romancier obscur

Koromo Tsukinoha Novels

Monotone Stars-6

 電話に出るなり、悠斗はらしくない焦った声でそう言った。私は腫れたまぶたをこすって、「うん」とくぐもった声で答える。すると、悠斗は安堵のこもったため息をついた。
『よかった。美凪と校内探しまくってたぞ』
「え、今──」
『まだ学校。美凪もだから、連絡しないとな』
「………、どうして」
『どうしてって──女子は、何やるか分かんないから。閉じこめるとか、普通にするだろ』
 そういえば、悠斗は私があの三人に絡まれているところから助けてくれたのだから、何かされたかもしれないと予想を立てるのはうなずけた。
「……ゆう」
『ん?』
「寂しい」
『えっ』
「私なんか、きっとひとりになってしまえばいいんだけど。ゆうもみなも失くして、ひとりになればいいんだけど」
『………、』
「やっぱり……寂しいよ」
 沈黙が流れた。悠斗はふうっと息を吐くと、小さく笑った。
『美凪は、奏乃を大事にするよ』
「えっ」
『昔からの約束を破ったのは俺だ』
「約、束」
『美凪が選んだものを、俺は選ばない』
「………、」
『やっぱり、俺は美凪には甘いや』
「ゆう──」
『だから、奏乃はもう悩まなくていい。どっかのよく分かんねえ男より、美凪なら安心だ』
「……でも、」
『美凪に電話する。心配してるだろうし。切るぞ』
「ゆうの声が聴きたいって思ったの」
『え?』
「つらくて、ひとりで、泣いてて、寂しくて、そしたら、ゆうに電話してたの」
『………、』
「みなだと……何か、ダメだろうなって。みなが頼りないわけじゃないけど。ただ、相談できるのはゆうだと思ったよ。それが、私には当たり前だったよ」
『……奏乃』
「何で、みなのわがまま聞いてばっかりなの。私のわがままは聞いてくれないの」
『だけど』
「『抱えこむなよ』って言ったじゃない。私の話を聞いてよ。私もゆうに甘えたいよ」
 言いながら、ぽろぽろと熱い雫が頬から喉へと伝っていく。『泣くなよ』と悠斗の声がする。「やだ」と私はしゃくりあげる。悠斗は焦れったく息を吐いて、『くそ』とつぶやく。
『泣くな。俺はどっちかというと、美凪を甘やかす』
「ホモー……」
『バカ。奏乃のことは、俺は……大事になんかしない』
「う……」
『めちゃくちゃにしてやる』
 私は鼻をすすって、スマホを握りしめた。それが意地悪じゃないのくらい、めいっぱいの言葉なのくらい、分かった。
「うん」と答えられた気がする。『今から美凪と帰るから、あいつにもきちんと相談して頼ってやれ』と悠斗は言った。私はうなずいて、それから、電話を切った。
 カーテンを引くのも忘れていた窓に首を捻じると、レースカーテンの向こうで白い月の輝きが映っていた。
 美凪と悠斗は、こちらに帰ってくると、制服のまま私の部屋に直行してきた。まだ腫れぼったい目をしていた私に、「ごめんね」と美凪も泣きそうにして抱きついてきた。その後ろで、悠斗はちょっと顔を合わせるのに照れているような顔をしているから、私もうつむいてしまう。
 美凪は私とすぐ軆を離すと、悠斗を振り返り、もう一度私を見て、「そっか」とほんの少し哀しそうに咲った。でもその哀しそうな影はすぐはらって、「僕と仲良くしてくれるのは、変わらないでしょ?」と私の隣に座る。
「みなも大好きだよ」
「俺も美凪優先だし」
 私と悠斗が言うと、「えへへ」と美凪は今度はかなり嬉しそうに咲った。
 その美凪に、「美凪に話したら告げ口かもしれないけど」と私はあの三人のことも濡らされた教科書やノートのことも話した。悠斗がつくえに歩み寄り、「これか」とノートを手に取る。それを見て、美凪は「そんな奴ら、僕が締めとくよっ」と意外と男らしいことを言い切った。
「ごめんね。かなちゃんも、好きなのはゆうちゃんだからって、気にせずに咬みついていいからね」
「好き──まあ……うん」
「違うの?」
「いや、えと……そう、だね」
「ふふっ。あーあ、かなちゃんに彼氏できたらどんな意地悪しようと思ってたけど、ゆうちゃんだったらしょうがないなー」
「意地悪ってなあ」
「ゆうちゃんっ」
「ん、な、何だよ」
「かなちゃんを幸せにしてね」
「お、おう」
「幸せにならないと、僕……」
 美凪の声がわずかに揺らめく。悠斗も私も美凪を見る。美凪は顔を伏せ、素早く目をこすった。「みな」と私が声をかけてしまうと、美凪は立ち上がって泣き咲いをした。
「幸せにならないと、僕も幸せじゃないからね?」
 そう言った美凪は、悠斗の腕を引っ張って私の隣に投げると、精一杯いつものように無邪気に咲って「また明日は、一緒に学校行こっ」と部屋を出ていった。
 ベッドに体勢を崩しかけながら座った悠斗も、それを支えた私も、遠ざかっていく足音を黙って聞いていた。やがて「また来ますねー」と私の親に挨拶して玄関を出ていく声もして、先に私が小さく吐息をもらして、悠斗を見上げる。
 悠斗も体勢を正して、私を見下ろして、「美凪、成長したな」とつぶやいた。私は思わず噴き出してしまう。
「いつまでも、ゆうのかわいいみなじゃないよ」
 悠斗は私の額を小突いたけど、そのまま腕の中に私の頭を抱き寄せて、肩をぎゅっとしてきた。私も悠斗の腰に腕をまわしてしがみつく。
「奏乃」
「うん」
「……好きだ」
 悠斗は私の顔を覗きこみ、柔らかく口づけを蕩かしながら、私をベッドに押し倒す。私は悠斗のキスに応えて、伸ばす腕を背中に移す。唇が少しちぎれたとき、「ゆう」とささやくと「ん」と悠斗は私のウェーヴの髪を撫でながら瞳を重ねる。
「私たち、変わらないかな」
「え」
「みなとも、今まで通り、仲良くいられる?」
「いられるよ」
「ほんと?」
「美凪はそう言ってただろ」
「……そっか」
「変わらないよ。これからも、いつも通りでいいんだ」
「ん」
「ただ、こういうのは俺とだけな」
 悠斗は軽く唇にキスをして、私も咲ってしまう。
「ゆう」
「ん?」
「私も、ゆうが好き」
 悠斗は私を見つめたのち、私の胸に顔を伏せて「やば……」とか言っている。私はますます咲ってしまいながら、悠斗の髪に触れた。「もっと言って」なんて悠斗が甘えてくれるから、私は何度でも彼に「好き」と甘くささやく。
 ──較べられない。どちらかを切り捨てるなんてできない。
 大事な人がふたりがいる。
 かわいい美凪。優しい悠斗。
 私はずっと、ふたりとも大好き。
 だから私は、ふたりとも信じて恋をするの。三人とも、ふたりを大切に想っている。
 その関係の色合いは、真っ白とも真っ黒ともつかない、モノトーンだった。それにたったひとつ変化があったとするなら、絆をますます強くする、きらきらした光が灯ったこと。
 私たちは最高の幼なじみで、さらにこれからは、私を抱きしめてくれるこの彼が、ついに見つけた星明かりになる。

 FIN

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