Honey Marry-22

結ばれたい相手【4】

「……あの、ええと、チカってさ」
「ん?」
「モテないの?」
「はっ?」
 あたしの唐突過ぎる質問に、誓はぎょっとこちらを見る。
「何だよ、それ」
「いやっ、そのー、告られたこととかないの? あ、微妙なのがいるんだっけ」
「何で」
「いるんだよね?」
「……最近話してないけど。一緒にどっか行かないかとか、誘われたことはある」
「デートじゃん」
「やっぱそうなのか? 直接的に『好き』と言われたことはないな」
「そんなもんですか」
「そんなもんですよ」
「……あたしも、チカが初めてだもんなー」
「そう言ってたな」
「チカのことは……さ、ほんと嫌いじゃない。まあ好き。好きだけど、そのー……頑張れると思う」
「何言ってんだよ」
「頑張れるっつってんだよ」
「何をだよ」
「あたしじゃなくても、ほかの女と頑張れるだろうが」
 誓はあたしを見た。あたしは気まずく目をそらしたたものの、こんなのではいかん、と深呼吸する。
「その、……つまり、ごめん」
「………、ごめん、って」
「だから、あたし──チカのことは、やっぱ、幼なじみというか。つきあうって、ないかなあとか思うというか」
「……ミキ、」
「チカが受けつけないとか、チカが悪いとか、そんなんじゃないの。悪いのはたぶんあたしなんだよね。チカはいいとは思うんだよね、でもやっぱ、違うんだよ。どうしても、その、チカとあれこれできると思えないし、応えられない」
 誓は一気にまくしたてたあたしを見つめ、急に大きなため息をついた。「それで呼び出しか」というつぶやきに、う、と気まずくなってうつむく。けれど、そんなあたしの頭に、ぽんと誓は手を置いた。
「ミキは悪くないよ」
「……けど」
「悪くない。ありがとな、返事。うやむやにされるかもって思ってた」
「それは、しない……と思ってた」
「うん。だから、よかった。これで吹っ切れるし」
「吹っ切って、いただけますか」
「いただけますかって。まあ、十年以上の初恋が泡に消えたけどな」
「ごめん……」
「いいよ、俺が勝手にミキのこと好きになっただけだし。変なもんだけど、ミキは応えないだろうなって、そんな気はしてた。だからうやむやにされると思ったし」
「……あたし、その……チカだから言うけど」
「うん?」
「バカかよって怒るかもしれなくても、……やっぱ、好きなんだよね。その、……えと、」
「ナオ?」
 あたしは誓を見上げた。誓は肩をすくめ、「やっぱり」と笑った。
「ナオはミキが好きなんだろうなあと思ってたけど」
「え、ねえ、何でみんなそんな人の気持ち分かるの? あたしぜんぜん気づかない人なんだけど」
「ミキの気持ちはいまいち分からなかったけど、ナオは分かるだろ」
「分からんだろ」
「分かるんだよ。俺はナオに敵視されるようになったからなあ。いつからだろ」
「敵視」
「ってほど露骨なもんでもないけど、俺とミキが話してるとナオって泣きそうなんだよな。取られたくなかったんだろ」
「……そう言ってた」
「言ってた」
「あー、まあ、ナオにも告白されまして」
 誓は噴き出し、「それで答えてくれる気になったのかあ」と晴れた夜空を仰ぐ。
「じゃあ、ナオには応えるんだ?」
「ん、まあ。あの子は頑張れないから」
「頑張れない」
「あたしのことはすごく頑張るんだけど、ほかの女とは頑張れない気がする。頑張ってほしくないし。あたしもナオのこと誰かに取られたくない」
「……そっか」
 前方に、隣り合うあたしたちの家が見えてくる。誓はふとスマホを取り出すと、それを耳に当ててどこかに電話をかけた。
 何だ、とそれを見ていると、「あ、ナオか?」と誓が言ってあたしはどきっとする。「ちょっと家の前出てこいよ」と言った誓は「ミキが話があるらしいから」と続けて、あたしは思わず誓を突き飛ばす。誓はそれに笑いながら、「俺は邪魔しないから大丈夫だよ」と優しく電話口に言って、電話を切った。
 家の前に着いて、あたしは誓を揺さぶる。
「あんた、何してんのっ」
「ちゃんと返事する機会を与えようと」
「お節介か」
「じゃあ、自分でナオに言えるのかよ」
「言え……っる、かも、しれない」
「俺のことみたい待たせるなよ。俺と違って、ナオは取られるぞ」
「うっ」
「じゃあなっ。これからも、友達としてはよろしくな」
「あ……、」
 友、達。友達で、いてくれるんだ。よかった……。
