愛おしい日々-3

 それ以来、誉と飲むときには、秀さんや秀さんの友達が混ざることがあった。秀さんが連れてくる友達は、あたしへの紹介を兼ねていることもあったし、単純に都合が合ってやってきた人であることもあった。
 その中で、秀さんの親友として築さんという人と知り合った。「こいつは彼女にべた惚れだからね」と秀さんに最初に言われて、「紹介相手」ではないことは承知していた。それに、かなりのイケメンである通り、昔は女をたらしまくっていたらしい。
 絶対引っかかっちゃダメな野郎だ、と警戒しつつ、秀さんの「親友」ならそれを剥き出しにすることもできず、この人との距離感むずかしいなと秘かに思っていた。
「築さんって、女の子で遊ぼうとか思うことはもうないの?」
 二十一時、ちょっと暑いくらいににぎわいはじめた居酒屋のテーブル席で、あたしと誉、秀さんと築さんでその日は飲んでいた。誉がからあげを頬張りながら、築さんにそんなことを訊く。お湯割りに口をつけていた築さんは、「思わねえな」と即答した。
「それまでの全部も、どうせ代わりにしてただけだし」
「今の彼女の?」
「そう」
「情熱なんだか冷酷なんだか分かんないよねえ」
 秀さんはからから笑い、マニキュアで彩られた指先でつまんだ枝豆を食べる。
「代わりにされてた女の子のほうは、捨てられたらすっと身を引くものなの?」
 おろしのかかっただしまきを、割り箸でひと口大にするあたしが問うと、「そんなことはなかったけど」と築さんは言う。
「当時はぎりぎりメールの時代だったから、ほっといたらすぐに受信トレイにメールが溜まってた」
「それに返信は……?」
「削除するだけでも大変だったな」
 だしまきを食べるあたしが眉を寄せると、「嫌な男だよねー」と秀さんがさらっとすくいとって代弁する。
「僕、その頃の築も知ってるけど、ほんとにひどかったもん」
「でも、俺がそういう男だって知ってる女ばっかだったしな。本気だった女はいないと思う」
「いや、いるわ。絶対いると思う」
 だしまきを飲みこんだあたしが言うと、「そうか?」と築さんは首をかしげる。あたしのくせ毛と違って、さらさらの髪はその所作に合わせて流れる。
「男が想ってる以上に、女ってバカなところがあるからね」
「え、バカなの? 賢いじゃなくて?」
 口をはさんだ誉に「あたしがバカなのは知ってるだろうが」と言うと、「知ってるけど」と誉はあっさりうなずく。
「ろくでもない男と分かっていても、女は好きになっちゃったら好きなんだよ。捨てられたらつらいのに、分かったふりしちゃうくらいバカなんだよ」
「あの頃の俺に、そんな本気になる要素はなかったと思うぜ」と築さんは飄々と言うけど、「自分だけは理解してるとか思ってた女はいたはずだ」とあたしはぶつぶつする。
「翠ちゃんなら、築にそんなふうに騙されてたと思うの?」
「俺が騙したことになるのかよ」
「例えば築さんってさ、返信してないのにやっぱり送られてくるメールって鬱陶しかった?」
「鬱陶しかったな」
「本命がいるならそれでもいいとか言われても?」
「鬱陶しいな」
「うおおおおこいつ女の敵だよお」
「翠子、酔ってきてるでしょ。はいはい、築さんはもう更生して彼女さんに一途なんだから、許してあげようね」
 そう言って誉はあたしをハグして、頭をぽんぽんしてくれる。それを眺めた築さんは、「こいつらってつきあわねえの?」と秀さんに訊く。
「つきあわないみたいだねー。僕もいいと思うんだけど」
「友達とそういう仲にはなれないでしょ。築さん、ひぃちゃんとつきあおうと思える?」
「いや、こいつ男だし」
「男とか無しでさ。いや、まあ女と考えたとして」
 築さんは秀さんを見て、何やら秀さんはにやにやしてから、「出逢いを思い出すね」と言った。築さんは小さく舌打ちすると、「絶対に無理」と言い切った。
「僕と翠子も、そういう関係なわけ。恋人になるのも、セックスするのもイメージできないの」
「ふうん。てかさ、翠子。好きな奴から連絡が来ないことに一喜一憂するなら、相手を友達とか家族に置き換えてみろよ」
「何それ」
「家族とか友達なら、生きてれば何かしら返信があるって安心感があるだろ」
「……まあ、わりと」
「それが、恋愛対象だと安心感を持てない奴が多い。このまま返信来ないかもとか考えて焦る」
「ほんとに来なかったんだけど」
「焦って返信待たずに連投したんだろ」
「……した」
「それが相手にしたら、家族や友達みたいには信じてもらえてない現れだから、しんどい」
「……あー」
「だから、生きてればそのうち何か来るだろくらいに思っとけばいいんだよ。で、お前のほうも即レスとかじゃなくて、生存報告ていどのペースで返信する。そしたら、そのうち追いかけるのはお前じゃなくて男のほうになってる可能性もあるぜ」
 あたしは築さんを見て、誉のハグから身を離して体勢を正すと、「筋が通っててビビった」と正直につぶやいた。「そりゃあ僕たちは心理学専攻したもんねっ」と秀さんは築さんにくっつき、「似たような相談がめちゃくちゃ多いんだよ」と築さんは秀さんをはらう。そういえばこの人、初めて会ったときにスクールカウンセラーやってるとか言ってたっけ。
「でもさー、メッセが生存確認なら、普通にいっぱい話したかったらどうすればいいの?」
「会え」
「会いたいって言っていいの?」
「その質問がよく分かんねえけど、仲悪い相手じゃないならいいんじゃね」
「ほらー、僕も言ったじゃん! 翠子は好きな人にもっとちゃんと会わなきゃいけないの。メッセ依存じゃダメなの。何で会いたいんだよとか言われたら、『セックスしたい』って言えばいいんだよ」
「せっ……は、まあ、つきあってたらな。え、もし『会いたい』に返事がなかったら?」
「会いたくないと思ってる相手を、そのまま慕ってるのは無駄だと理解しろ」
「そこな! そこがむずかしいの、マジで」
「嫌われてる自覚を身につけると人間関係も楽になるぜ」
「そんなん、メンタル鋼かよお……」
「知り合い全員に好かれることは無理だからな?」
 あたしはうめいて、そろそろ反撃の弾もなくなったので、壁にもたれて白目になった。誉はそんなあたしを見て、「ブロ削したのにぜんぜん吹っ切れてないなあ」とため息をつく。
「いや、あいつのことがまだどうしても好きとかじゃなくて」とあたしは目をこする。
「自分がまた似たような恋愛するだろうなあって、それが分かってるのがつらい」
「そこは、築さんのアドバイス生かししつつ、ひぃちゃんの紹介にも期待しよう」
「そいえば翠ちゃん、僕が紹介した奴で気になったのとかいないの?」
「うーん、みんないい人なんだけどね。さすが秀さんの知り合いで」
「いい人は恋愛対象じゃないね」と秀さんはくすりとして、「そうなんだよねー」とあたしはカシスオレンジを飲む。
「何か、しばらく恋愛とかしないほうがいいのかな……」
「翠子は、そのまま干物になりそう」
「っさいな、誉。まあ頑張る……よく分かんないけど頑張る……」
「下手に頑張って、安い出会い系とかには走んなよ」
「はは、築さんの締めがやっぱり学校の先生だわ」
 誉が笑い、「出会い系は怖いと思える」とあたしは軆を縦にして言った。そのあとも四人で雑談しながら飲んで、二十三時ぐらいに飲みはお開きになった。駅までは四人で歩き、それぞれの沿線やホームにばらばらになる。
 しかし築さん、距離感分かんないとか思ってたけど、今日遠慮なく意見言われたのは嫌じゃなかったな。学生と同レベルあつかいとはいえ、プロのアドバイスもらえたのは良かったのかも。
