LUNA PAIN-4

 ベッドでぐったりする世那は、もう食事を出されても食べる気力がないくらいになっていった。「何か食わなきゃ死ぬぞ」と俺が言っても、まぶたをおろして動かない。
 まさか死んでないよな、ととっくにシャツは剥ぎ取られた肩に触れると、びくっと世那は目を開いた。それから俺を見て、小さく息をついて「……ごめん」とかすれた声を出す。
 俺は世那のぶんの食パンを手にして、片手で不器用にひと口にちぎると、世那の口元に持っていった。世那は薄目を開け、「吐きそう」とつぶやいた。
「……牛乳飲むだけでも」
「いらね……何か頭も痛いや」
「熱中症かな」
「死ぬのかな……熱中症って死ぬよな」
「俺もかなり朦朧としてるかも」
「もう死にてえ……」
 俺は世那を見つめた。その視界は若干霞んでいる。
「世那……」
「………」
「……俺、もし世那が嫌じゃなかったら、」
 消え入りそうな声でそこまで言ったとき、部屋のドアが開いてほの暗い光が舞いこんだ。「うわっ、何かすげえ臭い」という聞き憶えのない声と共に、いくつかの足音が踏みこんでくる。
 そちらに首を捻じると、例の男を含めて三人の男が虚脱する世那にたかっていた。最後に暁戸が入ってきて、俺と目が合うと、はにかむみたいに笑ったので気分が悪くなる。
「どっちをやればいいんだよ」
「右だよお……すごくかわいい声出すよお」
「そっちの起きてるほうは?」
「彼はダメだよ」と壁にもたれて腕組みをする暁戸が鋭く言う。
「彼に見せなきゃいけないんだから。その、ほとんど死んでるほうがめちゃくちゃになるのをね」
「はいはい。こいつもうほとんどはだかだな」
「とりあえず俺、しゃぶらせるわ」
「僕はおちんちんしゃぶるよお」
「じゃ、俺はケツをほぐしますか」
 三人は、それぞれに世那の軆に触りはじめる。ひとりは世那の口をこじあけて性器をあてがい、ひとりは世那にまたがって性器を口にふくみ、ひとりは世那の腰を抱えあげて後ろを探りはじめる。
 世那は眉をゆがめて、突き出された性器から顔を背けようとしても、「逆らっていいのかなあ」と頬の傷に爪を立てられてうめき、そのまま、ずぼっと口を犯された。
「はは、傷痕いじられた瞬間、こいつの中締まったぜ」
「マジかよ。じゃあ、もっと傷えぐってみようかな」
「んっ、こっちもいつもより大きい感じする……」
「変態じゃん」
 そう言いながら、男は腰を動かして、世那の口の中を陵辱する。いつものように世那のものをしゃぶる男も、大きな音を立て、世那の性器をすするように飲みこむ。そして世那の後ろを探りあてた男は、潤いもつけずにそこに指を突き立て、その瞬間に世那は苦しそうにうめいた。
 どうしたらいいのか、俺がかたまっていると、「宮間、やられちゃうね?」とくすくす笑いながら暁戸が近づいてきた。俺は暁戸を睨みつけたくても、不安が勝って、ただ感情をこらえた顔になる。
「このまま、あいつに宮間の処女をあげちゃっていいの?」
「狭すぎんだけど」とか笑いながら世那の後ろに入れる指を増やし、出し入れして緩ませる男を、俺は殴りつけてやりたいのに軆に力が入らない。
「自分が宮間をいかせてあげたいんじゃない? それに、宮間と一緒に羽多野くんもそろそろ出したいよね」
「………っ、」
「なのに、あんな男にさせちゃっていいの? こんなに嫉妬してるくせに」
 暁戸の手が俺の股間にもぐりこみ、俺は自分が勃起していることに吐きそうになった。
 しゃぶらされて苦しそうな世那の顔、反り返って脈打つ世那の性器、広げられた脚のあいだのひくつく世那の穴──俺は汚れたスラックスの中で、そういうものに興奮している。自分がひどく卑しく感じられ、いっそ死にたくなった。
「宮間とセックスすればいいだけなんだよ」
 世那とセックスすればいいだけ。
「そしたら、僕はふたりを祝福する」
 そしたら、俺たちは解放される。
「何で躊躇ってるの?」
