陽炎の柩-45

つながる夜

 実摘には買ってきた弁当を勧めた。飛季は、粥に濃いカレーをかける。実摘は、実際にそれが皿に盛られると頬を引き攣らせた。「お弁当食べても」と弱気になった彼女の頭をぽんとして、ふたりは夕食につく。
 粥カレーは、きちんと食べることができた。吐き出したくなったり、飲みこむのが苦しかったりはしない。お世辞にも味覚に良好ではなくも、悪くない。
 中華弁当をつつく実摘は、眉を寄せてこちらを窺っている。そわそわしている彼女に飛季は咲ってしまう。
「何?」
「まずい、ね」
「悪くないよ」
「変な味なの」
「俺は嫌いじゃない」
 実摘は疑いのまなこになる。飛季は苦笑して、粥カレーをスプーンにすくった。「食べてみて」と下に皿を備えてスプーンを実摘にさしだす。実摘は躊躇ったのち、素直にスプーンに口をつけた。
 彼女は舌の上にそれを溜め、転がすと、こくっと飲みこむ。実摘はまじろぎ、飛季を向く。「まずい?」と訊くと、実摘は狼狽える。
「変、なの」
「変」
「飛季がおいしいのは、僕もおいしくなる」
 飛季は笑った。実摘も照れ咲いをした。
 彼女は口を開けて、カレーを求める。飛季はカレーをすくったスプーンを実摘の口に流しこんだ。しばらくテーブル越しに食事させあい、やがて飛季は実摘をこちらに招いた。這ってきた実摘は飛季のあぐらに尻をはめこむ。
 ふたりはカレーを食べさせあった。最後に深く口づけあい、舌に染みこんだ味をすすりあう。「ごちそうさま」と満足そうにした実摘に飛季の心は軽くなる。実摘が咲ってくれるのが、飛季も嬉しい。
 飛季と実摘は共同でキッチンを片づけた。終わると揃ってシャワーを浴び、夜更かしをする。飛季は仕事をし、実摘は部屋をうろうろする。飛季の隣に座ったり、にらと戯れたり、テレビを観たり。飛季は視界にちらちらする実摘に安心して、仕事に没頭した。
 夜中にベッドにもぐりこんだ。石けんの匂いを嗅ぎ合っているうち、飛季の手は実摘は素肌をさすっていた。実摘も飛季の唇を欲しがる。
 まつわる服はベッドの下に捨てた。剥かれた軆を重ねて、ふたりは石けんを蒸発させる汗をかきはじめる。
 体内に飛季を受けて、実摘は呼吸をはずませて喘いだ。脚を飛季の腰に絡ませ、こちらの熱の深度を上げる。彼女の奥深い発火は、飛季の勃起を強く圧迫した。頬を真っ赤にして腰を揺すり、飛季と自分を融合させる。
 飛季も協力して実摘に根元まで宿した。つながった状態での静謐を味わうと、快感への欲望が紡ぎ出されていく。飛季は充血した性器を実摘の内壁でこすり、実摘は飛季が口づけを散らした肩をそらせて声をもらした。
 飛季は激しく実摘を攻めあげる。たぎっていく空気が獣欲的にさせる。汗を降らして息を乱し、全身が鼓動に脈打った。飛季は実摘をつらぬいた。実摘が歓喜の声を上げ、飛季も彼女の体内に放出した。
 呼吸があふれかえって、急に鼓動が心臓に、脈内がこめかみに凝縮された。高ぶった熱に頭蓋骨がぐらつく。張り巡る血管から余韻が伸びゆく。そして、指先や耳たぶから発熱と共に蒸発していった。
 飛季はつぶっていた目を開けた。下にいる実摘が視界に入った。息切れする実摘は、数滴、涙をこぼしていた。
 飛季と交わって快感が過ぎると、ときおりそうして実摘は涙をこぼす。泣く、という感じはせず、察するに精神的なものより肉体的な刺激によるものが濃いのだろう。飛季だって彼女とこうしていれば、発情して瞳が潤む。
 涙をぬぐってやると、実摘は焦点を合わせてこちらを見た。「ごめん」と飛季が謝ると、彼女は首をかしげる。
「ちょっと、きつかった」
 実摘は睫毛を上下させて、かぶりを振った。汗にはりついた髪は揺れない。
「飛季が動物になるの、好き」
 飛季は実摘の濡れた髪を梳いた。飛季自身の髪も、熱を鎮めた雫を伝わせていた。
 飛季は軆を離そうとした。すると、実摘は脚に力を入れて飛季の腰を抑えこんだ。狼狽えて目をやると、実摘は飛季の背中をかがめさせて口づけてきた。飛季の長い前髪が実摘の顔にかかる。実摘は舌を伸ばし、飛季の舌を絡めとった。小さい手で飛季の広い肌を性的にさする。
「実摘──」
「まだやる」
 彼女は飛季の首に左腕をまわし、腰をくねらせた。うまく飛季の性器をこすって締めつけ、飛季を不覚にうめかせる。性欲の余力が、飛季をたやすく勃起させる。
 実摘は、汗に濡れた飛季の筋肉を撫でてうっとりしている。飛季はゆっくりと楽な姿勢に戻って、実摘の脚を抱えて広げる。少し押し出されていた性器をぐっと埋め直すと、実摘は喉を剥いた。具合を良くした飛季は、改めて彼女の体内を探り出す。
 二度目は獣になりきらず、深く長くつながった。実摘に軆の一部を奥まで埋めこむのは、飛季に本能的な安堵をもたらす。実摘も飛季の猛った感触に集中していた。肌を愛撫したり言葉を交わしたりして時間を稼いだのち、ふたりは絶頂に投じた。
 余韻は重厚で、長引いた。今回はふたりとも脱力して、飛季は実摘と軆をちぎり、彼女の隣に倒れこんだ。肺を震わす実摘も、飛季の胸に身を寄せると動かなくなる。
 雨が強くなって、たたかれる窓の音が室内に響いていた。飛季は、電燈を反射するフローリングを見ていた。まくらに頭骨が沈んでいく。
 眠たかった。実摘もうつらうつらしている。飛季は明かりを消そうとリモコンのあるベッドスタンドに顔を仰がせた。目覚ましをかけた時計の針は、二時をまわっていた。
 実摘が急にもぐもぐ動いた。問うと、「にら」とそわついた声が返ってくる。飛季は実摘を抱こうとした腕を伸ばし、ベッドサイドに置かれているカーキのリュックの上のにらを手繰り寄せる。いまだあの傷痕が痛ましい実摘の肩にかけると、彼女はほっとした様子で飛季に包まった。
 どんなに飛季に執着していても、実摘はにらを捨てるわけにもいかないらしい。独占欲が疼く反面、にらと同等の立場になれた喜びもあった。彼女のにらへの愛情なら痛感しているぶん、飛季は実摘の愛の深みを実感できる。
 実摘は飛季の胸にぴったり頬を当て、いつしか眠りこんでいた。不意に飛季は、汗の引いた軆に寒気を覚える。足元に追いやられているブランケットを蹴り寄せ、寒くなればもっと実摘とくっつける、と生まれて初めて季節の巡りに感謝する。ブランケットをかぶると、にらごと実摘を抱いて力を抜いた。
 彼女の温柔な体温は、甘い眠気を誘う。暗闇が雨を飲んでいた。潤びる脳に、その雨音は遠く耳障りつつも、実摘の寝息が近い音色になった。

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