消えない雨
蝉が鳴き出した頃、梅雨もさっぱりと明けて、勉強など放置していた俺は、しばらく期末考査対策で死にかけた。
何とかそれも終わり、あとは夏休みを待つだけになった日、屋上庭園で昼食のパンを食べていた。
よく晴れているから、ベンチや植え込みの同じく弁当や購買のパンをかじる奴らで賑わっている。網にもたれて天を仰ぐ俺は、その青さを沁みるほど瞳に溶かした。
俺は実家や学校に戻ってきた。家では軽く絞られてもそんなに怒られなかった。学校ではしばらく教師に腫れものあつかいされた。クラス替えまで友達はあきらめていたが、物好きもいたもので、何人か話しかけてきて連絡先を交換した奴もいた。
それでも俺は、学校ではどこかかけはなれた雰囲気を持った奴になっている。
ここに帰る日は、日曜日だった。束ちゃんは見送りもしてくれなかった。仕事があったのだから、仕方ないのだけど。
相変わらず黒服の用意をしながら、「いつでもまた連絡してこい」と言ってくれた。いつでもまた来い、とは言わなかった──きっと、それが今の束ちゃんなりの優しさだったのだろう。
「束ちゃんの小説いつか読みたい」とお世辞抜きで言うと、「いつかな」と言って頭をくしゃくしゃにされた。そして、「電車逃すぞ」と言われて、慌てて一ヶ月近くお世話になった部屋をあとにした。
駅でひとつの家族を見かけた。三人とも咲っていて、幸せそうに見える家族だった。自分を嗤笑した。壊したいと思った。なのに、見てしまうと思った。
あれは壊せねえだろ。綺麗ごとの造りごとでも。そうだと知っていても。
……俺にも、無理だ。
これも、綺麗ごとか? そんなことを思いながら、自分のすがたが三人に見つからないうちに、切符を買って改札を抜け、その町から離れていった。
美しい景色。風が靡く。花が香る。雪が舞う。月が輝く。
それらは、本当に綺麗だ。でも、風が頬を撫でないなら。花の香りを嗅げないなら。雪を溶かす体温がないなら。月の光に癒されないなら。すべては、上辺だけの綺麗ごとだ。
風花雪月。その魅力は、形式に収まっていて、安全な域を出ない。
それほど醜いものがあるだろうか。なぜ歯車は狂わなかった? きっと愛し合っていたのに。
結わえられることのなかった、心と心の糸口。結ばれないなんて、ほつれじゃないか。叶わないなんて、絶望じゃないか。実らないなんて、虚しいじゃないか。
そんなもの、美しくなんかない。
本音に生きなかった。自分に嘘をついた。そんなあなたは、幸せになれないだろう。それが本当にあなたの望みだったのか?
いくら訊いても、あなたはきっと麗句しか並べない。あなたが幸せじゃないなら、俺だってこんなに泣きたいのに。あなたは血を流す俺には微笑み、家の中に帰っていく。
止まらないのに。この血は、あなたが幸せにならないと、止まらないのに。
これから一生、俺はどうなるんだ。この流血は、忌ま忌ましいほどの想いは、永遠に終わらないのか?
──空が青い。夏の日射しがまばゆく焼きついてくる。目を細め、その拍子にまた涙をこぼす。
雨が、軆にも心にも染みこんでしまった。どんなに晴れていても、俺はもう、あの梅雨を抜け出せない。
そう、終わらないのだ。愛されることのない愛は、きっとずっと終わらない。変わらぬ自然の風景のように、この美しい深紅に見える醜い痛みは、永久に輪廻していく。
FIN