 なぜ躊躇うのか。
「大切な人と愛し合えばいいだけなんだよ?」
 世那。世那が大切だ。もうこれ以上あいつを苦しめたくない。
 このままでは死んでしまうかもしれない。見知らぬ男に犯されて、そのまま死ぬかもしれない。それぐらいなら、俺が世那を抱いて、生き延びたほうが──
「……かっ、た」
 俺が押し殺してつぶやくと、「うん?」と暁戸が首をかたむけた。眼鏡の奥の目が細くなる。
「分かった、よっ。俺が世那とやればいいんだろ!? 本当に、そうしたら自由になるんだな?」
「もちろん」
「絶対だな」
「約束する」
「じゃあ、世那と……セックスするの、見せるから」
 暁戸は声を上げて笑ったあと、「ちゃんと、ふたりで愛し合ってよね」と世那にたかっていた男たちを引かせた。口から性器を引き抜かれた世那は激しく咳きこみ、涙目で俺を見た。手錠邪魔だな、と思ってもたぶんはずしてもらえないので、そのまま俺は世那の上におおいかぶさった。
「智海……」
「こうしたら、全部終わる」
「……ダメだ、」
「俺は世那を助けたい」
「智海、」
「ごめん、世那……ほんとにごめん」
 世那はまだ何か言おうとしたけど、それを聞けなくて、俺は世那の唇をふさいだ。柔らかい口の中に舌を絡めて、さっきねじこまれていた性器をすすぐように口づける。
 俺の舌に恐る恐る世那の舌が触れて、俺は巻きこむように世那と舌を絡めあった。水音が響き、息継ぎも惜しいぐらいにキスを交わす。股間がいっそう硬くなり、それを世那の脚のあいだに押しつけながら腰を動かした。ずっともどかしかった快感が、急に雷撃のように鮮やかになる。
 俺は世那の全身の傷口にいたわるような口づけをして、膿の混ざったような血まですすった。そうしながら、世那の温かい性器をつかんで優しくしごく。世那はびくびくと腰を震わせて反応しながら、切ないぐらいの喘ぎ声をこぼした。
 その声に俺の性器も完全に勃起して、スラックスもボクサーも脱いだ。脱ぎながら、異様に胸が苦しくて、涙があふれてきた。
 同性の。親友相手に。こんなに硬くして。
 ……俺は汚れてる。
 世那の脚を開き、さっきいじられて息づいたままのそこに、だらだらと先走っている先端をあてがう。俺は泣きながら世那を見て、すると世那は腕で顔を隠していたけど、やっぱり同じように泣いていた。
 ごめんな、世那。こんなことでしか、お前を助けられなくて。でも、お前がいなくなってしまうほうが嫌なんだ。
 腰に腰を押しつけ、ぐっと先端を背中の中にねじこむ。そう簡単に飲みこまなかったけど、腰を揺すりながらゆっくり進み、やがて俺は根元まで世那の中に入った。
 きゅうっと締めつけられる感じが、オナニーなんかとはぜんぜん違って、自分の太さが増すのが分かった。世那の性器も完全に勃起して、俺が動くと敏感にびくっと跳ねている。
 俺は一度深呼吸して、確かめるように静かに世那の奥を突いた。
 突きながら、世那の性器を手で刺激すると、世那の脈打ちが手のひらに伝わる。俺は世那をしごきながら、少しずつ早く深く世那の中を突き上げた。
 世那が口を開いてでたらめに喘ぎ、その声にいっそうあおられて俺は荒々しく腰を振った。世那の溶けるような体内を激しく突いて、下半身が蕩けるような快感が押し寄せる。
 意識が吹っ飛びそうに気持ちいい。なのにひどく胸のあたりが痛い。心臓を踏みつけられているみたいに苦しい。
 だって、こんな……
 世那はもう何も考えられていないようによがって、自分も腰を振っている。でも涙は止まっていなくて、喘ぎ声には嗚咽も混じっていた。俺も肌のぶつかる音を立てるほど世那の奥までつらぬいて、せりあげる快感に捕らわれながらも、息苦しい涙が頬をつたうのを止められない。
「世那……っ、ごめ、もう、」
「お、俺……も、無理、いく、」
「世那、世那っ」
「あっ……智海、だめ、ああっ──」
