静香の場合
静まり返った食卓に、それまで雑談でかき消されていたテレビの音だけが流れた。沈黙の切っかけを作った柊ちゃんは、一瞬うつむきかけたけど、自分を保つように顔を上げなおす。
女の子を好きになれない。男とつきあってる。ってことは──柊ちゃんは、いわゆる、ゲイってこと?
動揺して、あたしはとっさに言葉が出ない。何十秒か、そのままで──一番最初に沈黙を破ったのは、あたしのおかあさんの笑い声だった。みんな一斉にそちらを見る。おかあさんは、「何事かと思ったら」と撫で下ろすように自分の胸を抑える。
「なーに、もう、そんなこと!」
おかあさんは柊ちゃんに笑顔を向け、「つきあってるのは、もちろん好きな人なのよね?」と確認する。
「あ、……うん。中学時代の後輩」
「そう! じゃあ、柊ちゃんに好きな人がいるってことが、一番大切なんだから。胸張ってていいのよ」
おかあさんは柊ちゃんに力強くにっこりとしてみせる。そんなおかあさんに、柊ちゃんはわずかに泣きそうになったけど、「ありがとう、叔母さん」と噛みしめるように微笑んだ。
えー……うちのおかあさん、何か、すごいな……。まだ頭が混乱するあたしは、思わず嘆息しそうになる。隣のおねえちゃんや向かいの早穂も、びっくりしたまま箸が止まっている。
「私も──」
次に口を開いたのは、早穂のおかあさんである叔母さんだった。
「柊ちゃんなら、きっと素敵な人を見つけたんだと思うわ。ふふ、何だかほっとした」
柊ちゃんはそちらも見て、「ありがとう、光穂叔母さんも」と咲う。そんな妻の反応で、「柊ちゃんがそれで何か変わってしまうわけではないからね」と叔父さんは言って、「そうだね。だから僕たちも柊ちゃんに対して変わることはないよ」とあたしのおとうさんも続けた。それでも、おじいちゃんとおばあちゃんは理解が追いつかない様子でとまどっている。
「菊花も光穂もありがとう。忠志くんと惣一くんも」
柊ちゃんのおとうさんである伯父さんが静かにそう言い、頭を下げる。「やめてよ、にいさん」とおかあさんはからから笑って、「いや、しかし……」と言いかけた伯父さんに、「本当に、そう言ってもらえて嬉しいんです」と伯母さんが涙目になりながら言う。
「私たちは、菊香ちゃんたちみたいにできなくて、柊に対して間違えてしまったから」
「間違えた」とおかあさんが早々に箸をからあげに戻しながらまばたく。伯父さんは重々しくうなずき、柊ちゃんがゲイだと知ったときの自分たちの反応を話してくれた。伯父さんは柊ちゃんを怒鳴りつけて殴った。伯母さんは泣き崩れて「治しましょう」と迫った。雪乃ちゃんはそんな家庭内にただひたすらいらいらしていた。「私たちは柊にひどいことをしたから」と伯母さんは涙ぐむ。
「みんなには、間違ってほしくなかったんです。だから──お義父さんとお義母さんにも、ゆっくり柊のことを受けて止めてあげてほしいんです」
おじいちゃんとおばあちゃんは顔を見交わす。あたしは、色鮮やかなちらし寿司を見つめて、間違い、と反芻した。心がもやもやする。だって、あたしも──伯父さんと伯母さんと同じだ。あの子に、おかあさんたちみたいできなかった。
柊ちゃんの告白を聞いて、あたしはとっさに瑠伽子を思い出していた。高校一年生の途中まで、すごく仲の良かった友達だ。しかし、彼女が女の子とつきあっているといううわさが立って、その隣から離れてしまった。何となく。
彼女がいるのだから、あたしに気持ちが向くとか、そういうことだってありえなかったはずなのに。二年生になってクラスも別になったから、今、瑠伽子がどうしているかも分からないくらい疎遠になった。
そのあと、食卓の雰囲気はだいぶなごやかさが戻り、夕食の時間は終わった。柊ちゃんは、従妹であるあたしたちは黙ってしまったのが気になったのか、「ごめんな」と声をかけてきた。
ごめん。それは、違う……よ。
おねえちゃんと早穂は分からないけど、あたしはそう思ったから、「柊ちゃん」と居間を出ていこうとした柊ちゃんを追いかけた。「ん?」と柊ちゃんはあたしを見下ろし、「話聞いてもらっていい?」とあたしは長いポニーテールを流して首をかしげた。「うん」と柊ちゃんはうなずいたので、あたしたちは裏庭に面した縁側に出て、涼しい夜風が流れるのを感じながら並んで座った。
「驚かせたよな」
柊ちゃんがそう言って、あたしは素直にこくりとしたけど、「嫌な話じゃなかったよ」とつないだ。柊ちゃんはあたしを見て、微笑するとうなずく。
「桃子と早穂は大丈夫かな」
「おねえちゃんは大丈夫だと思うけど、早穂は柊ちゃんに憧れてるからショックだったかも」
「そっか……懐いてくれてる早穂がかわいいって気持ちは、普通にあるんだけどな」
「そっか。おじいちゃんとおばあちゃんは、おかあさんたちが話してくれると思う」
「うん。で、静香は──俺に話があるのか」
あたしは、飲みこむように真っ暗な田舎の空で、いっそう月と星がきらきら輝いているのを見つめる。それから、柊ちゃんに顔を向けた。
「伯母さんが、柊ちゃんに対して間違えたって言ってたけど」
「ああ」
「あたし……も、たぶん、間違えたの」
「えっ」
「柊ちゃんに対してじゃなくて。何というか、友達……なのかな、今も。向こうはもうそう思ってくれてないかもしれない。その子ね、女の子なんだけど彼女がいるっていう子だったの」
「………、うん」
「すごく偏見があったわけじゃないし、気持ち悪いとかないつもりだったんだけど、無意識に距離取るようになってた。今はぜんぜん、メールもしない」
「そうか」
「うわさは……たまに聞く。無視とかされてるみたい。それで、その子にはあたしもそういう奴のひとりなんだろうなあって、そう思うとしんどい」
「また話したい?」
「……迷惑じゃないかな?」
今度は柊ちゃんが夜空に視線を投げかけた。澄んだ虫の声の中をゆるりと風が抜けて、髪を揺らしていく。おじいちゃんがお世話をする家庭菜園の土の匂いを感じていると、「俺、今つきあってる奴が初恋ってわけじゃなくて」と不意に柊ちゃんが切り出した。
「初恋はぜんぜん違う奴なんだ。友達だったんだけど、そいつも俺がゲイって周りにばれたときに俺から離れた」
どきんとして柊ちゃんを見上げる。
「気持ちはばれてなかったと思うけど、それでもショックだった。裏切られたって感じた」
「……そう、だよね」
「もし、あいつから話しかけてくることがなかったら、そのまま他人になってたと思うよ」
「話しかけてきたの?」
「中学の卒業式にな。高校生になって、何度か話し合いもした。あいつも、俺と同じくらい悩んできたんだなって思った。友達を偏見して、……差別して、そんな自分につらい想いをしてきたんだ」
「………、」
「今はまた、友達として仲良くしてるよ。そいつ、今度結婚もするんだ。それを俺も今は『おめでとう』って心から言える」
あたしは視線を下げ、「そっか」とつぶやいた。「静香の友達も」と柊ちゃんは言葉を続けた。
「話しかけたら、最初は警戒するかもしれない。でも、やっぱ分かってくれたら嬉しいんじゃないかな。友達だったんだろ」
「うん」
「大丈夫だよ。味方になってくれる人がいたら、その子だって強くなれるから」
あたしは柊ちゃんを見て、小さく咲うと「柊ちゃんも彼氏さんができて強くなれた?」と訊いてみる。
「そうだな。友達もいるし、職場でも隠してないし」
「そうなんだ。出版社?」
「うん。編集部はみんな分かってくれてる」
「幸せなんだね」
「まあな」
「ふふ、彼女じゃなくて彼氏でも、優しくしなきゃ振られるんだから」
柊ちゃんは声に出して笑い、「優しくしてるよ」と柔和な表情で言う。
「世界で一番、あいつに優しくできる奴でいたい」
あたしはにっこりして、「のろけー」と柊ちゃんを肘でつつく。
そうしていると、「何だ、柊ちゃん、静香といたの」という声がしてあたしたちは振り返る。そこには、お風呂上がりらしくボブカットを湿らせたおねえちゃんがいた。
「お風呂空いた?」とあたしが立ち上がると、「空いたよー」とおねえちゃんはうなずく。それから、「柊ちゃん、ちょっと話してもらっていい?」とおねえちゃんは柊ちゃんを向いた。「おう」と柊ちゃんが答えたので、あたしの話はキリがついていたので、そのままそこを離れ、着替えを持ってきて浴室に移動した。
おねえちゃんが使っているシャンプーの匂いがするまま、誰もいないのを確認するとロングヘアをアップにして汗ばんだ服を脱ぐ。
ゆったり広い浴槽に浸かりながら、二学期になったら瑠伽子に話しかけられるかなと思った。柊ちゃんの言う通り、警戒されるかもしれないけど。あたしは瑠伽子の友達でいたくなくなったわけではない。ほんとは──受け止めて、いろんな話を聞いてあげたかった。
お風呂を上がると、二階の客間に向かった。あたしとおねえちゃん、雪乃ちゃんと早穂、四人ぶんのふとんが敷かれている。昔は柊ちゃんもここに混じっていたけど、高校生くらいから柊ちゃんだけ別だ。
雪乃ちゃんはまだここにはいなくて、おねえちゃんも柊ちゃんと話しているのか、早穂がひとりでふとんに横たわってぼんやりしていた。
あたしは早穂のかたわらに腰をおろし、「複雑ですか」と従妹のショートボブの頭に手を置く。早穂は身じろいであたしを見上げて、「……柊ちゃん、伯父さんとかに分かってもらえなくて、つらい想いしたんだよね」とつぶやく。
「だから、受け入れなきゃって……分かってるの」
「ゆっくりでもいいんだよ」
「静香ちゃんは……抵抗とか、ないの?」
「まあ、柊ちゃんが男と恋愛しても、女と恋愛しても、あたしには基本的に関係ないからね」
「……そっか」
「柊ちゃんに恋愛する甲斐性があっただけで安堵かな」
「柊ちゃんのつきあってる人って、どんな人かな」
「中学の後輩とか言ってたよね。いい人なんじゃないかなと思うよ、柊ちゃんの話す感じ見てると」
「そう、だよね。柊ちゃんがえらんだ人だもんね」
早穂は長い睫毛を伏せて、小さくため息をついた。早穂の柊ちゃんへの愛着は、なかなか根深いものだったらしい。やっぱ失恋気分なのかなと思っていると、ふすまが開いておねえちゃんが客間に入ってきた。
「ずいぶん話してたね」とあたしが言うと、「頼生くんと電話してたの」とおねえちゃんは肩をすくめる。
「柊ちゃんは、おとうさんたちにお酒勧められてる」
「柊ちゃんってお酒飲むの?」
「弱そうだよね」
「うん」
「まあ、雪乃ちゃんも一緒に飲んでるみたいだから、抑えてくれるでしょ」
おねえちゃんは自分用のふとんの上に座り、早穂の様子に目を留める。「柊ちゃんのこと、ショックみたい」とあたしが言うと、「静香は?」とおねえちゃんはこちらに視線を移す。
「あたしは、別にいいんじゃないと思うよ」
「静香はクールだよね」
「おねえちゃんは無理なの?」
「びっくりしたよ」
「それはあたしもだけど」
「嫌悪とかはないよ。ちょっと、どう受け止めたらいいのか分かんない感じはあった。想定外だから」
「柊ちゃんが幸せならいいじゃん」
「……まあ、そうだよね。女の子とはつきあってみたのって訊いたら、試す……というか、仲良くしてみた子もいるみたい」
「そっちのほうが、あたしは違和感だなー」
「だよね……。無理なら受け入れなくてもいいよって柊ちゃん言ったけど、それは嫌だなって思った。だって、それは伯母さんが言ってた『間違い』でしょ」
「そうだね」
「柊ちゃんのことは好きだからさ、あたしもそれが柊ちゃんなら分かってあげたいな。──だから、早穂っ」
おねえちゃんはこちらに這い寄ると、早穂の顔を覗きこんだ。
「柊ちゃんのこと、あんたも理解してあげなよね。早穂に拒絶されたら、柊ちゃんもショックだと思うしさ」
早穂はおねえちゃんを見て、「拒絶……はしないけど」と口ごもりながら言う。
「私は、そんなに上手に飲みこめないよ……」
「ブラコンかよ。兄貴じゃなくて従兄だけど」
「まあおねえちゃん、早穂はあたしらと違って柊ちゃんにかわいがられてきたから。そのぶん、複雑でしょ」
「仲いいから受け入れるもんじゃないの?」
「仲いいからとまどうんだよ。おねえちゃん、そういうのほんと鈍感だよね」
「何それ。鈍感ではないでしょ」
「鈍感」
あたしとおねえちゃんが言い合いをしていると、早穂は唸ってふとんを頭にかぶってしまった。「早穂ー」とあたしたちが繊細な従妹を揺すぶっていたら、「何やってるの」と雪乃ちゃんが客間に入ってきた。
「早穂がちょっとめんどくさい」
おねえちゃんがそう言って、雪乃ちゃんは息をつくと「柊はあんたたちには嫌われなきゃそれでいいと思うわよ」と自分の荷物をあさり、ケータイを充電につなぐ。あたしとおねえちゃんは目を交わし、早穂が悩むのも柊ちゃんが好きだからこそだというのをやっと察する。
「雪乃ちゃんは、柊ちゃんの彼氏見たことある? かっこいい?」
「かっこいいというより、綺麗めな感じね。おとなしそうだし」
「おねえちゃんの彼氏みたいな感じ?」
「桃子の彼氏はあたし見たことないわよ」
「待ってよ、頼生くんは普通にかっこいい男の人でしょ」
「えー、押しがなさそう……」
「そこはおっとりしてるとか言ってよ」
またそんなやりとりを始めると、「喧嘩するくらいなら寝ておいて」と雪乃ちゃんは着替えを抱えて客間を出ていった。「怒ったかな」「戻ってきたら謝ろ」とあたしたちはうなずきあう。早穂のこともそっとしておくことにして、あたしたちはそれぞれのふとんに仰向けになった。
「静香もさっき言ったけどさ」
「ん」
「いいんだよね、柊ちゃんが幸せなら」
「……うん。そう思う」
天井を見ていると、自然と眠気がゆったり意識に忍びこんでくる。クーラーはないけど、網戸のかかった窓から夜風が流れこんで、その涼気を首をまわす扇風機が拡散している。
かすんでいく視界をこすってあくびをして、柊ちゃんのことをぼんやり考えた。あたしは打ち明けてくれたのが嬉しいや、と思って、そのまま電気も消さずに眠りに引きずりこまれていた。
翌朝、食卓に集まった親戚一同は、朝食のあとにそれぞれ地元に帰ることになっていた。そのとき、おじいちゃんが柊ちゃんの名前を呼んだ。柊ちゃんは箸を止めておじいちゃんを見る。ちょっとだけ表情がこわばっていたけど、「何?」と応えて、そんな柊ちゃんにおじいちゃんは静かに問うた。
「その、おつきあいしている人がいると言っていたが」
「……うん」
「柊は、その人と幸せになるんだな?」
柊ちゃんはまじろいだものの、「もちろん」と答える。「そうか」とおじいちゃんはうなずき、一度おばあちゃんと目配せすると、「それならいいんだ」と言った。
「柊が幸せになるなら、それをじじいやばばあがあれこれ言うことはないだろう。自信を持って生きなさい」
柊ちゃんはおじいちゃんを見つめて、おばあちゃんのことも見た。「いつかその人を連れてきてね」とおばあちゃんは微笑み、柊ちゃんはほっとした様子で息をつくと「うん」と力強く首肯した。
朝食が終わると、伯母さんが食器を洗うおばあちゃんを手伝っているので、あたしの家族と早穂の家族は、ひと足先に帰路につくことになった。早穂は柊ちゃんに何か言おうとしつつ、「早穂?」と柊ちゃんに覗きこまれると、首を横に振っていた。柊ちゃんはそんな早穂の頭をぽんぽんとする。
あたしとおねえちゃんは、それを見守って、早穂もきっと時間をかけて柊ちゃんを受け入れることを信じることにした。そして、荷物も積んだ車に乗りこんで、おかあさんの実家をあとにした。
家に帰ったらいつも通りの毎日で、まもなく二学期が始まった。休み明けの試験が終わって、あたしは昼休みに瑠伽子のいるクラスに向かった。
教室を覗くと、瑠伽子は誰とも話さずにケータイをいじっている。あたしは一度深呼吸して、「失礼しまーす」と一応言いながら教室に踏みこむと、瑠伽子の席に近づいた。
声をかける前に、気配を感じたのか瑠伽子は顔を上げた。肩までのミディアムのウェーヴが揺れる。あたしはすくみかけた足取りを正し、瑠伽子の目の前に立った。
「……よう」
あたしの不器用な挨拶に、瑠伽子はころっとした丸い瞳をしばたかせ、うつむいて「久しぶり」と言った。そして、無造作にケータイを閉じて膝の上に隠してしまう。
「あー……誰かとメールしてた?」
「……うん」
「そ、そっか。ごめん。邪魔かな」
「………、何か用があるの?」
口調にかすかな針を感じつつ、それぐらいの棘は出されて当たり前だと心を引き締める。ひと息ついて勇気を呼び起こすと、「あのさ」とあたしは瑠伽子にまっすぐ言った。
「今日の放課後、お茶したいんだけど」
「えっ」
「何というか、その……話がしたい。ちゃんと話したい。話も聞きたい」
周りからちらちら視線が来ている。瑠伽子は瞳にあたしを映し、眉を寄せて首をかしげた。
「何、で──」
「いまさらって分かってるし、瑠伽子のこと傷つけたし、あたしは何も言い訳なんてできないけど。このままあんたと離れて、嫌われたって思われて嫌われるのはやっぱ嫌だ」
瑠伽子はとまどった様子で睫毛を伏せた。それから、消え入りそうな声で言う。
「うわさ……」
「うん?」
「うわさ、は……別に、嘘ではないから。静香には、嫌悪する権利はある──」
「そんなもん無いに決まってるでしょ。てか、嘘じゃないなら、なおさらちゃんと話すわ。あたしは瑠伽子と向かい合いたいの」
「静香……」
「瑠伽子の幸せを否定したくない」
瑠伽子はびっくりしたようにあたしを見上げた。あたしは笑みを作って、「その人と、瑠伽子は幸せなんでしょ?」と訊く。途端、瑠伽子の瞳がじわりと濡れて、唇を噛んでこらえようとしても涙がぽたぽた落ちていく。泣きながら瑠伽子はうなずいた。
「じゃあ──よかった! あたしは、瑠伽子の幸せを応援する」
「女の……人だよ?」
「うん」
「その人も、私も、女なの」
「うん」
「気持ち悪いでしょ……」
「そんなことないよ! まあ、びっくりしたけどさ……だから、冷静になるのに時間かかったのはごめん。ほんとにごめん。瑠伽子をひとりにしてごめん。あ、いや彼女さんいるなら、ひとりではないのか……でも、何か、友達なのに恋バナのひとつも聞いてあげられなくてほんっとにごめん!」
瑠伽子は首を横に振り、まだ涙を流しながらだけど、「ありがとう」とあたしに向かって微笑んでくれた。あたしもちょっと涙ぐみつつ、「もう一度、友達として仲良くしていいかな」と訊いてみる。瑠伽子は指先で涙を何とかぬぐいながら、「静香が私のこと……私たちのこと、受け入れてくれるなら」とうなずく。
「もちろんっ。じゃあ、今日の放課後っていいのかな。デートとかあるなら邪魔しないけど」
瑠伽子は鼻をすすり、「大丈夫。話せる」と言った。そのとき、「あの……」と不意にかかってきた声があって、あたしはどきっとして振り返った。そこには、ずっとこちらをひかえめに見ていた女の子のグループがいた。
「な、何?」
「あの、えっと──そのお茶って、私たちも参加してよかったり……する?」
「えっ」
「いや、その、仲川さんのことうちらも偏見してないっていうか……」
「前から話しかけようと思ってたんだけどね、近寄りがたかったからいいのかなってなっちゃって」
「あのね、あたしのおねえちゃんがバイセクってこと隠してないからさ、あたしらこんな感じなんだけど……」
あたしは瑠伽子を見た。瑠伽子は少し迷ったようだけど、「話してみたい」と笑みを見せた。その子たちは嬉しそうな声をあげて、まあクラスにも友達いたほうがいいか、とあたしもほっとする。
空気がこわばっていたような教室に、次第に何気ないざわめきが戻ってくる。そのとき予鈴が鳴って、「あ、やば」とあたしははっと時計を見た。
「教室帰らないとっ。じゃあ瑠伽子、放課後に──靴箱で待ち合わせでいいかな?」
「うん」
「あと、その──ああ名前まだ知らないけど、四人組さんもよろしく!」
「はーい」と四人組さんは笑顔で応えてくれて、あたしはその教室を飛び出した。みんな急いで自分の教室に戻っていく廊下を走っていく。グラウンドが望める窓の向こうでは、青空と白雲がはっとするようなコントラストで広がっていた。
ねえ柊ちゃん、これでよかったかな。あたし、うまくできたかな。あの子の友達として、してあげられることやっていけると思う?
きっと柊ちゃんは、いつもより穏やかだった夜の縁側のときとは違って、「さあな」なんてぶっきらぼうに答えるんだろうな。そんな柊ちゃんに、あたしはおねえちゃんと「ちゃんと答えてよーっ」とじゃれつく。
変わらないの。そう、何も変わらない。根っこのない古い考えだけ、ぽいっと捨てる。男の子が男の子を好きになっても、女の子が女の子を好きになっても、偏見するなんておしまい!
あたしにとっては、そんな人たちも大切な存在であることは、変わることはないんだ。
【第三話へ】
