Honey Marry
進学して受験生になった春、今年のゴールデンウィークは家族で海辺のコテージに泊まりにいった。昼間はみんなでバーベキューをして、夜はおとうさんとおかあさん、僕とおねえちゃんに別れて、それぞれのコテージで過ごすことになっていた。
おねえちゃんとふたりきりで同じ部屋にひと晩泊まれるんだ、と僕は昼間からどきどきしていた。姉弟として過ごしてきて、一緒に就寝したことは何度もあったけど、恋人になってからは初めてだ。「じゃあ明日の朝に」と夕食の後に両親と別れてコテージに入ると、おねえちゃんは明かりをつけて荷物をベッドに投げて、出窓に駆け寄った。
「すごい、海が見えるよ」
僕も荷物をおろして、波の音が聴こえてくる窓辺に駆け寄った。おねえちゃんは大きく窓を開け、すると香ばしい潮風が舞いこんできて、おねえちゃんのみつあみを揺らす。窓からは砂浜が見渡せて、波の間で月と星が陸離として揺らめていていた。おねえちゃんの瞳もそれを映して光っている。
僕はおねえちゃんの手を取り、肩を引き寄せて抱き寄せた。僕の軆もやっと成長期に迎えたらしく、最近ぐんぐん背が伸びる。だから、もうおねえちゃんを見下ろすようになった。
「おねえちゃん」
「ん?」
「今日、一緒のベッドで寝たい」
「え、いいけど狭いよ?」
室内はそんなに広くなくて、シングルベッドがふたつ並んでいるぐらいだ。「くっついて寝る」と僕がおねえちゃんを抱く腕に力をこめると、「そうだね」とおねえちゃんはくすりと咲った。ふわりと髪を揺らす夜風は涼しく、初夏の浜辺で少し汗ばんだ軆を心地よく冷ましてくれる。
「おねえちゃん」
「うん」
「家に帰ったら、すぐおねえちゃんの誕生日だね」
「ん? あ、そっか。二十歳だなー」
「欲しいものある? お金貯めてるよ」
「えー、それお小遣いでしょ」
「ん、まあ……。だって、中学生でもバイトできるならするけど」
「はは、来年からだね」
「高校生になったらすぐバイトする」
「そしたら、一緒にいる時間が減っちゃうよ」
「寂しい?」
「うん」
僕はおねえちゃんを抱きしめてから、「じゃあ今年は何あげたらいいのかな」とつぶやく。おねえちゃんは僕を見上げて、「あたしはね」と穏やかな声で言った。
「今日、ナオとおとうさんとおかあさんと四人で過ごして、すごく楽しくて……伝えたいなって思ったの」
「伝える、って」
「あたしとナオがつきあってること。おとうさんとおかあさんには、知っててほしい。認めてほしいとかじゃなくて、隠したくない」
僕はおねえちゃんの睫毛を見つめて、おとうさん、そしておかあさんの顔を思い浮かべた。それからうなずいて、「そうだね」とゆっくり答える。
「僕も、おねえちゃんとのことは、おとうさんとおかあさんに一番応援してほしい」
「うん。だから、誕生日にはあたしたちのことをふたりに話したいな」
僕はおねえちゃんの軆の温柔を感じながら、両親に受け止めてほしいと思いながらも、「大丈夫かな」とやや不安を滲ませて言ってしまう。
「うーん、すぐは受け入れられないかもしれないね。でも、あたし、理解されずにナオと駆け落ちして、おとうさんとおかあさん捨てるのは嫌だもん」
「それは、うん。僕もしたくない」
「できればずっと一緒に暮らしたいよね」
「結婚しても?」
「ナオは結婚したらふたりで暮らしたい?」
「う……ん。まだよく分かんないけど。でも、義理の姉弟は結婚できるんだから、僕たち、悪いことはしてないんだよね」
「もちろん」
「それなら、僕もおとうさんとおかあさんに分かってほしいとは思う。結婚しても一緒に暮らしたいかは分からないけど、四人でデートとかできたら嬉しいな」
「ダブルデートかー。それができたら、ほんとに幸せだよね」
そう言っておねえちゃんは僕の肩にもたれ、僕はおねえちゃんとつないでいる右手をきゅっと握る。
おとうさんとおかあさんからの理解。うん、二十歳のプレゼントとしては上出来だ。「一緒に話してみよう」と僕が心を決めて言うと、おねえちゃんは僕を見つめてにっこりしてからうなずいた。
僕たちは姉弟だった。血はつながっていなくても、かけがえのない姉で、弟だった。その想い合う深さは、恋人同士になった今でも変わらない。そばにいると心が蕩けて、くっついて、離れなくなって、たぶん僕たちは、血ではなく甘い甘い蜂蜜でつながった姉弟だったのだ。
チョコのように苦みはなく。砂糖のように柔らかくなく。蜂蜜のように、ただ甘く、強く濃密にしたたる絆。
ずっとおねえちゃんのことが好きだった。この気持ちをみずから咎めたこともあった。しかし今、おねえちゃんへの想いがきらきらとあふれて止まらない。
蜂蜜を頬張るようにキスをする。ずっと一緒。いつも隣に。その約束をこの甘いキスに誓う。そして、必ず僕たちの両親みたいな、温かい夫婦になるんだ。だから、おねえちゃん──
僕たち、いつか結婚しようね。
きっとだよ。
FIN
