Honey Marry-18

そばにいたい【3】

 ホワイトデーが近づいた三月中旬の週末、蒼樹と一緒にバレンタインのお返しを買いに出かけた。僕はもちろんおねえちゃんに。蒼樹は「つばめには義理って言われたし……」と渋ってたのを、僕が「美坂さんだけには返したほうがいいよ」と説得した。
 クッキーやマシュマロといったお菓子だけでなく、マスコットやアクセサリーまで見てまわった。「恥ずくて死ねる」と言った蒼樹は、結局お菓子コーナーに戻ってクッキーにしていた。「やっぱりお菓子がいいのかなあ」と僕もひとつずつ手に取ってみていると、「尚里はさー」と蒼樹が息をつきながら言った。
「告白でいいんじゃね」
「えっ?」
「しようと思ってんだろ」
「ん、……まあ」
「いいチャンスじゃん」
「で、も……おねえちゃん、そういうつもりでチョコくれたわけじゃないし。ホワイトデーは、普通にホワイトデーのほうが良くないかな」
「もたもたしてると、実際、幼なじみも危ないぜ。そいつもホワイトデーに何かやるだろ」
「……そ、そっか。チカちゃんも一応もらってるもんね」
「姉貴の親友にも結婚できるとか応援されたんだし、いいじゃん。告白しようぜ」
 僕は、かわいいなと思って手に取った、絵本のようなパッケージのクッキーの詰め合わせを見た。
 告白。おねえちゃんに告白。しても、大丈夫なのだろうか。弟が何を言ってるのと気持ち悪がられないだろうか。けれど──今なら。そう、今なら、僕がこんなふうに躊躇うみたいに、おねえちゃんも誓にいちゃんへの答えに躊躇っている。
 答えを出されたら、おしまいなのだ。必ず振るかなんて分からない。その前に、僕がおねえちゃんに告白して。僕も候補として考えてもらって。それから、答えを出してもらいたい。僕は蒼樹を見て、「頑張っていいと思う?」と訊いた。蒼樹は咲って、「俺も尚里を応援してる」と言ってくれた。
 僕はその絵本のような箱に入った、蜂蜜の白いクッキーを買うことにした。ホワイトデーは火曜日で、月曜日はどきどきしながら一日を過ごした。
 明日、いつおねえちゃんにクッキーを渡そう。誓にいちゃんより先がいいから、朝がいいかな。早起きして、おねえちゃんの部屋を訪ねようか。でも、告白するのに寝ぼけられていたら哀しい。おとうさんとおかあさんの前では無理だし、昼は僕は学校だし、夜は誓にいちゃんが何か仕掛けたあとかもしれない。やっぱり朝だよなあ、と考えは元に戻ってきて、よし、と心を決めた。
 朝、おねえちゃんを起こしにいって、目が覚めたのを確認してから告白する。頑張ろう、と心に決めたときには零時が近くて、僕が寝坊したら意味ないや、と早めにベッドに入った。
 三月になっても、まだ夜は冷えるからふとんの中が心地いい。体温が巡って、ぬくぬくしていく中で次第に微睡んでくる。そして、静かな暗闇の中で意識を取り落とそうとしたときだった。こん、と音がした気がした。ん、と思っても、もう動くのが億劫で、無造作にふとんを頭まで被ろうとする。そうしたら、「ナオ、寝ちゃった?」とおぼろげな耳に声が届いてはっとした。
 おねえちゃんの声だ。僕は慌てて腕を持ち上げて目をこすり、「おねえちゃん」ととりあえず返事はして、よろめきながらベッドを降りた。そしてドアに駆け寄り、がちゃっと開けると一瞬明かりがまばゆくてすくんでしまう。
「あ、ごめん。寝てた?」
 ルームウェアすがたのおねえちゃんがばつが悪そうに首をかたむけ、「大丈夫」と言いながらも僕はあくびを噛む。
「どうしたの?」
「あ、日づけ変わったから、おめでとうって言おうと思って」
「へ……?」
「今日、ナオの誕生日でしょ。三月十四日」
