角砂糖をちょうだい-10

夕食に現れたのは

 十九時くらいに何となく私も絵梨紗ちゃんもスマホを見ると、私には紅磨くんから『帰るよー。』というメッセが来ていて、絵梨紗ちゃんにも夕食を先に食べるという連絡が来ていたらしい。「それならもう食べちゃおっかなー」と絵梨紗ちゃんはメニューを手に取り、私は紅磨くんにまだファミレスにいることを伝える。
 するとすぐ既読がつき、『もうすぐそっち着くから迎えにいくよ。ひとりで夜道歩いちゃダメだからね。』と昔から変わらないメッセが届いた。紅磨くんが来るなら、私と紅磨くんもここで夕食を取っていいかもしれない。
 そんなことを思っていると、ほんとに十五分ぐらいで紅磨くんが現れ、「紅磨にいちゃん」としばたいた絵梨紗ちゃんを、紅磨くんは軽く小突く。
「こんなに遅くまでつきあわせちゃダメだろ。悠海さんもいそがしいんだから」
 絵梨紗ちゃんはむうっとふくれたあと、「だっておねえちゃんより話しやすいんだもん」と言って、「それは認める」と紅磨くんは真顔で答えた。
「てか、紅磨にいちゃんにしては、いい人捕まえたねえ」
「俺にしてはって何だよ。で? 絵梨紗は蒼磨のことどうすることになったんだ」
「んー、ちゃんと受け入れる」
「もっと早くそうしろ。蒼磨がどんどん悠海さんに懐く」
 紅磨くんは私の隣に腰を下ろして、「ほんとごめんね」と言った。私は首を横に振り、「私も楽しかったから」と微笑む。
「あ、私と紅磨くんも今日の夕ごはんはここにしない? 私、絵梨紗ちゃんのぶんもはらっちゃうし」
「絵梨紗のぶんは、絵梨紗がはらえばいいと思う」
「話が長引いたのは、私もいろいろ話してたからだし。紅磨くんも選んで」
「いや、悠海さんがはらうなら俺がはらうけど。仕方ないなあ、絵梨紗、何か選べよ」
「紅磨にいちゃんがはらうなら、気い遣わなくていいよねっ」
「いや遣えよ。いきなりステーキとか言うなよ」
「牛タン!」
「却下」
「い、いいんじゃない? 私、ほんとはらうし……」
「ダメ、こいつつけあがるから。紫磨と違うから」
「紅磨にいちゃん、彼女の前でシスコンは隠したほうがいいよ」
「あ、私、知ってるから大丈夫だよ」
「知ってるんですか? あれはちょっとヒキますよねー」
「でもこないだ、紫磨ちゃんの彼氏と仲良くなってたし……」
「絶対、内心では殺してますよ」
「よし、絵梨紗はサラダだけでいいみたいだな。悠海さん、牛タン食べる?」
 何だかんだこのふたりも仲いいみたい、と察しつつ私はあやふやに咲って、「私はドリアでいいかな」と言った。「牛タンとか言わない、この奥ゆかしさ」と紅磨くんは絵梨紗ちゃんに言って、「あたしがドリアにしたって何か言うくせにーっ」と絵梨紗ちゃんはテーブルをどんと殴る。紅磨くんと絵梨紗ちゃんは、ひとしきりやりあったあと、結局絵梨紗ちゃんは牛タン、紅磨くんはキーマカレー、私はドリアを注文した。
 食事のあいだも私たちは蒼磨くんのことを話して、「とりあえず、あたしも蒼磨も中間終わってから考えてみる」と絵梨紗ちゃんは言っていた。結局紅磨くんが代金を持ってくれることになり、私と絵梨紗ちゃんは入口のところでお会計が終わるのを待った。
「紅磨にいちゃん、悠海さんにあまあまですね」と絵梨紗ちゃんはにやにやして、「余裕見せたいんだと思う」と私もくすりとした。「いいなあ」なんて絵梨紗ちゃんがしみじみ言ったときだった。
「あ、悠海ちゃん。と、かわいい女の子」
 聞き憶えのある声がして振り向くと、白衣を脱いだ七重先生が店に入ってきたところだった。「診察終わったんですか」と私が訊くと、「うん、久々に二十時前に」とにこにこと七重先生は歩み寄ってきて、絵梨紗ちゃんを見る。
「初めまして。悠海ちゃんの友達?」
「……初めまして。えと──」
「先生、この子まだ高校生です。変なこと考えないでください」
「えー、高校生なんてもう大人だよねえ?」
「ゆ、悠海さん、この人」
「私が勤めてる心療内科の先生だから、怪しい人ではないの。ただ、その、女癖のほうが」
「悠海ちゃんもこんな時間まで何してるの? 遅くなったなら送ろうか? 彼氏も夜道はひとりで歩かせてくれないって──」
「な・の・でっ! 迎えにきてます」
 がしっと肩を抱かれてそちらを見上げると、いつのまにか会計を済ました紅磨くんが、ぎりぎりと歯軋りしそうな勢いで七重先生を睨んでいた。先生はきょとんと紅磨くんを見たあと、「そっかあ」とへらっと咲う。
「ほんとに過保護な彼氏なんだねえ」
「そうですねー。だから、悠海さんにあんまり馴れ馴れしくしないでくださいね?」
「はは、了解了解。大丈夫だよ、今、僕には狙ってる子がいるから」
 そんなことを軽やかに口にして、七重先生はウェイトレスに席へと案内されていった。
「遊んでる大人って感じ……」と絵梨紗ちゃんはつぶやき、「俺、早く自立するからね。早くあんな野郎の病院は辞めてね」と紅磨くんは私の肩を揺さぶる。私はそれにうなずいて紅磨くんをなだめつつ、狙ってる子って茉莉紗さんだよなあ、と思う。たぶん。いや、確信できないところが七重先生だ。
 晴れた夜空の下、手をつないで紅磨くんと部屋に帰宅すると、私が先にシャワーを浴びた。「あがったよ」とリビングにいた紅磨くんに声をかけると、「茉莉紗が『ありがとうございます』だって」とスマホの画面を見せてきた。
 そこには、絵梨紗ちゃんが吹っ切れた様子であることと、私へのお礼が書いてあった。
「ちゃんと励ませたのか分からないけど」と私が照れ咲うと、「蒼磨とのことに共感して、肯定してくれる人と話したかったんだと思うよ」と紅磨くんは私の手をつかんで引き寄せ、しっとりと香る髪に口づける。
「というか、医院長が俺ほんとに心配なんだけど。予想以上に軽かった」
「でも、先生が狙ってるって言ってた子、たぶん茉莉紗さんだから」
「あー、そっか。そうだね。出まかせにも聞こえたけど」
「茉莉紗さんから先生のこと聞いてる?」
「いや、何も」
「先生、脈ないのかなあ」
「あれと茉莉紗かあ。どうなるんだろうなー」
「幼なじみとしては、複雑?」
「どうだろ。茉莉紗があいつのこと好きになったなら、別に俺は何も言わないかな」
 私は紅磨くんの鼓動にことんと耳を預ける。柔らかい心音が落ち着く。やっぱり紅磨くんは茉莉紗さんにドライだよなあ、なんて思う。だから、私は紅磨くんの気持ちに不安はない。ただ、茉莉紗さんのほうはどうなのか──
 七重先生、いろいろと不安な男の人だけど。できれば茉莉紗さんのこと捕まえてほしいな。そしたら、私はやっと、茉莉紗さんと連絡先を交換するぐらいの友達にはなれるかなと思うから。

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