 そう思っていると、誓は自分の家の中へ走っていってしまった。そして入れ違いにがちゃっとあたしの家の玄関のドアが開く。駆け出してきたのはもちろん尚里で、「おねえちゃん」とあたしに近づいて、きょろきょろと道路を見渡す。
「チカちゃんは?」
「あー……うん、もう帰った」
「……一緒だったんだ」
「ん、まあ話とか。あったから」
「そう……」
 尚里は少し傷ついたようにうつむき、あたしは急にどきどきしてくる心臓に狼狽える。
 やばい。今からここから尚里に告白か。ついに姉弟の一線を越えるのか。ほんとにいいのかなとか、この期に及んで思ってしまっても、確かに今を逃したら、あたしはいったいいつ、尚里に素直になれるか分からない。
「ね、ねえ、ナオ」
「……うん?」
「ナオは──そう、ナオって、最近女の子に告白された?」
「えっ」
「されたよね?」
「な、何で?」
「蒼樹くんがナオのこと好きな女の子がいるって言ってたから」
「あ、ああ……もう、振っちゃってるよ」
「振ったの?」
「うん」
 アクション早いな、と拍子抜けてしまう。今日まで誓への返事を引っ張ったあたしは何なんだか。「どうして?」と不思議そうに尋ねられ、あたしは頬がじりじり熱くなるのを感じながら答える。
「その……そういう、女の子は、早めに処理しておいてほしいかなって」
「処理」
「うん──。あたし、も、したから」
「えっ」
「チカのこと、振った、というか」
 尚里がびっくりした顔を上げた。
「チカちゃんのこと、振ったの?」
「だって、はっきりしないと、ナオも嫌でしょ」
「僕は、……もやもやしてた、けど」
「あたしも、もやもやしてたから」
 尚里は顔を伏せ、何も言わなくなる。ええと。よかったんだよな。チカのことは、振ってよかったんだよな。尚里の反応がよく分からなくて焦ってしまったけど、ふと顔を上げなおした尚里は小さく咲った。
「チカちゃん、邪魔しないから大丈夫って言ってた」
「あ、うん。言ってたね」
「チカちゃんは、たぶん僕の気持ち知ってたから」
「……うん」
「ただの弟なのか、みたいに訊かれたことあるし」
「え、そうなの」
「うん」
「……弟、じゃないよね」
「え」
「ナオは、あたしの弟じゃないんだよね」
 尚里はあたしを見て、首をかたむけた。ここははっきり言わないといけないか。あたしは息を飲みこんでから、尚里の手を取って、そっと握る。
「おねえちゃん──」
 はっきり。そう、はっきり──って、恥ずかしいな。誓も、尚里も、よくあたしに「好き」なんて言えたな。男の子はすごいな。
「ナオ、……あのね」
「うん」
「あたし……も、ナオのこと、取られたくないの」
「えっ」
「ナオがどっかの女とつきあったらどうしようとか、考えるの。あたしのそばから離れてほしくない。ずっとふたりで一緒にいたいって」
「おねえちゃん……」
「だから、あたしもナオの姉じゃ、嫌……なの」
 尚里が大きく目を開く。頬がますますほてってくるけど、あたしは尚里を見つめ返す。そして、ゆっくりと吐き出した。
「あたしも、ナオが好き」
 瞬間、尚里はふっと瞳をゆがませて、あたしに抱きついてきた。というか、抱きしめてきた。あたしと身長が変わらなくなっている。「おねえちゃん」と尚里はあたしの軆を抱きすくめ、その腕の中であたしは尚里の肩に額を当てる。
「ナオ」
「うん」
「姉弟でつきあうのは、なかなか、大変だよ」
「うん」
「ほんとにいいの?」
「うん」
「……まあ、もう姉弟じゃないのかな」
「ふふ。あのね、おねえちゃん」
「ん?」
「ありがとう。大好き」
 あたしは咲って、尚里の頭を撫でた。甘えるようにそう言った尚里が愛おしい。ぎゅっとしがみついてくる尚里がかわいい。
 ああ、やっぱりあたしはこの子の「姉」じゃないな。ずいぶん前から、そんなもんじゃなかったんだろうな。尚里とくっついて、蜂蜜が蕩けるような気持ちがあふれてくる。あたしもずっと前から、尚里が大好きだったんだ。
 尚里。あたしのかわいい男の子。大好きだよ。もうこれからはそばにいるよ。だから離れていかないでね。この甘い気持ちでくっついて、つながって、恋に落ちていく。
 血よりもっと深く結ばれて、今からあたしたちは、姉弟から恋人になるの。

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