夢色の雪-5

春に染めて

「それって、XENONだったんじゃないの」
 翌日の日曜日、なずなとすずなが揃ってやってきた。すずなは聖良の部屋に行ったので、なずなが私の昨日の四人組のことを聞いてくれた。
 ひと通り私が話すと、ベッドサイドで脚を組むなずなは、床で体育座りで眼鏡の私に言った。
「え……えっ?」
「思い当たれよ」
「えっ、じゃあ、あいつらバンドなの? 客が満員の?」
「ギターがいたんでしょ」
「あ、そうか。いや、でも……正直、堅気ではない奴らかと」
「ある意味、堅気ではないじゃない」
「そ、そう……か。えっ、うわ、じゃあ、何かサインとかもらえばよかったかな。うわーっ」
 なずなは肩をすくめ、私は初めて有名人を見たのにぜんぜん気づかなかった自分に、床に伏せりそうになる。
「まあ、さすがだね。うまいじゃない、“夢色”」
「そうか……?」
「何か始まるってことだよ」
「始まるって……」
「答え、考えてくれてるってことはね」
 私はなずなを見た。なずなは膝に頬杖をついて、くすっとした。私は何とも言えない、期待のようなものを覚えてしまう。
「………、あるの、かな。そんな色」
「さあね。まだ決まってない色なんでしょ」
「どんな……色かな」
「どんな色にしたい?」
 どんな色──どんな恋に、したい?
 私はうつむいて、あの人を想う。あの優しい瞳。満ちるように、胸がいっぱいになる。それは、たとえば──
 そのとき不意に、隣の部屋からすずながはしゃぐ声が聞こえた。私たちは顔を合わせる。「とりあえず、あんな色気ないのはやめときな」となずなは息をつき、笑ってしまいつつ私はうなずいた。
「こんにちは」
 月曜日、店番をしているとそんな声がかかって、相変わらずケータイで掲示板を見ていた私は顔を上げた。
 つい、まばたきをする。萌梨くんだ。
「いらっしゃいませ」
 言いながら駆け寄ると、萌梨くんは少し悩んだあと、「ミルクをください」と注文をくれた。悠くんのすがたはないことに首をかしげつつも、私はさしだされた五百円玉を受け取る。
 私の怪訝を気取ったのか、萌梨くんはどこか寂しげに微笑んだ。
「悠紗、今朝、出ていきましたよ」
「えっ、あ──」
 そうだ。先週、「今週末いなくなる」と悠くんは言っていた。
「先生みたいに思ってるバンドが、連れていきました」
 あの人たちか、と思いつつも、それは言わずに二百円を返す。
「じゃあ、その……寂しくなりますね」
「そうですね。父も、そのバンドは信頼してるんですけど、やっぱり寂しいみたいです」
「……そうですか」
 私はコーンを取って、ミルク味の機械に歩み寄る。
「だから──」
「ん」
「もうちょっと、待ってみてあげてください」
 私は萌梨くんを見た。
「ちゃんと、答えはくれる人ですから」
 萌梨くんの、ちょっと特徴のある、暗がりの猫のような目尻の切れこんだ目を見つめる。それでも、そこにはきちんとあの人と同じ、優しい色合いがあるのを私は見取る。
 私はずり下がりそうなエプロンの肩紐を引っ張って、小さく笑んだ。
「はい。……ちゃんと、待ってます」
 ソフトクリームを作って、萌梨くんに純白のそれを手渡した。そのとき、「あ」と声がした。私と萌梨くんがそちらを見ると、ブレザーの聖良が駆け寄ってきている。
「いらっしゃいませ」
 萌梨くんは聖良に「いただきました」とミルクソフトクリームを見せ、私には頭を下げると、「また来ますね」と行ってしまった。その背中を見送る聖良に、私はケースにもたれて訊いてみる。
「あんた、雪うさぎのこと、憶えてる?」
「は?」
「春が来たら、溶けるんだよね」
「何?」
「春は、ちゃんと来るんだ」
「……もう、頭に春──」
「うっさいなっ! 制服着替えて、とっとと店番代われっ」
 聖良はいつも通り眉を顰めたものの、おとなしく玄関のある路地に入っていった。
 私が息をついていると、「ピンク色食べたい!」と母親連れの小さな女の子が駆け足で近づいてくる。私はその子に「いらっしゃいませ」と微笑んで、伸ばされた手から三百円を受け取る。
 そう、ちゃんと、答えは来る。ちゃんと、春が来るみたいに。雪は、春になって、どんな色に溶ける? それは分からないけれど。きっと素敵な色であるような、そんな気がする。
 冷たい雪は、暖かな夢色に溶けていく。
 春は来るんだ。そう、冬は終わり、雪どけの春は必ずやってくる。

 FIN

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