ファッションマイノリティ-2

初めての夜

「少な。あとは全部酒?」
「うん。酒飲めないの?」
「未成年だから」
「いくつ」
「十八」
「大学生」
「高校生」
「そりゃ、やめといたほうがいいかもね」
「酒飲んだことないから、どうなるか分かんないし。オレンジジュースでいい」
「かわいいな」
「悪かったね」
「いや、顔とか雰囲気が」
 そいつは俺をもう一度見た。さらさらの髪、二重がくっきりした瞳、緩やかな頬から顎の線、軆つきもしなやかだ。
 俺がにっこりすると、そいつは急に頬を染めてうつむき、「それはどうも」ともごもご言った。
「ここ、初めて?」
「ん、うん」
「こういう場所も初めて?」
「それは──違うけど。でもいつも、結局何もない」
「男はいけるの?」
「えっ、と。ま、一応」
「ふうん。じゃ、今夜は捕まるといいね」
「う……ん」
 あんまり俺に乗り気には見えなかったので食い下がらず、俺は五百円でドリンクをカウンター内に注文した。それと一緒に、そいつもオレンジジュースを注文する。
「あの」
「ん?」
「おにいさんは、ひとり?」
 俺は彼を見て、「友達がいるけど」とカウンターに寄りかかる。
「友達もゲイ?」
「まあね。つか、ひとりじゃなくてふたりね。ゲイのカップルだよ」
「そうなんだ。じゃあ、一緒してもいい?」
「構わないけど──話だけ?」
「だけ……じゃなくても、いいけど。どうせ話したら、俺、いつもひかれるし。だから、いつも何もないんだ」
「ひかれる趣味してんの?」
「趣味、じゃないよ。男とつきあってもいいじゃんって思う」
「こういう場所では、それで普通なんじゃね」
「普通……」
「俺は違うけどね」
「違う、って」
「俺はいつか女とつきあうし。それが普通だと思ってる」
「そう……だよねっ。そっちのが普通だよね。なのに、男とつきあうとか変わってるんだよね」
 そう言う彼は、なぜか目がきらきらしている。「一般的にはな」と言いながら、俺は彼に何となく違和感を覚えた。
「ただ、ゲイに対して『お前は変わってる』って言うのは違うと思うけど」
「え、何で?」
「あいつらには、同性とつきあうのが普通なんだろ」
「………、おにいさんは?」
「俺」
「おにいさんにも、男とつきあうのは普通のこと?」
「俺……は、男と寝るのは──」
 遊び。行きずり。本気じゃない。
 でも、初対面で言っていいのか分からず、「人と違うことだよ」と言った。すると、彼はぱっと笑顔になって「俺もそう」と声をはずませた。
「人と同じなのが嫌なんだ」
 そのとき、俺と彼のドリンクが同時にさしだされた。俺はそれを受け取り、「とりあえず席行こ」とうながした。彼はこくんとして、俺についてくる。
「名前は?」
梨斗りと
「俺は美晴。呼び捨てでいいよ」
「いくつ?」
「二十歳」
「大学生」
「うん」
「恋人は?」
「いない。梨斗は」
「欲しいとは思ってる」
「ふうん」
 人をよけて奥のボックス席に戻ると、琴生が起き上がって凛那の耳元に何かささやいていた。そんな琴生の肩に腕をまわしていた凛那は、俺の帰還に気づき、ついてきた梨斗にも目を留める。
「さっき、ホテル行ってたんじゃないのかよ」
「混ざって話したいって言うから」
「美晴は話すだけで帰さないだろ」
「何だよ、それ。──奥座れよ」
 俺にしめされて、梨斗はボックスの奥の席に腰を下ろした。そして、まじまじと凛那と琴生を見たあと、「何かいいね」と俺を向く。「そうか?」と俺も席に腰掛ける。
「色ボケだろ」
「美晴うるさいですー」と凛那の肩に寄り添いながら、琴生がガキっぽく舌を出す。
「悔しかったら、女連れてきてみろ」
「女見つかったら、もうここ来ねえし」
「こいつ、いつか女のとこに行くって宣言してっからね? 君も本気になるなよ」
 凛那にそう言われた梨斗は、オレンジジュースを飲みながら俺を見て、「何でわざわざ女のとこ行くの?」と首をかしげた。
「男でいいじゃん」
「よくねえわ」
「男とのが美晴らしいんじゃないの?」
「男と寝るのは今だけのことだから」
「今だけ」
「そう。男はみんな遊び」
 梨斗は俺を見つめ、「せっかく男とやれるのに」とつぶやいた。俺はカクテルを飲み、「男とやるのなんて簡単だよ」と背凭れに肘をつく。
「試してみる?」
「えっ」
「俺は梨斗ならいいよ」
「……でも」
「男とやりたいんだろ?」
「まあ、うん」
「俺じゃ不満?」
 梨斗は俺を見て、「やったことないから」とぼそっと言ってうつむく。俺は軽く噴き出し、「誰でも最初はそうだろ」と梨斗のさらさらの髪に手を伸ばす。
「やったことないのをひかれてたのか?」
「そうじゃないけど。話してたら、いつも俺だけずれてるんだ」
「ずれてる」
「俺は、男とつきあうのがすごく自分らしいと思うんだけど……それって、違うのかな」
「梨斗がゲイなら、自分らしいんじゃねえの」
「ほんと?」
「うん」
 俺がうなずくと梨斗は嬉しそうに咲って、「そう言ってくれたの美晴が初めてだ」と瞳を潤ませた。
 俺はグラスをテーブルに置き、梨斗のオレンジジュースもそうさせると、身を乗り出してから「キスするよ?」と確認した。梨斗が小さくこくんとすると、その首筋に手を当てて引き寄せ、俺は彼の唇に口づけた。
 少し梨斗の肩が硬くなり、俺はそれをほぐすように抱いた肩をさすりながら、口の隙間から舌をさしこむ。キスも初めてなのか、舌を絡めた舌の動きはぎこちなく、それでも応えようとはしてくれる。オレンジジュースの酸味が、緩やかに唾液で薄くなって、やっと唇を離したときには梨斗の瞳は蕩けていた。
「ホテル行く?」
 俺が低い声で訊くと、梨斗はうなずいた。俺はさっきやったばかりだが、何度も達したわけでもないから大丈夫だろう。
 凛那と琴生は、奴らは奴らでキスを交わしていちゃついている。「俺出るわ」と梨斗の手を取りながら声をかけると、「エスコートしてやれよ」と凛那は笑い、「またねー」と琴生は手を振った。
 俺の手を握り返した梨斗に、俺は「大丈夫だよ」と耳たぶを食みながらささやく。連れ立って店を出ると、梨斗とさっきのモーテルの別の部屋で『宿泊』を取った。
 内装はそんなに変わらない。俺は壁に梨斗の背中を当て、かぶさるようにして見下ろし、すくいあげるようにキスをした。梨斗は俺の服をつかみ、背伸びをして不器用に応えてくる。舌を吸ったり舐めたり、甘く咬んだり──
 唇をちぎった俺は「一緒にシャワー浴びようか」と言った。たぶん、いきなり行為に入るより、他人の素肌に慣れたほうがいい。うなずいた梨斗は、長いキスで少し息を切らしている。「大丈夫?」と訊くと「うん」と返ってきて、俺は梨斗の手を引いて浴室のドアを開けた。
 手前の洗面所で服を脱いで、梨斗もやや躊躇ったものの服を脱ぐ。少し勃っているけど、まだ興奮している具合ではなさそうだ。俺は勃起していて、若干梨斗の視線が気恥ずかしい。
 ふたりで浴室に踏みこむと、お湯のシャワーを出した。俺はボディソープで手をなめらかにして、その手で梨斗の肌に触れた。ぬるっとした感触に梨斗はびくんと震え、でも抵抗せずに俺の手に軆をたどらせる。
 筋肉ががっちりあるわけではなくとも、骨が浮くような細さもなく、引き締まった軆だ。ほとばしるシャワーの湯気がただよってくると、俺はその水蒸気の中で梨斗を抱き寄せ、勃ちかけた梨斗に手を伸ばした。
 梨斗が上擦った声をもらし、性器もぴくんと動く。俺はゆっくりと梨斗を手で刺激した。梨斗の声とか震えの反応で、自分もさらに硬くなっていくのを感じる。
 梨斗の先端から先走る液があふれ、俺は自分のものと梨斗のものをくっつけてこすりあわせた。梨斗が声を出しながら、たぶん無意識に腰を動かす。俺も腰を使い、性器で性器をこすって快感を高める。
 そうしていると梨斗も完全に勃起した。シャワーの飛沫が飛んでくる中で、梨斗の表情がほてって蕩けている。かわいい、と思って俺は梨斗にキスをして、口の中を愛撫しながら勃起にまた指に絡めた。
 梨斗は俺の首に腕をまわしてしがみつき、耳元で危うい甘い声を出す。今日いきなり挿入するのは、初めての軆なら重いかなと思ったけど、正直挿れたい。ほぐしたら大丈夫かな、と俺はボディソープで指をたっぷりぬめらせ、梨斗の勃起を刺激しながら後ろを探った。
 中指の先を慎重に挿しこむと、梨斗はわなないて俺にぎゅっと抱きついた。嫌がらない。突き放さない。それを確認して、俺は梨斗の奥に指を伸ばしてほぐしたが、指を二本にしようとするとさすがに「痛い」と梨斗がうめいた。
 俺は無理に本数を増やさず、中指だけ出し入れして、そうしながら梨斗の勃起を手で刺激した。たまに体内が指をきゅっと締めつけるから、ネコの素質はあるようだが、これ以上無理させないほうがよさそうだ。
「梨斗」
「……ん、何」
「俺の、触れる?」
「え……あ、うん」
「一緒に手でいこう」
「あ……でも、挿れたい、よね」
「痛いならしないよ。気持ちよくなれたらいいから」
 梨斗は俺を見つめ、「優しい」と微笑んだ。俺は照れ笑いして、梨斗にキスをしながら中指だけでも中の感覚を教え、互いに手で勃起をなぐさめた。
 どんどん硬く腫れあがり、血管がびくびくと反応する。無意識に腰をこすりつけあい、キスの合間に熱い吐息がこぼれる。感覚が股間に集中して、梨斗の手のかたちや指の力に敏感になっていく。
 快感がせりあげ、腰の動きが強くなる。梨斗の勃起と俺の勃起が触れ合い、その硬さに興奮が増す。
「やば……も、出る、っ……」
 梨斗が切なく喘いで、その声でますます俺は勃起を熱くさせる。手の中の梨斗が動いて反り返り、一瞬、脈内を浮かせるほど硬くなった。次の瞬間、梨斗は声を出していっぱいに白濁を飛ばした。その瞬間の梨斗の甘い悲鳴で、俺も射精してしまった。
 梨斗は崩れるようにタイルにへたりこみ、俺もしゃがみこむ。シャワーのお湯が頬を殴り、湯気が立ちこめる。梨斗は息を切らし、脱力して瞳をうつろわせている。
 俺は腕を伸ばして、湿る梨斗の頭を撫でた。梨斗は俺に目を上げ、少し咲うと、「気持ちよかった」と言った。「俺も」と微笑み返し、俺は梨斗を抱き寄せた。水音が鼓膜を圧する中、梨斗も俺の背中を手をまわした。
「美晴」
「……ん?」
「俺、美晴とつきあいたい」
「えっ」
「美晴なら、何か……大丈夫な気がする。それに、またこういうのしたい」
「………、」
「……美晴は、俺じゃダメ?」
「俺は──」
 男とは、つきあわない。男はみんな一度きりの遊びだ。気持ちよくなっておしまい。将来、俺がパートナーに選ぶのは──
「……いいよ」
「ほんと?」
「梨斗にセックス教えてやらないと」
「うん。教えて」
「教えるよ。……ちゃんと抱きたい」
 梨斗は俺の軆に抱きついて、シャワーの中で俺は梨斗に口づけた。そうだ。好きとかそういうのじゃなくて。ちゃんとセックスしてみたいだけ。何となく、それがよさそうだから。
 俺が男と恋愛するわけがない。男とやるのは人と違う特別な趣味で、愛情じゃない。こうして梨斗をタイルに押し倒して、狂おしくキスをしているのも、何だか物珍しいことだから──
 広い浴室でキスをしながら戯れ、軆がふやけてきたので、ようやく俺と梨斗は部屋に戻った。服は脱いだまま、バスローブを羽織ってベッドに倒れこむ。手をつないで、お互いの髪や肌に触って、梨斗はくすぐったそうに咲った。
「美晴、俺ね」
「うん」
「男とつきあいたかったんだ」
「ゲイだから」
「女とつきあってもつまんないじゃん」
「つきあったことあんの?」
「ないけど」
「ないのかよ」
「みんな女とつきあうから。その中で女とつきあっても、俺もそいつらと同じじゃん。だから、俺は男とつきあいたかった」
「みんなと同じは嫌?」
「やだ。平凡が一番怖い」
「そんなもんかなあ」
「人と違っていたいんだ」
「ファッションみたいなもん?」
「んー、どうなんだろ」
「俺は男と寝るのはファッションだと思ってるよ」
「ファッション」
「男に本気になることはない」
「俺のことも?」
「梨斗は男とそういうことしたことなくてすれてないだけで、そのうち俺と似たような感覚になるよ」
「そうなのかな」
「男同士なんて、本気になるわけないんだよ」
 梨斗は俺を見つめて、「よく分かんない」と言った。俺は咲って梨斗にキスすると、「分かるまではそばにいるよ」と濡れた髪を梳いた。

第三章へ

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