君をつなぐ-3

 気が遠くなりそうな秋晴れだった。涼しくなった風がセミロングの髪や短いスカートを舞い上げる。満員電車に眉を顰め、到着した駅から高校までの制服が騒がしい道のりを歩く。
 そうしていると、「真冬ーっ!」と懲りない声が聞こえてくる。
「おはよっ」
 やっぱり銀実だったのを見上げて確かめ、「おはよ」とそっけなく答える。「相変わらずツンだなあ」と銀実は屈託なく咲う。
「しろ、さ」
「ん?」
「あたしといると、そのうちハブかれるよ?」
「えー、そうかなあ」
「あたしとか趣味悪いよ」
「みんな応援してくれるよ」
 鼻で嗤ってしまう。たとえそうでも、銀実の物好きがおもしろいだけだろう。仮にあたしが銀実に応じたら、調子に乗るなとか言ってくる女子は絶対にいる。
 ほんとあきらめてくれないかな、と小さく息をついた拍子だった。ふわっと目がくらんだ。やば、とその場は立ち止まっただけで何とかおさまったけど、「大丈夫?」と銀実に肩をつかまれ、やっぱりジュースくらい飲んでくるべきだったかと後悔した。
 教室に着いて席に座っても、胃の重みやくらくらした吐き気が止まらない。授業を聞いているだけでひどくいらついてきて、ちょっとこれ休もう、と保健室に行くと、顔色を見ただけで「ベッドで休みなさい」と先生に言われた。
 白いシーツのベッドに横たわり、胸元のリボンをほどいた。まくらに側頭部を預け、虚ろな意識でそろそろ先生は起きてるだろうなと思う。昼からの出勤なら、たぶん夜はひとりか。
 こんな状態なのに、やっぱり自分できちんと食べるのは面倒臭い。もしかしたら、先生が何か用意していくかもしれないし、そうだったら食べよう。なかったらもういい。コンビニ弁当やデリバリーは味が濃くて好きじゃない。明日は土曜日で学校は休みだし、どのみち先生が何か作って、無理やりにでも食べさせるだろう。
 力が出ないまま、うつらうつらして、意識は暗闇に途絶えてしまった。
 どのぐらい眠ったのか分からない。まだほとんど頭が暗いまま、ふと感覚に触れたのは、脚のあいだの快感だった。無意識に唇が声をもらす。
「……先、生?」
「えっ」
 え?
 やっと目を開けて、相手を確かめた。白いベッド。白いカーテン。カーテン越しの陽光。
 そう、学校の保健室だ。その中であたしの軆に触れていたのは、先生ではなく、銀実だった。
「え……何、」
「先生って?」
「は? ていうか、」
「真冬、教師とつきあってるの?」
 あたしは眉を寄せて、起き上がろうとした。すると、銀実が身を乗り出してベッドに抑えつけてくる。
「だから、俺なんかガキで相手にしてくれないの?」
「………、退いて」
「俺のこと、そんなにどうでもいい?」
「そこに保健の先生いるでしょ」
「今いない」
 ぎしっと、ベッドがふたりぶんの体重にきしむ。あたしは焦るより面倒で、銀実を押し退けようとした。
 でも、その手を引かれて抱きしめられ、目の前がほの暗く憔悴していく。抵抗しないといけないのに、その気力が湧いてこない。銀実はあたしを抱きしめるまま、スカートの中に手をもぐりこませた。
「……あ、」
 さっきの感覚が、またびくっと走る。先生より柔らかい触れ方だった。先生はリズムをかきみだすように触れる。その指先は律動的に蕩ける。
 あたしは震えかけた息を噛んで、銀実の肩をつかんで押し返そうとする。
「離、してっ……」
「感じてるくせに」
「あたし……は、……っあ」
「かわいい声」
「いい加減、に──」
「無理。我慢できない」
 銀実はあたしを押し倒して馬乗りになると、あたしの湿った下着に、ファスナー越しに硬くなったものを押し当てた。腰を動かして刺激を響かせながら、リボンをほどいていた胸を開いて、乳房をつかみだす。あたしは焦れったく核に届く快感にうわずった声をもらしながらも、何で、とぼやける頭で何とか考えようとする。
 しろ。何これ。思っていたより大きな手がウエストをたどる。脚のあいだをこするそれが、どんどん硬く大きくなっていく。
 こいつ何してるの。あたしはうなずいてもいないのに。こんなのダメだ。
 でも、つかむ肩幅をはねつける力が出ない。むしろ甘い吐息がこぼれて、疼く核が切なくて入口が熟れて濡れていく。
「気持ちいい?」
 ぐっと硬いもので脚のあいだを圧して、銀実が訊いてくる。あたしは目をつぶって、顔を背けた。
「ダメだよ。感じてる顔見せて」
 銀実はそう言ってあたしの顎をつかみ、あたしは薄目を開ける。いつもの軽いバカじゃない。男の顔をしている銀実がいる。
 銀実はあたしに唇を重ね、舌で舌を吸いながらスラックスのファスナーを下ろした。銀実の脈が内腿に当たり、ついで銀実はあたしの下着も脱がせる。あたしは首を横に振るけど、じかに核に触られて弱く痙攣する。
「や……っ、だ、っ」
「真冬、こんなに感じやすいんだ」
「やめ……もう、」
「このまま入りそう。入れるよ?」
「だめ、おねがい、……やめて、」
 脚のあいだに、銀実の反り返って脈打つそれがのめりこんでくる。あたしはぎゅっと目をつむり、声をこらえた。
 ゆっくり、銀実が深くまで刺さり、奥まで重なる。銀実は顔を近づけ、あたしの耳を食んで「入った」とささやいた。
 あたしは息を引き攣らせながら、もう終わるのを待つしかないと思った。銀実の腰が動いて、あたしの中をこすってさらに硬くなっていく。
 刺激に正直なあたしの声が虚空を彷徨い、それでますます銀実の動きが激しくなっていく。ベッドが強くきしんでいる。快感に堕ちるほど頭の中が霞みがかり、もうよく分からなくて、あたしは銀実にしがみついた。
 自分が銀実を締めつけているのが、そのかたちを体内に感じることで分かる。銀実は身を起こし、あたしの腰を抱えてもっと奥まで突き上げてきた。
「……あ、……い、くっ」
「……いきそう?」
「いくっ……もう、」
「俺も、やばい……かも」
「中に……いいから、早く、もっと」
「中は──あ、出る、っ……」
 瞬間、子宮が射精をいっぱいに浴びた。あたしも銀実も、胸をはずませる荒い息遣いが一気にあふれた。
 銀実があたしから自分を引き抜く。あたしはぐったり脱力し、虚ろな目でカーテンに揺らめく陽射しを見た。
 ぎし、と気まずくベッドがきしむ。
「真冬──」
 あたしは答えず、静かに上体だけ起こした。
「これで、俺たちつきあってるの?」
 銀実を見た。さっきまでのたくましい表情はなかった。でも、しょせんこいつも男なのだ。
 あたしは軽く嗤うと、脚のあいだから精液があふれるのを感じながら、下着を身につけて制服を正した。
「真冬、」
「早退するって言っておいて」
「俺、ほんとに真冬が好きなんだよ」
「だから?」
「真冬だってめちゃくちゃ感じてたし、俺たち──」
「うるさい死ね」
 銀実は口をつぐみ、あたしはカーテンをめくってベッドを離れた。一応、本当に誰もいなかった。時計を見ると、あと五分で四限が終わって昼休みだ。
 保健室を出て、窓の向こうの南中に目を眇めた。先生以外とやったの初めてだな、と漠然と思った。
 昼休みになってざわめきが解放されると、それに混じって、さりげなくかばんを回収して学校をあとにした。一乃の顔見たいなあ、と思う半面、どんな顔をすればいいのか分からない。結局マンションにそのまま帰宅したら、先生の靴がまだあって、とっさにすくみそうになる。
「真冬。早いな」
 ちょうど出勤するところだったらしい先生が、リビングから現れる。「早退した」と小さく言うと、先生はあたしを眺めて「また朝食食べなかったからだろ」と肩をすくめた。
「まあ、うん──そうかな」
 先生は、あたしに歩み寄ってくる。あたしがうつむきがちに靴を脱いでいると、突然、先生はあたしの髪を引っ張って顔を上げさせた。
「痛っ──」
「俺に言うことがあるだろう?」
「え……」
「それとも、勝手にこういうことをしてもいいと思ったか?」
 先生はあたしのスカートの裾を見ていた。あたしもそこを見て、思わず息を止めてしまう。白い液体の痕があった。
「違う、これは、」
「かずくんに何があるだろうね。楽しみだ」
「やめてっ。一乃には何もしないで」
「じゃあ、俺が帰ってくるまで──いや、帰ってきた俺が満足するまで、外出しないように」
「……分かった」
「どうせ週末だから、出席日数にも響かないだろ。じゃあ、行ってくるよ」
 先生は思っていたよりあっさり玄関に向かい、何だかかえって不安になる。一乃に何があるか──あたしは思わず、先生の背中に抱きついた。
「何?」
「ほんとに……一乃には、何もしないで。お願いだから」
「………、ひとつ、いいお仕置きが浮かんだから、真冬がそれに耐えられたらね」
「何でもする。だから、」
「はいはい。真冬が俺の言う通りにするなら、かずくんは大丈夫だよ」
 そう言って先生は身を返し、あたしを覗きこんで微笑む。あたしの瞳が濡れているのを見て、目を細めて頭を撫でた。そして、もう一度ドアに向かい、「いってきます」と言う。あたしがかぼそく「いってらっしゃい」と応えると、「シャワーは浴びて着替えておくんだよ」と先生は出ていってしまった。
 不安が黒煙のように立ちこめる。バカ。最悪。これで一乃に何かあったらどうするの。たぶん、その“お仕置き”で先生の気が済んだら、先生は本当に何もしないとは思うのだけど──先生のお仕置きはあんまり好きじゃないから、気分が陰って落ち着かない。
 とりあえず、言われた通り、シャワーを浴びて着替えた。スカートの裾は、黄ばんだら最悪なので何とか水洗いした。野菜ジュースだけ飲むと、あとは部屋のベッドに倒れて先生の帰りを待った。
 視界が次第に色褪せ、気が遠くなって眠っていた。ぼんやり、一乃の夢を見ていた。
 一乃がおかあさんの記憶を語っていた。すごく優しかった。でも病気が重くて、それを理由におとうさんは婚約を破棄していった。ひとりで育てることになってごめんね、でもちゃんとおかあさんは一乃を見守ってあげるから──そう言ったけど、亡くなってしまった。あたしはおとうさんもおかあさんも憶えてない、と言うと、真冬にはもう先生がいるから、と一乃は咲った。
 先生。でも、先生はあたしのこと──

第四話へ

error: