LUNA PAIN-3

「ごめん、俺があいつのこと怒らせたから」
「正しいことしか言ってねえだろ。愛し合ってるとかセックスとか、あいつがおかしい」
「暁戸、教室での感じとかなり違ったな」
「そうだな……くそ、血い止まってねえな。お前のこと汚したらごめん」
「別にいいよ。止血できるようなもんないかな。いや、あっても片手か。見えねえし」
「ちっ、どうやったらここから出れんのかな。手錠だけでも外せたら──」
 世那がそこまで言いかけたとき、またドアが開いた。「右側の奴をかわいがってあげて」と暁戸の声がして、その後ろからゆらゆらと歩く人影が部屋に入ってきた。
 見取れるのは、ほの暗い逆光の中の影だけだったが、かなり痩せていても肩幅で男なのは分かった。ぎしっ、とベッドがきしみ、「右……右……」と言いながら、そいつは手を世那へと伸ばす。
「な、何だよ、触んなっ……」
 世那は嫌悪感で粟立った声を出し、脚をばたつかせる。しかし、痩せた男は意外なほどの力で世那の脚をつかんで開き、股に割って入った。
 世那は抵抗しようにも、つながった左手と傷つけられた右腕が枷になっているようだ。俺は無意識に、まだ自由な左手でその男を世那から押し退けようとした。
 が、不意に背中に気配を感じ、振り返ってしまうと暁戸の冷然とした笑みがあった。
「暁戸……」
「よく見てるといいよ。宮間が悦ぶところを」
 じーっとファスナーを下ろす音がした。世那がさすがに痛みもなげうって右手でそいつを押し返そうとして、その動きで、俺にまで血がでたらめに飛んできた。
 それでも男は世那の腰をがっしりつかみ、「気持ちいいから……」とささやくと、世那の脚のあいだに顔を埋めた。
「……くそっ、やめ、……っ」
 あがこうとする世那の声に、唾液がたっぷり絡みついたしゃぶる音が重なる。
 男の頭が世那の股間で律動し、次第に世那の声が喘ぐような色香を灯してくる。開いたドアの隙間からの薄い光と目が慣れてきて、世那の表情もうっすら見取れた。
 瞳が潤み、頬が上気し、荒くなった呼吸に声を混ぜている。苦しげな顔なのに、同時に切ないくらい色っぽくて、思わずぞくっと軆の芯が震えて、見蕩れそうになった。
 男は口だけでなく手も使って世那を刺激して、どんどん快楽に引きずり落としている。世那は息を切らして、俺のほうけた視線に「見んなっ……」とかろうじて吐いた。
 そう言われて俺ははたとうつむき、でも、自分の股間が少し苦しくなっていることに愕然とした。
 何だよ。何でだよ。男だぞ。世那だぞ。どんなにその喘ぐ声がエロくても、こんな反応──
「本当は」
 俺の耳元に口を寄せ、暁戸がくすくすとささやいてくる。
「自分が宮間にしてあげたいでしょ? 宮間と愛し合って、いやらしい声もっと聴きたいんでしょ?」
「ざっ……けんな、俺たちは親友なんだ。そんなの──」
「ふうん? じゃあ、宮間がほかの男にいかされてもいいんだ」
「……それ、は」
「このままじゃ宮間、もう出しちゃうよ?」
「っ……」
「ねえ、宮間のちんぽしゃぶりたいよねえ?」
 頭が混線してくる。世那が男の口で射精したくないのは分かる。でも、たぶん我慢できない。だとしたら、見知らぬ男より俺のほうがマシだったりするのか? あるいは逆か。
「だめ、……っく、いく、」
「いっていいよお……全部飲んであげるからねえ」
 世那のものをふくみながら男は言って、じゅっじゅっと激しく音を立てて吸い上げ、根元をしごく。
 世那の声がどんどん大きくしどけなくなって、俺の股間も完全に張りつめる。
 くそ、何で勃つんだよ。指一本性器には触れていないのに、完勃ちって。世那をそんなふうに見たことなんてなかったはずなのに、快感のままの喘ぎ声に興奮してしまっている。
「いや、……あー……っ、だめ、出るっ──」
 びくんと身を反らせた世那は、男の口の中で爆ぜていっぱいに吐精した。男はそれをあまさず口にふくんで、ごくんと音を立てて飲みこむ。
 世那は息切れをしながらそれを薄目で見つめ、急に嫌悪感が襲ってきたように、がちゃんっと手錠の音を立ててシーツにうずくまった。俺はそれを見つめ、何を言えばいいのか分からない。
「おいしかったあ。ねえ、今のでオナニーしていい?」
 男が俺の背後にいる暁戸に言って、「淫乱が」と暁戸は小さく舌打ちしたあと、「向こうの部屋でね」と言う。「はあい」と男はベッド降りて、またゆらゆらした足取りで部屋を出ていった。
 暁戸は俺の背中にぴったりくっつくと、「これ」と俺の脚のあいだに手を伸ばす。
「世那にしゃぶらせる?」
「っ、こんなん、何でもねえし。そのうち落ち着く」
「僕の口でもいいの? それとも、お尻に──」
「冗談じゃねえっ。くそっ、世那のプライド、何だと思ってんだよ。男にしゃぶらせるなんて──」
「羽多野くんが素直に宮間と愛し合ってくれないから」
「それは、」
「君たちのセックスを見るまで、僕はどんどん宮間にひどいことをするよ?」
 俺は暁戸を睨めつけたが、暁戸はおかしそうに含み笑うと、「愛し合うときはいつでも呼んで」と俺の背中を離れた。
「隠れて愛し合ったりはしないでね? そんなことされたら、僕は羽多野くんも宮間も、ふたりとも殺してしまうから」
 そう言って暁戸は部屋を出ていき、室内はまた真っ暗になった。世那がシーツに顔を埋め、低く嗚咽をもらしていることに気づく。
 そりゃ……ショックだよな。いくら軆には抗えないとしても、心は追いつかないだろう。男にしゃぶられて、人前に痴態をさらしたなんて──
「世那……」
 世那は何も答えなくて、くぐもったうめき声で泣いていた。血の匂いと精液の匂いが、蒸した室内にこもっている。
 俺は世那の頭に手を伸ばしかけたものの、この状況下で妙にこいつに触れると、どこから観察しているか知れない暁戸がうるさい気がしてやめた。
「……ごめん」
 俺は世那にかける言葉もなく、ただその痛ましい噎せびを聞いていた。片手で膝を抱え、ずいぶんそうしていた。
 不意に世那がそう言って、俺ははっと隣を見たものの、ひどく暗くて、世那が身を起こしたことしか見えなかった。
「気持ち悪かった……よな」
 世那の声はわなないて、軽蔑されることに怯えている。気持ち悪い、なんてそんなことは思わなかった。気持ち悪かったのは、世那の喘ぎで勃起した俺のほうだ。
「いや……大丈夫」
「……初めて口でされたのが男とか最悪だ」
「世那──」
「でも、よかったんだよな」
「えっ」
「お前にされるよりは、ずっとよかった。マシだったよ。たぶんな」
「………、」
「あんなの、どうでもいい奴だし。智海は親友だから……絶対、ダメだ」
「うん」
「お前が大切だから。それだけはお互い守ろう」
「分かった」
「セックスも何もせずに、ちゃんとここから逃げよう」
「そうだな。誰か助けに来るかもしれないし」
「……来るかな」
「お前、捜索願い出てるらしいぞ」
「マジかよ。大袈裟にしなくていいのに」
「俺まで行方不明になったわけだろ。何か探しに来るよ」
「だといいけど」
 俺はベッドに横たわって、「腕の傷は平気か」と世那に問うてみた。「血は止まったっぽい」と世那も俺と並んでベッドに仰向けになる。
 俺と世那は明かりのルミネッセンスをぼんやり眺めていた。腹減った。喉渇いた。この部屋、クーラーなくて暑いし。体温がほてって全身にじっとり汗が浮かぶのか分かる。
 いつまでここに監禁されているのだろう。暁戸は本当に俺と世那のセックスを見るまで許さないのか? もうじき夏休みで、周囲ににはいくらでも浮かれた嘘が通る。そんな嘘に混じって埋もれて、もし助けが来なかったら──
 俺の首を横に振り、考えないことにした。とにかく、暁戸に屈するわけにはいかない。あいつは俺と世那のバランスを壊したいのだろうが、そうさせてたまるか。
 俺と世那は親友だ。だから、セックスしたりしない。絶対に。
 俺と世那がセックスを拒むたび、暁戸はナイフで世那の軆を傷つけた。顔を刃でなぞり、脚を深く刺し、致命傷はつけないものの、それがかえって世那を苦しめているようだった。
「俺のことも刺せばいいだろ」と言っても、「羽多野くんには何の怨みもないから」と暁戸はにこやかに返し、「痛いのが嫌なら、君が羽多野くんにお願いしなよ」と世那の眼前でナイフをひらつかせる。日を追うごとに血まみれになる世那は、かすかに息をあげながらも、「冗談じゃねえ」と繰り返した。
 世那は、例の男に軆をまさぐられるときもあった。軆じゅうを触られ、傷口を舐められ、脚のあいだをしゃぶられる。傷の痛みで次第に意識が飛ぶ世那は、いっそう乱れた声で反応していて、でも終わると悔しそうに泣いていた。
 俺はいやらしく反応してしまった股間に気づかれていないことを祈りながら、世那の背中についた生傷を見つめた。
 食事は三回出ていたけど、毎回食パン一枚と牛乳一杯だった。排泄は垂れ流し。暁戸がいないあいだは部屋は暗いままで、昼夜の感覚が次第になくなった。エアコンはそもそもないので、一日じゅう蒸されるように暑い。臭いと酷暑で、俺もかなり憔悴して意識がおぼろげになっていった。
 ここに監禁されて、そこまで時間はまだ経過していないはずだ。しかし、世那の軆に増えていく傷と、汚物臭い熱気がこもる部屋で、頭がどんどんおかしくなっていくのが分かった。脱水した軆で横たわっていると、また世那の喘ぎ声が聞こえてくる。
 本当に、終わるのだろうか。世那とやってしまえば、俺も世那もここから解放されるのだろうか。
 ちらりとそんな考えがよぎり、慌てて振りはらうものの、俺はまた世那の声で勃起している。
「宮間と愛し合ってくれたらいいんだよ? 本当は、あいつのケツに出したいんだよね」
 暁戸が耳元でささやいてくる。俺は小さくかぶりを振りながら、幻聴のように執拗に鼓膜に残る世那の喘ぎに、スラックス越しに性器をシーツにこすりつけたくなる。
 せめて射精したい。世那の声で勃起しては、出すことなくこらえている。くらくらする熱気と、狂暴なほどの性欲が絡みあって、まともなことが考えられなくなっていく。
 どんなに痛めつけられても、すがる目を向けない世那が、何とか俺の理性をつないでいた。きっと、世那が泣きそうな顔を見せたら、俺は爆発する。この悪夢から逃げるために、友情を踏みにじって世那を犯してしまう。
 それはダメだ、絶対にダメだ──かろうじて自分に言い聞かせながらも、あちこちから血を流して男にしゃぶられて喘ぐ親友のすがたに、俺はまた硬く欲情していた。

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