 確かにあたしは、これまでの彼氏を家族や友達みたいに信じていたかと言われたら分からない。捨てられるわけがないと思うことなんて、思い上がりのような気がしていた。だけど、それはただの最低限の自信なのだろうか。
 やがて二月に入ると、出歩く街並みも職場のモール内もバレンタインに染まりはじめる。今年は渡す相手がいない。それはそれで金銭的に助かるけれど、やっぱり物寂しい。でも、うちはおとうさんにはおかあさんが渡すし、碧人にはあげたくない。職場も女の子ばっかりだし──
 誉がいるけど、あいつは女から男に渡すと決まったものなんか、喜びそうじゃない。そもそも、それでもバイトたちが友チョコ感覚で渡すだろうし。自分に贈るか、と思ったあと、それは干物が始まってるな、と思い直した。
 学生時代の女友達も、それぞれの生活で会うまでにはならず、結局、友チョコすら用意しないでバレンタイン当日になった。彼氏持ちの子はオフを取りたがるので、その日あたしは普通に出勤だった。職場に到着するなり「真宮さん、いつもお世話になってますー」と朝番の子たちが義理チョコを渡してくる。「あー、ホワイトデーに何か持ってくるわ」と受け取っておいたけど、別に三倍にはしなくていいだろう。
 コートを脱いでロッカーにしまっていると、「バレンタインおめでとー」という謎の挨拶と共に誉も出勤してきた。「内藤さん、おめでとうございますー」とバイトも謎の返しをして、あたしへと同様にチョコを渡す。「僕も持ってきたから、みんなで食べてねー」と応える誉のほうが、ホワイトデーでかわすあたしより女子連中っぽい気がする。そして、誉はあたしの隣にやってくると、「おめでとー」と声をかけてくる。
「いや、『おめでとう』だけだと意味不明だわ」
「だいたい分かるでしょ。翠子にもチョコ持ってきたよ」
「あたしが持ってきてないのに、何なのあんた」
「翠子持ってきてないの? ホワイトデーにしたら三倍になるから、友チョコで先手を打てばいいのに」
「え……そんな、三倍じゃなきゃいけないの?」
「そうなるんじゃないの? だって、全員ぶん買ってたら」
「は? そんなん、お徳用を分けて何とかするに決まってるでしょ」
「うわ……」とつぶやく誉の表情に、「やめて、そんな露骨にヒカないで」とあたしは若干焦る。
「翠子、彼氏いてもチョコとか作らなかったでしょ」
「買った奴のほうが男も安心なんじゃないの?」
「見知らぬ相手に手作り渡されたら怖いけど、つきあってるなら作るんじゃない?」
「男って分かんないわ」
「僕は好きな人のお手製が好きなタイプだから。ほかの人は分からないけど」
 そういえば、碧人も毎年もらってるのは茉莉ちゃんの手作りっぽかった気がする。
 それを思い出してあたしが変な顔になっていると、「とりあえずこれ」と誉がチョコが入っているらしいブランドのショッパーを渡してきた。「ん」とあたしは受け取ってから、「いい奴じゃない?」とブランド名に目を止める。
「今日持ってこなかったから、僕にはその三倍になるねー。うわー、翠子かわいそー」
 マジか、とさらに焦っていると、「はーい、みんなのぶんもあるよお」と誉はバイトたちにチョコを振りまきにいった。あたしは渋い顔で、休憩にモールのどこかでチョコ買ってこようかなと検討する。まだ残っているか分からないけど、残っていれば三倍よりはマシだ。
 てか誉の奴、何でこんな気合いの入った奴をよこしやがる、とショッパーを覗くと、チョコレートを包んでいるらしい箱のほかに封筒が入っていた。手紙……かな。いちいち気遣いが細かいところがあいつらしい。
 ともあれ、それは帰って読むとして、昼休憩にはスイーツショップ覗こう。そう心に決めると、あたしはロッカーを閉めた。

第四話へ

error: