きつく結びつけて
萌香が仕事に行ってしまうと、俺はおもしろくない気持ちで求人ペーパーをめくる。学校を辞めれば、萌香の水商売も必要ないと思ったが、母親の振りこみは予想以上にケチな金額らしい。
早く仕事を見つけないと、おっさんに無粋に触られる仕事から萌香を救い出せない。そう思って高校生でも可能とある求人をチェックして、おとといくらいから萌香の留守中に電話をかけたりしている。だが、高校は辞める予定だと言うと三件断られた。二件はすでに決まってしまったと言われた。
もう今週のペーパーに良さそうな求人はなく、とりあえず今夜は髪を黒く戻しておこうかと思っていると、二十一時頃に玄関で物音がした。萌香が帰ってくるわけがないし──まさか母親の気紛れかと虫唾が走ったが、「ただいま」と顔を出したのは出勤したときのままの萌香だった。
「おかえり」
「うん」
「早くね?」
「お店、飛ぶことにしたの」
「は?」
「水商売、辞めるわ」
萌香を見つめた。萌香はこちらに来て、俺の隣に座ると肩に寄りかかってきた。
俺は萌香の睫毛を見下ろし、辞める、と思った。水商売を辞める。俺はペーパーを床にはらって、「俺が嫌がってるから?」と萌香を覗きこんだ。萌香はこちらを見上げると素直にうなずいた。素直過ぎて、ちょっと混乱してしまう。
「大丈夫……なのか? その、生活費とか」
「仕事はするわ。有栖が働いてるあいだに私も働く」
「俺、実はすでに五件ダメになってんだけど」
「面接行ったの?」
「いや、高校は退学するけどって言うとけっこう断られる」
「面接に行ってから言えばいいのに。電話ではそこまで言わなくていいのよ」
「そうなのか? バイトしたことないから分かんないや」
「まだ求人見てるだけかと思った」
「ちゃんと働くよ。辞めるなら、絶対俺が働く。萌香は働かなくていいくらい」
「……有栖がいないあいだは?」
「寂しい?」
萌香はこくんとした。俺はちょっと首をかしげて、萌香に口づけて舌を味わった。アルコールの味がするかと思ったら、ただのコーヒーの味がした。萌香は俺の胸にしがみついて、大きくため息をついた。
「小波さんに逢った」
「えっ」
「あの子、ちょっとストーカー気味ね。前にも近くで逢ったことあるわ」
「何であいつが」
「有栖に会いにきたみたい」
眉を寄せて舌打ちした。
ちゃんと振ったのに。いらない処女だってもらってやった。そうしたら、友達になると言ったではないか。
「私……どこにも行きたくない」
「え」
「有栖のそばにだけいたい。ずっと、有栖と一緒にいたい。だから、私、有栖とまた──」
そのとき突然、着信音が流れた。俺の電話着信だ。床に投げていたスマホを一瞥して、無視しようとしたけど、「出ていいわ」と萌香は俺を離れた。でも離したくなかったから、俺は萌香の手を握り、左手でスマホをたぐりよせて名前を見た。
ちょっと驚いた。この悪いタイミングだから小波とか涼ではないかと思ったのだが、そこにある名前は静だった。
「ごめん、友達だ。出ないと」
「涼くん?」
「あいつはもう友達じゃねえよ」
「離れたほうがいい?」
「ううん、手つないでて」
うなずいた萌香は俺の手を握り、俺はタップして「もしもし」と電話に出た。
『お、出た。萌香弟?』
え……。思わず眉間に皺を寄せ、その声の主を思い当たろうとした。だが、まったく憶えがない。そもそもこれは静のスマホからだったはずなのに、女の声だ。
『萌香弟じゃねえのか? おい、こいつの名前何だっけ』
『有栖だよ』
あ、静の声──と思ったところで、その女の声が戻ってくる。
『有栖か、話すのは初めてだけどあたしのことは知ってるだろ。萌香の親友の萌花』
「はっ……?」
『知らないのかよ、あたしのこと』
「え──いや、少しだけ。いや、この番号って、」
『あたしの番号じゃ出ねえだろ。何つーか、あんたにはちゃんと聞かせときたい話があってな』
「話、って」
『萌香のことだ』
「えっ」
『あたしさ、さっきまで萌香と長く話してたんだよ。それで初めて、あんたとのことを聞いたよ』
一瞬萌香を見下ろす。萌香の睫毛は震えていて、たぶん萌花さんの声は聞こえている。
『そんで、萌香と別れたあと、静に会ってあんたたちのこと話してた。静があんたと直接の友達だってのは、あたし実は聞いててさ。萌香はそこまで知らないぜ』
「……はあ」
『萌香はほんと男っ気ねえなーと思ってたけど、まさか弟とはな。ビビらなかったっつったら嘘だけど、そういう仲になった事情も聞いたし、そうとうゆがんでるけど分からなくもねえし。まあいいんじゃねと親友は思うわけだが』
「……はい」
『萌香が水商売とかそういう仕事やってきた理由、弟は知ってたほうがいいんじゃねえかなと思って。それか、あたしが言わなくても聞いたか?』
「いえ」
『そっか。萌香はさ、あたしと一緒に高校時代に売りとかもやってたんだ。それは知ってるか?』
売り? 心臓がざわめいても、「いえ」と冷静に返す。萌香は俺にもたれて俺の手の骨を愛撫している。
『やっぱ知らねえか。やってたんだよ。でも、それをあんただけは責めないでやってほしいんだ。萌香がやってきたことは、全部あんたに愛されるためのものだったんだ』
「えっ」
『「綺麗にするために汚れて」だったか? 萌香はあんたのその言葉にすがってるだけだったんだよ。「汚されないからもういらない」なんて、まあ、言いたくなるだろ。実の弟だぜ? どうなんだろって、間違いじゃないのかって、そりゃ悩むよ。でも、やっぱり萌香はあんたをあきらめられなかった』
俺は萌香を見た。俺の視線に気づくと、「萌花はお節介ね」と萌香は泣きそうに咲った。
『だから萌香は自分を汚して、何とかあんたにもう一度「綺麗にして」もらおうって──全部そのためだったんだよ。「いらない」なんて言ったそばから後悔して、ずっとひとりで自分を穢しつづけてたんだ』
息が震える。手をつかむまま萌香の頬に触れると、萌香の黒い瞳から雫が落ちた。
『そんな萌香が、水辞めるって決めた』
「……はい」
『あんたが「いらない」からか?』
視界が滲んでしまう。もう、すぐ電話を終わらせて萌香を抱きしめたい。
「俺だけに、触れてほしいから……」
『うん。そうだよ。萌香に触っていいのはあんただけだ』
「俺以外は嫌だから……」
『そうだね。穢されてね、ずっとつらかったんだよ、萌香は』
「俺を、愛してるから──」
俺の頬にも涙が伝った。萌花さんが何か言っていても、何だか、もう聞き取れない。
俺はスマホを取り落として、萌香を引き寄せて乱暴なくらいに抱きしめた。「有栖」と愛おしい声が俺の名前を呼ぶ。やっぱり、すごく甘い。
「ねえさん、ごめん。俺が、ひどいこと言ったから。ねえさんをひとりじめしたくて、そのために本当にひどいことを言った」
「……有栖、」
「ねえさんを誰にも取られたくなかった。大人になったらどっかの嫁になるなんて嫌だった。ねえさんは俺のものだ。ねえさんのことは俺が守りたいんだ。でも守る立場じゃなかったから、わざとねえさんを傷つけて助けるみたいな、自作自演みたいなことして、」
「有栖、いいの、」
「ねえさんが好きなんだ。どうしてもねえさんが好きで、何で……姉貴なんだよって、何度も思った。どうやったらねえさんに愛してもらえるか、俺が愛してるぐらい愛してもらえるか、そればっかり考えてっ……」
涙がぼろぼろとあふれてきて止まらない。切ないほど塩辛い味が舌に沁みる。それでもまだ懺悔しようとした口を不意に塞がれた。そして、頭を優しく撫でられる。「有栖」と唇のそばでその声が甘美に響く。
「有栖に愛されて、私は幸せよ。だから、謝らないで」
「……ねえさん、」
「有栖を愛することができて、あなたを弟として見なくてすんで、すごく幸せなの。この気持ちを教えてくれて、本当に嬉しいと思ってる。ありがとう」
「憎んでも、いいんだ」
「有栖の気持ちは?」
「俺の気持ちなんて、」
「有栖の気持ちが聴きたい」
額に額が当たって、睫毛が重なりかける。すぐそばで萌香の瞳が濡れている。
俺たちは同じ匂いがする。同じ血、同じ肉、同じ体温。そのすべてが、俺は──
「好き……だよ、ねえさん。ねえさん以外の女なんかくそくらえだ。俺はねえさんだけ愛してる」
そう言うと、俺は立ち上がって萌香を抱き上げた。もちろん連れていくのは、あの秘儀を繰り返した俺の部屋だ。
ベッドに萌香の軆を横たえると、細い腰に馬乗りになって上半身を脱いだ。虚空に伸びた萌香の手をつかんで、握りしめて、上体をかがめて深くキスをする。萌香も俺の手に指を食いこませ、息遣いを荒げながら俺の舌に応える。手をつなぐほうの肘をシーツにつくと、もう一方の右手で萌香のスーツを脱がせていく。ジャケットをはだけさせ、薄いキャミソールをたくしあげると、乳房を包む下着はホックを外して緩めてずらした。
萌香の白い乳房があらわになって、俺は早くも下肢に焦れったさを覚えながらもその柔らかさを包んで、敏感にとがった先端を吸った。萌香が上擦った喘ぎをこぼして、その声がじかに俺を刺したみたいに、刺激として走った。乳首を舌でなぶりながら表情を盗み見ると、萌香は頬を上気させて目をつぶり、抑えられない声に指を噛んでいる。
かわいい。どうしよう。昔よりもっと、萌香がかわいい。
萌香の手が快感で緩んだ隙に、俺は手を萌香のスカートの中にもぐらせた。内腿に指がかすめただけで、びくんと萌香はわななく。俺は身を起こして、スカートもたくしあげると萌香の脚を大きく広げた。
萌香の膝がわずかに恥じらって動いたけど、すぐ力を抜いて、黒いストッキング越しに俺に湿り気が滲んだ下着を見せてくれる。ストッキングは、爪を引っかけて破って脱がせてしまう。でも下着には優しく口づけて、たぶんいきなり触れると刺激が強いから、下着越しに入口をなぞった。萌香のかわいい声と一緒に、体内から下着へ、熱い蜜が押し寄せたのが指に伝う感触で分かった。
入れたいな、と正直焦ったことを思ったけれど、我慢して入口に触りながら舌で割れ目をなぞって、ふくらんだ核を捕らえる。萌香の声が泣いているみたいな痙攣を帯びて、その声がさらに俺をこみあげさせて前開きを苦しくさせる。
薄い布がどんどん俺の唾液で濡れて、核への刺激が生々しくなっていく。萌香は何度も震えて、腰をよじって蜜を下着からもらす。そのぬめりが俺の指を萌香の下着の中に滑りこませ、中をいじると激しく水音が跳ねた。
萌香は息を切らして快感に合わせて声を刻む。核がもう湿り気で透けて、ピンク色の真珠のように息づいている。俺はやっと萌香の下着を脱がせて、自分自身に来ている波に眉を寄せつつも、萌香の核と入口を同時に攻めて萌香をどんどん追いこんでいく。
そのまま一度いかせるつもりだったけど、萌香は呼吸を乱しながら俺を見つめてきて、「お願い」と壊れそうな声でひとこと言った。そうしたら、萌香より俺が先に達してしまうのではないかとちょっと心配だったけど、そんなお願いをはらいのけられるわけもなくて、俺はジッパーを下ろして下着から自分を取り出した。
先端はもう先走ってべとべとになっていて、自分でも驚くくらいの硬さで反り返る。血管が浮いて、手を添えるとひどく熱かった。やばい。先を入れただけで全部出してしまうかもしれない。そう思って躊躇っていると、萌香がうめいて上体を起こしてきた。
細い指が俺に優しく絡みつく。「有栖」と萌香は微笑んで俺を愛おしそうに撫でた。頭の中がくらっとするほど白く気持ちよくなって、無理、出る、と思った。俺はその前にせめて萌香をいかせたくて、少し軆をずらして萌香の入口にあてがった。
俺の汁と萌香の蜜が蕩けあって、一気に入りそうだ。萌香を見ると、頬をほてらせる萌香はこくんとした。俺も初めてそうするみたい頬に熱を感じながら、萌香の腰を抱き寄せ、ゆっくりその体内に俺自身をうずめた。
萌香の息遣いが引き攣って、俺も唇を噛みしめる。ぐっと奥までつらぬくと、しばらくそのまま止まって萌香を抱きしめて、俺と萌香がつながったところから溶けてひとつになったような熱に集中した。萌香が先に腰を動かし、俺の名前をつらそうなほどの声で呼ぶ。俺はうなずいて、萌香をもう一度シーツに倒して、ついで鼓動が速い胸を重ねて動きはじめた。
萌香の体内が俺に吸いついて、腰を引くとき包んだままついてくるようだった。そして、内壁にこすりつけるように奥へ奥へと突き上げると、萌香の声が花びらが飛び散るように甘く響く。
もう今にもいってしまいそうだから、動きがどうしても荒っぽくなって萌香を容赦なく攻めてしまう。萌香は何度も俺の名前を呼んで、それに崩れそうに「いく」という言葉が混じり、萌香の膣もぎゅうっと俺を締め上げてくる。俺も取り留めのないうめきを無意識にもらしながら、萌香の奥深くを強く強く突いて、萌香の悲鳴のような息があふれた瞬間、そのまま子宮の中にさらってしまいそうに萌香は俺を締めつけ、俺はそのまま一気に、萌香の中に長く射精した。
ついで、乱雑に吐く息が乱れた。萌香はまだ痙攣していて、俺は引き抜いてから優しくその頭を撫でた。萌香は何度かまばたきして、それから俺を見上げる。「有栖」と呼ばれて、俺はちょっと照れ咲いしてから、萌香のまぶたに口づけた。
萌香は俺の胸に抱きつくと、何度も俺の名前を呼んで、泣き出してしまった。俺はシーツに横たわって、萌香を抱き寄せて子守歌のように「ねえさんが好きだよ」と繰り返した。
やっと元に戻れた。萌香とつながれた。何度も思った、萌香は俺のことを何とも想っていない。でも、ずっと俺を想って、自分を穢して、また愛しあえるのを待ってくれていた。
もう離さない。仮に萌香がまた俺を「いらない」と言っても、今度は真に受けずに萌香の瞳を見つめる。そうしたら、ちゃんと萌香の心が分かる。俺だけに触れてほしい。俺以外はいらない。俺を愛している──
俺だけの美しい姉。萌香。もう死ぬまで一緒だよ。この腕に閉じこめて誰にも触れさせない。
同じ血が巡る中、柔らかなめまいを覚えながら、俺はぎゅっとかけがえのない愛おしい人を抱きしめる。
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