「……あっ、そうか。そうだね。忘れてた」
「忘れてたの?」
 おねえちゃんがくすりとして、ホワイトデーに気を取られて忘れていたなんて恥ずかしくて言えない僕はちょっとうつむく。でも、「ナオ」と呼ばれるとおねえちゃんに顔を上げる。
「十四歳おめでとう。これね、プレゼント」
 そう言って、おねえちゃんは青い包装をされたプレゼントをさしだしてくる。僕はそれを受け取ると、「ありがとう」と言っておねえちゃんに笑顔を向ける。そんな僕におねえちゃんも咲ってくれて、「よかった」と僕の頭をぽんとする。
「今年のお正月は、一番初めに話せなかったから。誕生日には一番に話したいって思ってたの」
「あ……、そっか。ごめんね、お正月」
「ううん。そうやって、姉弟なんて離れていくものなんだろうけどね」
「離れないよっ。来年はちゃんとおねえちゃんと一番に話す」
「ん。ありがと。じゃあ、ナオ寝てたみたいなのにごめんね。また朝──」
「あ、ま、待っておねえちゃん」
「ん?」
 僕はおねえちゃんからのプレゼントを抱えたまま、つくえに置いていた蜂蜜クッキーを手に取って、ドアのところに戻ってきた。「僕もこれ」とおねえちゃんにさしだす。
「あ、ホワイトデーか」
「うん。これ、かわいかったから」
「ほんとだ、絵本みたい。ありがと、嬉しい」
 おねえちゃんはクッキーを受け取ると、にっこりしてくれる。僕はその笑顔を見つめて、どきどきとこみあげてくる心臓を感じる。ホワイトデーは渡した。じゃあ、いまさら朝になって言うのもおかしい。
 今だ。今言うんだ。今、おねえちゃんに──
「おねえちゃん」
「うん?」
「僕、その……僕ね」
「うん」
「おねえちゃん……と、チカちゃんには、つきあってほしくない」
「えっ」
「おねえちゃんは僕といてほしいから。チカちゃんに取られたくない」
「………、」
「チカちゃんだけじゃなくて、誰でも、男の人とはつきあわないで」
 僕の唐突な話題におねえちゃんはとまどいを見せても、「まあ」と首をかたむける。
「あんまり、誰かとつきあうとか考えたことはないけど──」
 僕は深呼吸した。言う。ここまで来たら言う。
 僕はおねえちゃんからのプレゼントを抱きしめ、はっきりと言った。
「つきあうなら、僕とつきあって」
「……はっ?」
「僕、おねえちゃんが好き。ずっと好きだった」
「な……に。え、何──」
「ずっと昔から、おねえちゃんのそばにいたいし、そばにいてあげたいって思ってたよ」
「えと、その前にナオは弟……でしょ」
「義理だもん。血はつながってないから、結婚できるって彩季さんが言ってた」
「あやっ……き、……何言ってんだあいつ」
「僕が、おねえちゃんのこと一番好きだよ。チカちゃんには負けない。おねえちゃんとつきあいたい」
「いや、いやいや、待ってナオ。それはたぶん、恋愛感情っていうかシスコン的な──」
「違うよ。おねえちゃんといると、どきどきするもん。おねえちゃんがいつか誰かに取られて、結婚しちゃうとか、そんなのやだ。僕がおねえちゃんと結婚する」
 おねえちゃんをじっと見つめると、おねえちゃんは困った顔で言葉に詰まる。迷惑だと思われているのだろうか。だとしても、僕はもう引けないところまで言ってしまった。
 おねえちゃんが好き。弟としてじゃなく、姉としてじゃなく、「恋人」になりたい「好き」──
「おねえちゃん」
 僕はおねえちゃんをまっすぐに見て、まばたきするその瞳を見つめて、ゆっくりと伝えた。
「僕はおねえちゃんが好きだよ。だから、つきあってください」

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