「明日もよく晴れるでしょう」【2】
授くんは、不思議な家庭で育った男の子だ。両親は離婚していて、おとうさんとおにいさんと暮らしている。そのおとうさんの恋人とも同居しているのだけど、その人が同性である男の人なのだ。そして、その恋人の息子さんが、この中学の同学年で学校きっての秀才、美由響くんで、やっぱり一緒に生活している。
男同士。同性愛。あんまりぴんと来ないまま家にお邪魔したら、授くんのおとうさんの司さんも、美由くんのおとうさんの南さんも、すごく嬉しそうに私を迎えてくれた。
「女の子いると華やぐもんだなー」
ダイニングのテーブルに通してもらうと、南さんが淹れてくれたミルクティーを司さんが私の前に置いてくれた。一年生の冬休みが始まった年末で、その甘い湯気は指を溶かしてくれた。
「司って、女にうんざりしてなかったっけ」
授くんは私の隣の席に座り、頬杖をつく。
「お前の彼女なら別。かわいいよ」
「やらんぞ」
「南しかいらね」
「てか、司と南は普通にいちゃつくからさ、俺もそれが普通かと思って告った日には桃をビビらせてしまったぞ」
私の前にチョコチップクッキーを置いた南さんが、「いちゃつくって」と心外そうに司さんの隣に腰をおろす。
「何かしたのか」
「ほっぺにな?」
授くんは自分の頬をつねった。司さんと南さんは目を交わし、少し噴き出す。
「かわいいもんじゃないか」
「わ、私はびっくりしましたよ……?」
恐る恐る口を挟むと、司さんと南さんは私を見て、「大丈夫」と南さんがにっこりしてくれた。
「授なら、大事にしてくれるから」
「……大事に、してもらってます」
「桃ちゃんって、授に告られたんだよな?」
「あ、はい」
「もともと好きな男子とかはいなかった?」
「え、いたのか!?」
司さんの質問に、授くんが焦って私を見る。私は慌てて首を横に振った。
「私も、その、授くんだったので」
「授が気になってたの?」
私はうなずいた。南さんのほうがいくぶん柔らかくて話しやすい。「やるじゃん」と司さんは授くんににやりとして、「へへ」と授くんはほっとしたのも混ぜて咲った。
そのあと、おにいさんは不在だからということで、授くんとおにいさんの部屋でふたりになった。授くんのベッドは上段だったから、おにいさんのベッドに並んで腰かける。
「美由くんはいないの?」
「隣の部屋にいると思いますよ」
「挨拶しなくていいかな」
「顔合わせたらでいんじゃない。あー、年末か。桃はクリスマス、家族とだったんだっけ」
「うん。授くんも?」
「夜は家族といた。昼は友達と遊んでたな」
「……そっか」
私はすみれ色のロングスカートに目を落として、すると授くんが覗きこんでくる。私は授くんを見つめて、曖昧に咲った。
「この家のクリスマスは楽しそうだね」
「そうか? ケーキ食って、テレビ見て、ケーキ食ってただけだったぞ」
「私は──ね、クリスマスって、おとうさんに会わなきゃいけないの」
授くんがまばたきをして、私はその肩に少しもたれる。
「私も、杏も、もう会わなくていいのにね。私たちより、ママより、仕事が大事だから三人を捨てたんだし」
「桃から親父さんの話って聞かなかったな。家行ったときも話題にいなかった」
「うん。普段は忘れてるの。でも、毎年クリスマスだけは、ママは抜きで杏と三人でごはん食べるって決まってる」
「決まってんのか。ママと過ごしたいだろ、桃は」
「……うん」
「杏は喜んでるとか?」
私は首を横に振った。
「今年もすごく嫌がって、連れていくの大変だった」
「親父さんなりに償ってるつもりなのかね」
「分からない。『もう嫌だ』って、言いたいけど。言って通るのかな。一応、年に一度は会う条件で離婚したみたいで。私たちのわがままで揉めて、ママに迷惑はかけられないし」
「ママは、桃が『嫌だ』って言うのを待ってるかもしれないぞ」
授くんを見上げた。授くんは私の手を優しく包む。
「桃の気持ちも、杏の気持ちも、あっていいじゃん。嫌なら断っちゃえよ」
「いいのかな」
「てか、彼氏としては一緒に過ごしたかったし」
授くんは私の額に額をあて、私は思わず咲ってしまう。
「私も授くんと過ごしたかった」
「来年はどっか行きますか」
「うん」
授くんは顔を離し、柔らかく微笑む。だから私は、翌年の年末近く、ママに正直に話をした。授くんを気に入ってくれているママは、「もうそういう歳よね」とうなずいた。
「あの人は、あんなくせして、桃に男ができたなんて知ったらいきり立つんでしょうね。分かったわ。うまく話してみる」
「あの、杏とだけは会わせろって言われても──」
「もちろん断るわよ。どういう義理で食事してるのかしらってあたしも思ってた。仕事は順調みたいだしね」
「やっぱり、会うことあるの?」
「営業先じゃ仕方ないわよ。もともと、それが縁なんだし」
ママは肩をすくめ、そして、本当におとうさんとの食事を断ち切ってくれた。最後にもう一度と、それぐらいねばられる不安はあったけど、「今年からは授くんと楽しく過ごしなさい」とクリスマスイヴに仕事を休んだママは、杏と一緒にもいてくれた。
私が無事クリスマスの待ち合わせに現れると、マフラーを巻いた授くんは真っ先に笑顔をくれた。駅前は恋人同士が行き交っていた。
「よかった」と授くんはポケットに入れていた温かい手で私の手をつかんだ。
「いきなり親父さん来たら、どうしようとかも思ってた」
「ママがちゃんと話つけてくれた」
「今度ママにお礼言わないとな」
「うん。授くんが来たら喜ぶよ」
「俺んちも桃が来たら喜ぶ」
「今日お邪魔していい?」
「え、いいのか」
「うん、授くんがよければ。司さんと南さんにお菓子持ってきたの」
「俺も食いもん欲しい」
「お弁当持ってきたよ。プレゼントも、私が作ったお菓子だから」
「よしっ。弁当は昼に食うよな。俺んちはそのあとでいいか」
「うん。今、十時だよね。どこか行く?」
「金もなくぶらつきますか。あ、桃」
「うん?」
「今言ったけど、金がないので」
「うん。別に私も──」
言い終わる前に、唇に感触が伝わった。私は驚いてまばたきをした。
え。え──。
顔を離した授くんは、いつものようにまばゆく咲って、私の手を引いて歩き出した。
「授くん」
「おう」
「……やっぱ、こういうの照れるね」
「なー。司と南は普通にやってるのに。何なんだ、あいつら」
「でも私、あのふたりみたいになりたいな」
「うん。俺もだ」
──日がすっかり昇って朝練が終わると、昼休みまで授くんとは別のクラスに別れることになる。「受験のこと考えろー」と顧問の先生にふたりして頭を小突かれ、「受験なあ」と制服になった授くんは自分と私のかばんを持ち上げて靴箱まで歩く。始業ぎりぎりなのに、今登校している生徒はけっこういて騒がしい。
「『時野桃と同じ高校』ってまじめに書いたら、アホかって担任に言われましたよ」
「授くんは、推薦受けるでしょ。私が『水瀬授と同じ高校』って書かなきゃ」
「なるほど。だが俺は桃の希望も聞いておきたいんだよな」
「私は、公立かなあ。私立はお金かかるし」
「じゃ、公立の共学の推薦があると助かるなー」
「あるの?」
「さあ。今度からそれ言ってみる」
「でも、授くんの才能が伸びるなら、別々の高校もありじゃないかな」
「えー、桃がマネージャーじゃないのか? それは困る」
「困るの?」
「困ります」
嬉しくてつい咲ってしまって、授くんも咲っていると、昇降口に着いた。私は授くんから荷物を受け取る。日射を逃れて、一瞬涼む靴箱は、「おはよー」という声や笑い声で賑わっている。上履きに履き替えて合流すると、並んで廊下を進む。クラスは違っても、教室の並びは同じだ。
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