識してくれてる。それが嬉しくて、次に会ったとき勇気を出して連絡先を渡した。「うちの兄貴が好きなの!?」と怜奈はびっくりしつつも、応援してくれた。頼生くんはあたしの連絡先を登録してくれたようで、数日後にメールもくれた。
 それから、メールのやりとりが続いた。頼生くんが高校に進学しても続いた。これってただのメル友じゃないかなあと不安になるときもあったけど、頼生くんは三日以上返信にあいだを置くこともなく、まめに相手をしてくれた。
 高校で彼女作っちゃったりしないかな。そんな心配を抱えても、なかなかぶつけられなかったものの、頼生くんとつながっていることを心の中で大事にした。あたしも高校生になって、『今度、放課後にお茶できますか?』と深呼吸のあとに送信した。返事は夜に届いた。
『そうだね。
 受験お疲れ様って何かおごるよ。』
 ベッドを百回ぐらいごろごろして、危うく床にすべり落ちそうになった。
 これはデートにカウントしていいの? 放課後デートになるの? やばい、嬉しい! 顔見たら、勢いで告白もしちゃいそう──
 と思ったものの、実際頼生くんに会って向かい合うと、予想以上に心臓が爆発して告白する余裕なんてなかった。「高校うまくいってる?」と訊かれて、あたしがこくこくとすると、「怜奈が離れて寂しがってるよ」と頼生くんは苦笑した。
「怜奈がいないのは、あたしも寂しいです」
「またいつでも、うちにおいで。とうさんもかあさんも、桃子ちゃん気に入ってるから」
「頼生さん……」
「うん?」
「頼生さんは、その……」
 どう言えばいいだろう。来たら嬉しいですか、だとのぼせてるし、来ないと寂しいですか、では重いし──そんなあたしの気持ちをくみ取って、頼生くんは微笑んだ。
「僕は桃子ちゃんがいると楽しいよ」
 それは、あたしがこの人に惹かれはじめた、切っかけの台詞。あたしはやっぱりどきどきしていたけど、顔を上げて、口を開いた。
 好きです、と言いそうだった。それは頼生くんも感じ取ったのだろう。あたしが切り出す前に、「もし」と頼生くんが言う。
「高校卒業しても、気持ちが変わらなかったら言って」
「え……」
「高校はいろいろ大変だし、いそがしいし。そのせいですれちがって、桃子ちゃんと続くものも破綻したら……嫌だから」
「頼生さん……」
「大学生になったら、ね」
 あたしはやや躊躇ったものの、振られたわけではなさそうなのでうなずいた。
 少なくとも、その言葉には頼生くんとの未来がある。ずっとつきあっていくために、今は我慢しなきゃいけないなら、それくらい平気だ。音信不通になるわけでもない。やっぱり、頼生くんは三日以内にはメールの返信をくれた。
 そしてこの春、ひらりひらりと桜吹雪がひるがえる中で、あたしはついに高校を卒業した。卒業式のあとは、友達とファミレスに行ったりカラオケに行ったりといそがしかったので、翌日に頼生くんと会う約束をしていた。
 もういいんだよね、と悩んで選んだ服を着て、ボブカットの髪をとかしながら思う。告白しても、いいんだよね? 三年経っても、頼生くんへの気持ちは変わらなかった。頼生くんのメールや電話が嬉しかったし、ときおり会ってお茶する時間も幸せだった。
 でも、大学生になって世界が広がった頼生くんのほうはどうなのかな。それをちらりと不安に感じつつ、待ち合わせの地元の駅前に向かう。頼生くんは先に来ていて、あたしのすがたを見つけると穏やかに、ちょっと照れたように微笑んだ。
「高校卒業、おめでとう」
 頼生くんは昨夜もメールで伝えてくれた言葉を言ってくれる。あたしは「ありがとうございます」とこくんとして、何だかおもはゆくて視線が定まらない。
「どこか行く? それとも、まずはいつもみたいにお茶にする?」
「どこか……というと」