 一気に大きな白波が襲って、すべての思考を奪った。俺は傷だらけの世那の軆に倒れこんでしまい、世那も荒い息遣いを俺の耳元に響かせた。その息切れの向こうで、暁戸の狂ったような笑い声がはちきれる。
「あははっ、これでもう君たちは、親友でも友達でもないね! 嬉しいよ、もう君たちは一緒にいられない。いられるはずないよねえ? こんなにいやらしく、動物みたいにセックスしちゃったんだから」
 意識が薄れていく。俺は目を閉じた。世那も俺の下敷きになったまま動かない。
 死んだほうがよかったかもしれない。
 やっとそれを悟ったけど、もはや、何もかもが遅かった。
 ──いつしか、澄んだ虫の声が耳に流れこんできている。
 俺は小さくうめいて、どこだ、と小さな意識で考えた。まだあの部屋か? そう思ったとき、ぬるい風が頬を撫でた。
 きしみそうなまぶたを押しあげると、頭上に満月がくっきり浮かんでいるのが見えた。
 ……解放されたのか。
 しばらくぼんやりしていたものの、俺は世那のことを思い出して、ゆっくり身を起こした。服は着ていた。俺も──隣でまだ眠っている、世那も。
 ここはどこだろう。そう思ってあたりを見まわし、すぐにあの公園だと認めた。相変わらず雑草が茂って、そばにはふたつのブランコがある。
 草の匂いが、熱帯夜の熱がこもった空気に立ちこめている。それを嗅ぐと、妙に懐かしさがこみあげ、急激に泣けてきた。
 幼い頃から、俺と世那は、いつだってここで長々と過ごした。ここにいれば、俺たちは誰にも邪魔されなかった。でも、もう、俺と世那は──
 世那が小さく唸って、俺ははっとしてそちらを見た。月明かりで、世那が目を静かに開くのが見えた。しばし考えるように止まっていたあと、世那は俺のほうを見る。
 何秒か視線が重なっていたあと、世那は重いため息をついて顔を伏せ、声を殺して泣き出した。俺の涙も止まらなかった。
 俺たちは、これからどうなるのだろう。
 暁戸の思惑通り、もう友達ではないのか?
 世那が大切で、失いたくなかった。こんな悪夢のまま死なせたくなかった。一緒に生き延びたかった。しかし、暁戸の高笑いの中、思ったのを俺は憶えている。
 この絶望感を味わうくらいなら、死んだほうが──
「……ありがとう」
「えっ」
 俺は世那を見た。世那は仰向けで目をそらすまま言う。
「助かるためだったって、分かってる」
「……世那」
「でも、俺、いやらしくて……あんな……」
 嗚咽が大きくなって、ぎゅっと目をつぶった世那は、「嫌いにならないで……」と壊れそうな声で言った。その声に俺は胸がつまって、「なるかよ」と息を痛めながら答える。
「お、俺こそ……バカみたいに腰振って、お前にひどいことして……」
 世那がやっとこちらを見た。俺も涙を流しながら世那を見つめる。お互い、小さく咲った。咲った、けれど、言えなかった。
 親友だよな。
 俺たち、まだ親友だよな。
 そう言いたいのに、どうしても言えなかった。
 俺たちは、たぶんこれからも一緒に過ごしていく。隣にいる限り、あの暗い部屋の記憶を背負っていくことになったとしても。親友を犯した傷、親友に犯された傷は、それぞれ永遠に消えない。しかし、離れることはないと思う。
 やっと冷めていく頭の上で、満月が輝いている。その発狂したような月光に傷をさらされながら、俺たちは支えるために触れあうこともなく、立ち上がって歩き出す。
 俺たちは生き延びてしまった。友人として間違えてしまった。月を見るたび、こいつと道を誤ってしまった痛みを思い出すことになる。
 それでもいい。それでもよかったんだ。
 世那が生きて、隣を歩いている。
 月のまばゆさに心をえぐられながらも、俺は何度もそう自分に言い聞かせ、砕けた友情の破片をあまさず深い傷に突き刺すと、痛みごと胸の奥に閉じこめた。

 FIN

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