Honey Marry-15

選びたいのは【3】

 バレンタインが来週の火曜日になって、週末にあたしはチョコを買いに街に出かけた。とりあえず、尚里にも誓にも渡す。ただ、尚里にはいつも通り手作りでも、誓には買ったものにするという浅はかな抵抗手段に出た。
 しかし、乙女が入り乱れるデパ地下のチョコ売り場で、変に高級だと手作りより本命感が出るな、と悩んだ。かといって、安いのをあげても仮にも告ってくれた相手に失礼だろう。かえっていつも通り手作りにしたほうがさらっとしてるかな、とまで考えたものの、何とかノーブランドのトリュフで落ち着いた。
 尚里にはいつも通り作ろう、と板チョコを仕入れると、ラッピングを百均で選ぶ。ちなみにおとうさんには余ったぶんとかかたちが崩れたぶんが行くのだけど、おかあさんがちゃんとしたものを用意するので問題ない。
 手作りのチョコは、月曜日の昼、家に誰もいないときに作った。毎年ながら生チョコにしておく。湯せんで溶かしたチョコに生クリームと蜂蜜を入れて、バットに流しこんでから冷蔵庫で一時間冷やし、ココアをまぶして仕上げる。石畳のように敷き詰めてラッピングしたら完成だ。今年は誓に渡すぶんがないので、作業は一回で終了する。楽、と思いながら使った用具を洗って、できあがったチョコは見つけられないように冷蔵庫の奥にしまった。
 そしてバレンタイン、まず昼に誓にチョコを渡しにいった。受け取った誓は明らかな既製品の包装を眺めて、「今年は作らなかったのか」と案の定訊いてきた。そういうわけじゃないけど、と言おうと思ったし、そう言わなきゃいけなかったのに、いざそれを告げようとすると心苦しくなってしまい、つい、うなずいてしまった。
「俺は好きなんだけどな。ミキの生チョコ」
「まあ、諸事情が」
「諸事情」
「いや、えと……まあ、今、手作り渡すのも、思わせぶりというか何と言いますか」
「………、そこまで考えないけどな。バレンタインは毎年のことだし」
「そうなの?」
「そうですよ」
「何だよ、じゃあごちゃごちゃ考えてバカじゃん……」
 あたしがぶつぶつ言うと、誓は噴き出してあたしの頭に手を置いた。
「悩んでくれたなら、それが嬉しい」
 あたしは誓を見上げて、ああこれはむしろ勘違いさせた奴だ、と思った。何で。もう。そうじゃないんだよ。あたしはあんたを振らなきゃいけないのに、……やっぱり、哀しそうな顔をされたらって怖いよ。
 家に戻ると、誓を振るのはかなり大変だぞ、と思いながらリビングでテレビを見ていた。ワイドショウはバレンタイン特集をやっている。
 あたし誓にひどいことばっかしてる気がする、とため息が出る。ひどいというか、中途半端というか。いっそチョコを渡さなければよかったのか。いや、それは今までの習慣からして残酷すぎるか。あたし自分が悪者になりたくないんだろうなあ、とか思ってソファに沈みこんでいると、「ただいま」と声がしてあたしははっと振り返った。
「ナオ。おかえり」
 あたしの声に反応し、リビングに顔を出したのは学ランすがたの尚里だった。尚里はダイニングまで見渡し、「おとうさんもおかあさんも出勤?」と首をかしげる。
「うん。おかあさんは昼からだったけど」
「そっか」
「えと──あ、今日バレンタインだから、ナオのぶんあるよ」
「ほんと?」
 あたしはソファを立ち上がると、キッチンに行って冷蔵庫の奥から尚里用のラッピングを取り出した。かばんをおろしていた尚里に、「はい」とそれをさしだす。尚里はあたしを見上げて嬉しそうに咲ってから、「ありがとう」と受け取ってくれる。自分の手の上から、チョコが尚里の手に渡るとほっとする。
「今年も生チョコだね」
「うん。それが好評だから」
「……そっか。チカちゃんもこれが好きって言ってたもんね」
「えっ。あー、そうだな、言ってたけど」
 あたしの口調に、尚里が不思議そうにまばたきする。これ口止めに言っといたほうがいいよな、とあたしは続けた。
「今年はチカには手作り渡してないんだ」
「えっ」
「手作り渡したらつきあうみたいかなとか思って、買ったのにしたの。別にそんなふうには取らないって言われたけど。ただ、今年手作り作ってないって言っちゃったから、このナオのぶんはあたしたちの秘密ね」
「秘密……」
「ごめんね、口止めしちゃって。ナオのぶんはちゃんといつも通り作りたかったんだ」
「………、おねえちゃん、チカちゃんとつきあわないの?」
「ん、まあ。むずかしいけどね、断るのも。できれば幼なじみではいたいとか、贅沢なのかなあ」
 尚里はあたしをじっと見つめてきたけど、ふとチョコに目を落としてから、何だか嬉しそうに微笑んだ。
「おねえちゃんにチョコもらえて嬉しい」
「そう? よかった」
「学校でも誰にももらわなかった」
「え、そうなの」
「うん。別にいらなかったし。おねえちゃんが作ったチョコが一番好き」
 あたしは思わず咲ってしまって、「ありがと」と尚里の柔らかな髪を撫でる。「大事に食べるね」と言ってから、尚里はかばんを肩にかけて、「着替えてくる」とリビングを出ていった。それを見届けから、よかった、と尚里が喜んでくれたことに安堵する。
 とはいえ──尚里は、チョコ、学校ではもらわなかったのか。蒼樹くんが言っていた女の子はどうしたのだろう。まさかあの話自体はったりだったんじゃないだろうな、とも思ってしまうが、分からない。何にせよ、尚里にとってあたしのチョコが一番だったのなら、それが嬉しい。
 誓のことを、しっかり考えて、断らなきゃいけないのだけど。今はいいか、とソファにまわって腰かける。やっぱりあたしは尚里が一番かわいい。
 しかし、それを理由に誓の申し出を断ることはできないのだ。だって弟だもんなあ、と息をつき、見つからない言葉に、ソファに沈んで視線を天上にゆらゆらと泳がせた。

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