「桃子ちゃんの卒業祝いできるところかな。欲しいものとかあれば」
「えっ、そんな、頼生さんと会えてるのがご褒美ですよ」
 あたしの言葉に頼生くんは笑い、「でも何かプレゼントしたいから、気になるもの見つかるまで街に出て歩こうか」と春風にさらさらの髪を揺らしながら改札へと歩き出した。
 中学生のときより、頼生くんは肩幅も広くなって、骨ばって華奢な感じだけど筋肉はほどよくついている。おっとりした猫みたいな色香のある瞳、しっとり白い肌、手足はすらりと長い。
 どんどんかっこいい人になる、とどきどきしながら、ホームに着いてあたしが隣に並ぶと、「高校、楽しかった?」と頼生くんはこちらを見て尋ねてくる。
「はいっ。友達もたくさんいたし、修旅とか文化祭とかイベントも楽しかったです。試験は嫌でしたけど」
「はは。そこは頑張らないとね」
「頑張りました」
「進学は短大だっけ」
「美容師目指します」
「美容師さんか。応援してるよ」
「はい。あの……頼生さんは、大学一年通ってみてどうでしたか。文学部でしたっけ」
「レポートが大変だったかなあ。もう学校がカリキュラム組んでくれるわけでもないし、自分で自分がどこまで進んだか管理しなきゃいけない」
「……あたし、大丈夫かな」
「大丈夫だよ。僕はわりと必死になってたけど、要領のいい奴だっていたし」
「じゃあ、その……」
「うん」
「……恋愛、とか──は、しましたか」
 頼生くんはあたしを見直した。あたしもおそるおそる頼生くんを見る。頼生くんは首をかたむけ、「桃子ちゃんは彼氏とか作らなかった?」と問うてくる。
「あたしは、そんな、ぜんぜん」
「そっか。僕もだよ」
 少し、沈黙があった。初春のひんやりした名残りのある風が、陽光の中を抜けていく。
「あたし──」
「うん」
「気持ち、変わってないです」
 まばたきをした頼生くんに、あたしははっきり伝えた。
「頼生さんのことが好きです」
 あたしの言葉に、頼生くんは目を開いた。そののち、柔らかく微笑すると優しく答えた。
「僕も、桃子ちゃんがずっと好きだったよ」
 その言葉が、どんなに夢見た言葉か分からなくて、息が止まりそうになった。
 そのとき、アナウンスが流れて、電車がホームにすべりこんでくる。ドアが開いて車両に乗りこむとき、頼生くんは自然とあたしの手を取ってくれた。頬がしゅわっと熱を帯びたけど、きゅっと握り返して、この人を離したくない、と強く感じた。
 そしてその日から、あたしと頼生くんはつきあっている。中学時代から憧れていた人だから、そんな人が彼氏になったなんて感覚が慣れなくて、毎日心がふわふわしている。気心の知れた男の子なんて、小学生のあれはノーカンだし、あたしには従兄の柊ちゃん以来だろうか。
 柊ちゃんか、とお盆とお正月に会うだけの従兄を思い出す。柊ちゃんは、今年大学を卒業したところだったはずだ。就活に励み、無事内定をもらった話は聞いているから、この春から社会人として働きはじめるのだと思う。
 いそがしいんだろうなあ、というのは分かっているのだけど、これまで柊ちゃんから彼女の存在について聞いたことがないのが、お節介ながらちょっと心配だった。あたしたち親戚には話さないだけで、きちんといるのだろうか。
 柊ちゃんは従姉妹のあたしたちにはぶっきらぼうだけど、けして嫌な奴ではないし、顔も悪くないし、彼女はすぐに作れそうな気もするけど。
「柊ちゃんは、今は仕事第一でしょ」
 リビングの座卓で一緒にマニキュアを塗りながら、妹の静香にそういう話をしたとき、静香はあっさりとそう言った。静香は透明色のピンクのマニキュアを選んでいる。
「新卒なわけだし」
「そうなのかなあ」
「おねえちゃん、自分が彼氏できたからって、みんな色ボケると思ってない?」
「……思ってないよ」
「柊ちゃんが就職したの、出版社の編集部でしょ? 大手ではないけどさ」
「WEBのコミックとか雑誌とか出してるところだったよね」
「電子書籍の需要は上がっていってるんだから、柊ちゃんは今きっとすごくいそがしいよ」
 やすりでなめらかにした爪に、あたしはラメオレンジのマニキュアを乗せていく。シンナーっぽいにおいがこもらないように、開けている窓のカーテンが、緩やかな春風に揺れている。
「高校とか大学にも、彼女いなかったのかな」
「それは──まあ、さすがにいたかもしれないけど」
「話してくれなかったよねー」
「聞きたかったの?」
「柊ちゃんの彼女、気になるじゃん」
「あたしはどっちでもいいけど」
「えー。柊ちゃん、彼女には優しくできるのかなあって心配じゃん」
「あたしたちのことはあしらうもんね。彼女だったら違うんじゃない」
「柊ちゃんに彼女できたら、早穂は泣きそうじゃない?」
「あー、早穂、柊ちゃんに憧れてるもんねえ」
 早穂というのはあたしたちの従妹で、母方の叔母さんのひとり娘だ。
 この子が破壊的な美少女なのだけど、昔から柊ちゃんにかなり懐いている。いとこだったら結婚できるんだよーとかもうちょっと幼かったあたしや静香が揶揄うと、頬を染めるくらい純情でもあった。何も柊ちゃんじゃなくても、彼氏志願の男の子はよりどりみどりだと思うのだけど。
 そんなふうに束の間の春休みを過ごしたあと、短大での生活が始まった。確かにレポートや実技で怒涛の毎日だったけど、自分で時間を組んで進めていけば、何とかやっていけそうな見通しは立った。
 レポートに合格して週末にゆとりがあるときは、頼生くんにも会えた。頼生くんに会って、その顔を見て声を聴くだけで、心が蕩けるみたいに癒されて疲れも吹っ飛ぶ。
 五月の連休に頼生くんは両親の実家に行ったそうだけど、あたしの祖父母の家はけっこう離れているので、お盆とお正月だけだ。あたしは例の柊ちゃんの話をして、「どうせなら大手の出版社でもよかったのに、そういうとこは受けなかったらしいんだよね」と肩をすくめる。
「でも、出版社に勤務してるってすごいよ」
「そうかな?」
「僕、ちょっと小説書いてた時期があるから、出版社に拾ってもらうって夢だったなあ」
「頼生くん、小説書くの?」
「昔にね。今は書いてないよ」
「書いたらいいのに」
「今は小説で空想に閉じこもらなくても、桃子ちゃんがいて現実が楽しいから」
 あたしは頼生くんと目を合わせ、ついつい笑みを絡めてしまう。こういうのを、静香には「色ボケ」と言われてしまうのだろうけど、仕方ない、幸せなんだもん。「頼生くんの小説、いつか読めたらいいなあ」と言うと、「いつかね」と頼生くんは照れるような笑みを見せた。
 頼生くんとの交際は順調に進んで、あたしの家族も、頼生くんの家族も、自然とつきあいを受け入れてくれた。特に久々に会った怜奈は歓迎してくれて、「兄貴、桃子とつきあえるまで、何度か告白蹴ったみたいだよ?」なんて教えてくれた。やっぱ頼生くんモテるよなあと思ったあたしは、「ほんとにあたしでよかったのかな」とやや弱気になったけど、「どんな子より桃子がよかったんだよっ」と怜奈はあたしの肩をはたいて咲った。
 ──真夏日が続く初夏が過ぎ、湿気が蒸した梅雨が明け、空がからりと青く晴れ渡る夏がやってきた。蝉の声があちこちで孵化して、太陽がぎらぎらと肌を焼いて水分をむしりとる。
 あたしも頼生くんも、無事夏休みに入って、会える時間を増やした。すぐ八月になって、お互い帰省するためにしばし離れるので、寂しいねなんて話しながら、ふと黙りこんでから初めてキスをした。「電話もメールもする」と頼生くんはあたしの髪を撫でて、あたしはこくりとして「あたしもするね」と約束した。
 そんなわけで八月中旬、あたしは両親と静香と共に帰省した。まずは父方の祖父母の家に向かった。昼にはお墓掃除やら何やらして、夜には天ぷらをたっぷり揚げたご馳走が待っていた。うちの両親は、圧倒的におかあさんが強くて、おとうさんは尻に敷かれている。そんなひとり息子をおじいちゃんもおばあちゃんも、男らしくしなさいなんてもう言わずに受け入れ、おかあさんのほうを頼りにしている。
 そこに二泊すると、次はおかあさんの実家に向かった。こちらはにぎやかで、伯父さん一家と叔母さん一家もやってくる。伯父さんの息子が例の柊ちゃんだ。ちなみに柊ちゃんには、雪乃ちゃんという姉もいて、つまりあたしたちには従姉だ。みんなが揃う夜まで、子供たち──という年齢でもなくなったけど──は広い二階建ての好きなところで過ごす。
 おばあちゃんが作っていてくれたオレンジのアイスキャンディをしゃりしゃり食べながら、あたしは雪乃ちゃんのすがたを探した。雪乃ちゃんは二階のたたみの客間でケータイをいじっていた。ショートボブの雪乃ちゃんは、すらっとしたモデル体型の美人だ。
 あたしも無事に移動したこと頼生くんに伝えなきゃな、と思いつつ歩み寄ると、雪乃ちゃんはこちらに目だけ向けてくる。
「何?」
 雪乃ちゃんは昔からつんとしたタイプで、気安くにこにこしない。しかし、あたしはいつも従妹という立場でずうずうしく話しかける。雪乃ちゃんもそれに嫌な顔まではしない。
「雪乃ちゃん、彼氏とうまくいってる?」
 雪乃ちゃんは現在はOLをしながら、高校生のときにできた彼氏と同棲している。
「いってるわよ」
「結婚する?」
「彼はしたいって言ってるわね」
「雪乃ちゃんは? したくないの?」
「……したくなかったら、そもそもつきあわないわ」
 彼氏に関してはわりとデレるから、雪乃ちゃんのそういうところはかわいい。あたしは雪乃ちゃんの隣に腰をおろし、アイスキャンディを食べた。
「友達のおにいさんって言ってたよね、彼氏」
「そうだけど」
「あたしも、友達のおにいさんとつきあってるの」
 雪乃ちゃんはようやくちゃんと顔を上げた。
「桃子、彼氏できたの?」
「うん」
「そうなの。おめでとう」
「えへへ。中学のときから憧れてたおにいさんでね、つきあえて夢みたいなんだ」
「中学からつきあってるの?」
「ううん。高校卒業してから」
「最近じゃない」
「そう。あたしが高校卒業するまで、お互い待ってたの」
「歳離れてるの?」
「ううん。彼氏がひとつ上」
「もっと早くつきあっても、問題なかったんじゃないの」
「んー、まあ、そこは彼氏なりの配慮かな」
「いい人?」
「うん」
「大事にしてもらうのよ」
 あたしはこっくりとしてから、「そういえばさ」とあたしは甘酸っぱいオレンジを舌で溶かして飲みこみ、喉を潤す。
「柊ちゃんは彼女作らないのかな」
 雪乃ちゃんはケータイの画面に目を戻して、「それはあいつが自分で言うんじゃないかしら」と述べる。
「雪乃ちゃんは知ってるの?」
「弟の恋人なんて、よく知らないわ」
「そんなもん?」
「柊だって、あたしの彼氏のことなんかよく知らないわよ」
「……そうなのかあ。柊ちゃん意外とモテないのかなあ」
 雪乃ちゃんは小さく噴き出して、「あいつがあとで何か話すかもしれないわよ」と言った。あたしはぱっと色めき、「やっぱり、彼女いますって話?」と食いつく。
 けれど、雪乃ちゃんはそれ以上教えてくれなかった。あたしはアイスキャンディを食べ終えると、あとで話すって改まってるな、と思った。まさか──彼女がもちろんいるどころか、結婚の報告とか? いや、それは……ううん、分かんないか。
 あたしまでそわそわしてくるじゃん、と思いつつ、ひとまず頼生くんにこちらに無事着いたことをメールした。
 親戚一同が揃った夕食は、おばあちゃんが作るちらし寿司とからあげ、それから玉ねぎのスープだった。昔だったら無限におかわりしていたかもしれないけど、今はやっぱり太らない量を気にしてしまう。
 あたしだけでなく、静香も雪乃ちゃんも、中学二年生の早穂だってそうだ。「女の子が多いと、こういうとき作り甲斐がないわねえ」と代わりに大人がもりもりと食べて、それでも大量なので柊ちゃんもよく食べている。
 柊ちゃんは、どちらかといえばかわいい感じもあった男の子なのに、すっかり顔立ちも軆つきも男らしくなっている。「柊ちゃんは仕事大変?」とあたしのおかあさんの妹だけど、柔らかい印象の叔母さんに訊かれると、「締め切り守ってくれる作家さん、わりと多いからそこまで」と返している。「作家って締め切り破りまくってるイメージあったわ」とあたしのおかあさんが笑うと、「俺もそんなイメージあった」と柊ちゃんも笑った。笑うと、やっぱりちょっとかわいいかも。
「桃子は高校卒業して、何かやってんの」
 からあげを飲みこんで言った柊ちゃんに、「あたしが何もしてないみたいじゃん」とあたしはむくれる。
「おねえちゃんは、美容師になるんだよね」
 静香が言うと、「そうなの?」と早穂が長い睫毛でぱちぱちとまばたきをする。
「そういえば桃子ちゃん、私のお人形の髪切ってたことある……」
「え、桃子、それイジメじゃね」
 眉をひそめた柊ちゃんに、「もっとかわいくしようとしたんじゃん」とあたしは反論する。
「かわいくなってたのか?」
 柊ちゃんに問われ、早穂はあやふやに咲った。柊ちゃんはあたしを向く。
「なってなかったみたいだけど」
「そのときはね? かわいくできるように、今、実技とかしまくってんの」
「早穂にはトラウマだよな」
「うん……」
「早穂、あのときはあとで新しいお人形買ってあげただろう? もう桃子ちゃんを責めるのはやめておきなさい」
 おっとりしている叔父さんに言われると、早穂はこくんとして「ごめんね」とあたしに言った。ここでごねずに素直に謝るから、この従妹はかわいいんだよなあと思う。
「ていうか、柊ちゃんってまだ彼女とかいないの? 彼氏できたおねえちゃんが、上から目線でけっこう心配してるよ」
「上から目線なのかよ」と柊ちゃんがこちらをじろりとして、「桃子は彼氏ができたのか」とおじいちゃんがびっくりする。
「できたよ! 大丈夫、いい人だから」
菊香きくか忠志ただしさんみたいになるのかしらねえ」
 おかあさんとおとうさんを見たおばあちゃんに、「見てる感じ、もっと甘ったるいよ」と静香は言う。
「何? 静香、あたしと頼生くんに妬いてんの?」
「ただの事実じゃん」
「柊ちゃん、柊ちゃんは彼女いるの?」
 あたしと静香が言い合うのをさしおき、早穂が柊ちゃんにそう尋ねる。柊ちゃんはその質問に対し、何やら言葉に詰まった。それを見た雪乃ちゃんが、「別に言っていいんじゃないの」とそっけなく言ってスープをすする。柊ちゃんは自分の両親を見て、ふたりにうなずかれると、ふうっと息をついて箸を置いた。
「……そうだな。言わないとな」
 本当に改まった雰囲気が出てきたので、親戚のあたしたちは顔を見交わす。
「みんなには、いずれ隠せなくなると思う……から、言わないといけないと思ってたんだけど」
 急にまじめになった柊ちゃんに、みんな注目する。それに圧されつつも、柊ちゃんは深呼吸した。
 何秒か黙然とする。それから、ゆっくり柊ちゃんは口を開いた。
「俺、女の子のことは恋愛として好きになれなくて……今、つきあってる相手も、男なんだ」
 ──え。
 え?
 ええっ?
 柊ちゃんは真剣な面持ちで、ふざけている様子はない。伯父さんと伯母さんも、雪乃ちゃんすら、柊ちゃんと共に緊張しているのが分かる。
 女の子は好きになれない。
 つきあっているのも、男。
 それは、突然爆弾が落ちてきたような、あたしたちの古い考えの危機だった。

第二話へ

error: