「でも、この三人の中でここの一番の古株って、実は心ちゃんなのよ。五年前だから」
トーコさんがそう言って、「てことは、高校生からここに通ってたってこと?」と私は指を折って逆算する。「不良だ!」と未桜さんがころころと笑った。
「そういう奴、あたしも知ってるけど」
「心ちゃんは、二十歳を過ぎてからしかアルコールは飲んでないから、ちゃあんとシロよ」
「そっか。あたしの友達は、スクリュードライバーで毎度つぶれてたから完全なるクロですね」
「ここで出逢いとかもあった?」
「仲良くなった人はいます。でも、何か……恋人になるって段階まで進むのはむずかしくて。あと、いいなーと思ってもカップルさんだったとか」
「切ないっ」と私は唸り、「でも」と心ちゃんは続ける。
「私生活ではビアンの友達ってできないから、こうして自分と同じ人たちと話せるだけでも嬉しいです」
「分かる。あたしも昼間は周りに誰もいない」
そう言った未桜さんはカクテルを飲み干し、次のカクテルをトーコさんに注文する。「やっぱり、みんなそうですよね」と私もうなずいた。
「今はネットもあるけど、私はそれはちょっと怖いというか」
「あたしもです。相手のこと分からないし、期待されすぎたりしてもやだなあって」
「出会い系でうまくいった例、あたしは知ってるけど、レアケースだよねえ」
「ちなみに、未桜さんは彼女さんとどうやって知り合ったんですか」
「あたしはー、よく行くミックスバーがあるんだけど、そこで。彼女はバイネコだから、最初は不安もあったな」
「莉愛ちゃん、『未桜ちゃんしかダメな軆にされた』ってよく言ってるわよね」
トーコさんが笑って、「そこがもっとも不安要素だったんで」と未桜さんは肩をすくめる。
「やっぱ男のほうがいいーとだけは言われたくなかった」
「意地を感じます」と私が咲うと、「意地だよ、ほんと」と未桜さんも咲う。
「あの子と今も続いてるのは、ビアンの意地」
未桜さんがそんなことを言っていたとき、不意に店のドアが開いてぬるい風が足元を撫でた。振り返ると、肩までの髪をパーマで仕上げた女の人が顔を出し、店内をきょろきょろしている。
「いらっしゃいませ」と声をかけたユカちゃんに、「未桜ちゃん来てる?」と彼女は言い、「莉愛」と未桜さんはその人に手を振った。未桜さんのすがたを認めたその人は、こちらに駆け寄ってくるとぎゅうっと未桜さんに抱きつく。
「あー、未桜ちゃんに会えるの三日ぶりだあ。寂しかったあ」
そう言って未桜さんの胸に顔をうずめるその彼女は、三十代半ばくらいに見える。その人の頭をぽんぽんとしてやりながら、「これがパートナーの莉愛」と未桜さんは私と心ちゃんに恋人を紹介する。
「ちょっとバカだけど、そこがいいの」
顔をあげた莉愛さんは、私と心ちゃんを見較べ、「どうも」と未桜さんに対するのとはだいぶ違う、あっさりした口ぶりで挨拶した。私も心ちゃんも、その明白な態度の差に不快になるより失笑してしまう。
「莉愛、仕事終わったの」
「うん! このあと、未桜ちゃんのお部屋だよね」
「そうしよっか。てか、あんたチャージはらってないでしょ」
「すぐ帰るから」
「あのねえ……。あたしがはらうから、一杯は飲んでいきなさい」
そんなことを話すふたりに、私はスツールを立って、「ここどうぞ」と莉愛さんに席を譲った。まじろいだ莉愛さんは、「いい人」と言ってからひょいっとスツールに腰かけ、「ジンライム!」とさっそくトーコさんに注文した。
私は奥に移動し、壁にもたれてピーチウーロンをすすると、心ちゃんと顔を合わせた。
「パートナー、やっぱうらやましいね」
仲睦まじそうな未桜さんと莉愛さんに、私がそう言うと、「そうですね」と心ちゃんはうなずく。
「昔からあたし、パートナーにはすごく憧れてるんです。知り合いに、すごく素敵な男の人のカップルもいて」
「そうなんだ。あたしも、今度こそ女の子に本気になりたいなあ」
「十年間、カモフラージュですよね。別れるって言って、相手の人にそれは伝えたんですか」
「伝えるつもりだったけど、言えなかった。何だろうね。未桜さんも言ってたけど、LGBTの理解は広がってるなんて、私は普段生活してて感じたことないな。カムは怖い」
「……あたしもです。このお店に来たときしか、ビアンの自分になって話すこともできない」
「心ちゃんは、ここによく来るんだ」
「というか、ここしか来たことないです。都会の中のそういうバーとかクラブは怖くて」
「私はあちこち行ってるけど、落ち着いてる店もあるよ」
「そっかあ……じゃあ、案内とかもしてくれますか?」
「あはは。いいよ、それくらい。今度、一緒にバーのはしごしてみる?」
私がそう言うと、心ちゃんはぱちぱちとまばたきをして、「ほんとにいいんですか」なんて確かめてくる。
「別にいいよ。あ、でも、隣にこんなおばさんくっついてたら、出逢いも逃げちゃうかな」
「いや、咲さんはおばさんじゃないですよ」
「三十になるんだよ。心ちゃんにはおばさんでしょ」
「そんなことないです。それ言ったら、あたしはお子様ですから」
私は笑い、「じゃあ、連絡先交換しておこうか」と言ってみた。すると、「咲さんが良ければ」と言われ、私と心ちゃんはお互いを友達登録した。
「うまくいってる」とちょっと茶化してきた未桜さんは、莉愛さんと手をつないでお店を出ていった。それから私は、未桜さんがいた席に着き、二杯目を注文して心ちゃんとのんびり雑談を続けた。
やがて、終電が近い零時が近づいてきた。このお店は、終電前が閉店だ。カラオケで盛り上がっていたボックス席の子たちも引き上げ、私と心ちゃんも会計を済ましてお店を出た。
夜風がアルコールを帯びた頬をほんのり冷ます。通りに並ぶ店には、まだ明かりを灯しているところもあるけれど、徒歩で帰れる地元の人が飲んでいるだけだろう。
私と心ちゃんは並んで駅に向かい、「今日話せて楽しかった」「こちらこそありがとうございます」と言い交わした。電車は逆方向になるみたいで、改札を抜けるとそれぞれのホームへと別れる。私の乗る電車はちょうど一分くらいでやってきた。
扉が開いて車両に乗りこむと、かなりお酒のにおいがこもっていた。発車する電車の窓から、一瞬だけ心ちゃんのすがたが見えた。
ショートボブ、淡いベージュのワンピース、足元はブーツ。
かわいい子だったな、とは思ったけど、さすがに大学生にその気を起こすのはアウトだよなあと、私自身も酒気のある小さな息をついた。
そしてそれからは、彼と別れたことを周りにかなりずけずけと言われた。両親はもちろんのこと、祖父母までもがウェディングドレスを見せてくれないのかとか何とか、「今からでもいいから謝って、結婚してもらいなさい」とまで言ってきた。
あんたたちに見せるために着るもんじゃないという台詞を飲みこんで職場に行けば、彼氏がどうとか旦那がどうとかの同僚に、彼と破局したことを言わされて、また驚かれて、あれこれ心配される。
もう思い切って貯金でひとり暮らしを始めて、転職もしようか。そんなことさえ思っていた頃、ブロックはしていなかった彼から『今から家に行く』というメッセが届いていた。仕事上がりの私は、人が交錯する職場最寄りの駅ナカで足を止める。
「っざけんなっての……帰れないじゃない」
舌打ちと共に小さくつぶやき、ため息をつく。あまりにもいらいらしているから、帰ればこの感情のまま、男に興味がないことまでわめいてしまいそうだ。
服装が仕事帰りのスーツだけど、もういいか。今日は女の子といたい。どんな子でもいいから、女の子とセックスをして、そのまま眠りたい。
分かっているけど。自分が悪いのはよく分かっている。周りの言いぶんはとにかく、彼だけは本当に悪くない。だからブロックもできない。私は彼を、十年間も利用していたのだ。償うなら結婚だって、分かっている。でも、私にとってそれがどんなにつらいか、一生誰にも理解されずに死ぬのは嫌だ。
彼が家に到着すれば、親からもうるさい着信があるだろう。だからスマホの電源は切って、私は肉食系の子が集まるビアンバーに向かった。
薄暗い店内では、女の子たちが手をつないで踊ったり、身を寄せ合ってキスしていたりする。心ちゃんが怖いって言ってたバーそのものだろうなあなんて思う。
そういえば、心ちゃんには結局連絡していないし、逆に連絡も来ないや。まあ、あんな若い子にこちらから食らいつくような真似をしたら、ヒカれるよな。何もなければないで、さらりと流さないと。
まずは酔いたくてお酒を飲んでいた私に、「お仕事終わったとこ?」と声をかけてきたのは、二十代後半ぐらいの一見だと淑やかそうな子だった。
「家帰りたくないから、そのまま来たの」
私が肩をすくめると、「あはは、おんなじだ」と彼女は笑う。
「うちは旦那がいてさー」
「結婚してるの?」
「そう。今日は女友達と飲んでくるわーって言ったら、相手が女ってだけで安心する平和な人」
「旦那は何も知らないんだ」
「知ってたら、向こうは向こうで浮気ぐらいするでしょ。そういうのがないまじめな人だから、ときどきしんどいね」
「……そっか。私はこないだ彼氏振っちゃったわ。結婚目前だったけど」
「しないほうがいいよ、偽装結婚なんて。どんなに好きになった女の子にも、本気になってもらえないもん。あなたは逃げ道があるもんねって感じで」
「逃げ道かあ」
「男と子作りすることなんか、ぜんぜん逃げ道じゃないんだけどね。むしろ、いばら道だわ」
「何か分かる」
「マジで? ふふ、贅沢だねっていう子もいるから嬉しー」
その子は私の隣の席に座ると、手にしていたカクテルを飲む。彼女といろいろ話していて、アルコールがまわってきたのも手伝い、ふとした隙に「キスしてみる?」とその顔を覗きこんでみた。白い肌が少し染まったのが暗目にも分かって、返事を聞く前に私はその唇に唇を重ねた。
柔らかい唇が開き、私はその中を確かめるように舌をさしこむ。彼女が飲んでいたカクテルの味が唾液に絡み、私はそれを飲みこんだ。しばらく舌と舌を重ねてお互いを味わっていたけど、ふと彼女は顔を離して私の胸に顔を伏せる。
「やばい、濡れてきたかも……」
私はちょっと咲って、「場所変えよっか」とそのウェーヴの黒髪を愛撫した。手をつないでバーを出ると、周りで待ち構えるラブホテルにすぐ入った。
部屋に入ると、彼女はまたキスを求めてきて、応えながらバスルームのドアを開ける。洗面台の前で服を脱がしあって、広いバスルームに踏みこむとシャワーを出した。熱い飛沫が降りしきるのを裸体に浴びせながら、ベッドまで我慢できずにタイルにふたりして崩れる。
キスしたり甘噛みしたりしながら、彼女の脚のあいだに指先を探り入れる。確かに入口はぬめっていて、私の指ぐらい簡単に飲みこんでしまいそうだった。そこに中指をゆっくりと沈め、彼女が中で感じるところを探しながら、手のひらをすりつけて核も刺激する。
こうするとき、女の子が甘く上げる喘ぎ声がすごく好きだ。その声を聴いているだけで、私のほうまできゅんと疼くくらいに。右手で彼女を昂らせながら、左手では彼女の腰を抱いて、唇では乳房のふくらみをたどる。
彼女はシャワーでびしょ濡れになりながら、瞳まで潤ませてこちらを見て、「いきそうだから」と息を切らす。
「いっていいよ」
「私、も……何か、しないと」
「そんなこと考えなくていい。ただ気持ちよくなって」
「や……そんなの、好きになっちゃう、っ……」
「好きになっていいから、いきそうならいっていいよ」
彼女は私の軆にしがみついて、腰を私の右手に預けて揺らした。その揺らぎに、ときおりびくんという小さな震えが混じりはじめる。私は彼女の中を指でかきまわしながら、息切れるように喘ぐ口元にキスをした。
そのとき、彼女が悲鳴のような声を上げ、私の首にぎゅうっと抱きついた。ついで、その細い軆が大きく痙攣して、何度も痙攣して、緩やかに脱力していった。
シャワーを止めて、意識がおぼろげになっているような彼女と、ふらふらとベッドに向かった。白いシーツに仰向けになった彼女は、「まだしてくれる?」と甘えるように私の手首をつかむ。「今夜はずっとしてあげる」と答えた私は、今度は彼女の脚のあいだの赤く実る核に口づけた。
最後には気を失うように彼女は眠ってしまい、私はその寝顔を見ながら、激しすぎたかなと息をついた。時刻は午前一時をまわっている。今日は土曜日で出勤じゃないな、と内心で確認して、こころよい疲労感のあった私も朝まで眠ることにした。
【第三話へ】
