恋が咲いたときは
床に落としたというよりたたきつけたレベルで下がった成績も修復され、受験に不安はそんなにない。受験に失敗しても、しづ様を失うわけじゃないんだから、だったら適当に頑張ろうとかえって好成績につながっている。ただ、進学したらこの親友共ともばらばらになってしまうことになったのは、哀しいと思ってやらなくもないけれど。
絵鞠は教職を取って小学校の先生になりたいという。
未佑希は外国と関わる仕事に就くために留学予定だ。
海は大学院まで進んでギリシャ神話を研究したいらしい。
あたしはといえば、専門学校に進んで精神保健福祉士の勉強を始めようとしている。
女の子だけど女の子を好きになること。まだマイナーなノンセクという性を持っていること。そういうことを、精神保健を勉強するのと同時に、この世に広めていきたいと思った。「それに二次元も立派な恋愛対象になるって医学的に認めてほしいし」とか言ったら、結局それかと親友共には苦笑されたけども。
その夜も勉強を頑張ったあとはネットを開く。“水鏡”の更新をチェックして、水澄さんの制作秘話ににやついてから、ブログの管理室に向かう。
最近のブログの内容は落ち着いている。半年前、焦れったい想いを吐きまくっていた当時は何だかんだでアクセスが妙に多かったけど、それも減りつつある。何となく縁の切れたメル友も多い。あの親友共とは離れても続きそうだから、あたしはそれで大丈夫だけど。
本日のカフェ報告記事をあげると、かち、かち、と自分のブログのページをめくっていって、あの頃の記事を眺める。でも、だらだらと彼女のことを嘆くように書いていても仕方ないと思った。だから、こんな記事を最後にあたしのブログから「彼女」のことは消えた。
『ノンセクってね、惹かれるけど、つながったら、じゃあ次は恋人になんて思わない。
「友達になれた、やったあ!」であとは平行線。
ただ、その線が永遠であればいいと思う。
彼女が好き好き言ってたけど、それは、「恋人になりたい」ではなかった気がするよ。
というか、好きだからこそ、恋人にはなりたくなかった気がする。
だって、恋人になったらセックスしなきゃいけないじゃん。
嫌だ。絶対やだ。
キスしたくないし。
触られたくないし。
そもそも服脱いでほしくないし。
そうだなあ……もし、新しい好きな人ができたら、ハグは、したい。
手もつなげるかな。
公園のベンチとかに座って、隣に好きな人がいる……とかベスト。
向かいあうのは、ノンセクというよりたぶん照れる。
彼女を好きになって、女の子を好きになることを知った。
ずっと、自分はストレートだって思ってた。
男が気持ち悪いのは病気で、治るって思ってた。
でも、彼女のおかげで、私はノンセクというセクシュアリティを知って、自分を認めることができた。
彼女は、私に、自分に素直でいられるかたちを教えてくれた。
だから、すごく感謝してる。
何も叶わなかったけど、彼女を想ったことはずっと誇りたい。
女の子だけど、女の子にも恋をして。
恋はするけど、キスやセックスはいらない。
すごく自然で、幸せで、かけがえのない私だけの愛のかたち。
花が咲くことを、微笑むっていうじゃない?
彼女は、あの笑顔で私に花を植えたの。
細くて。
小さくて。
でも、凛々しくて。
その花は、微笑んだって、植えてくれた彼女には贈れないけど。
甘く香っても、気づかれずに通り過ぎられて痛むけど。
今の私なら、この花を別の誰かに贈ることも考えられる。
ずっと忘れないけど、もう想わない。
幸せを願うけど、二度と見守らない。
私はいずれ、新しい恋をして幸せになる。
ねえ、万が一、それを貴女が知るようなことがあれば……
そのときは、苦笑でもいい、どうか、咲ってね。』
二学期が始まって、あたしと彼女には何事もなく、接点などなかった。あたしはまだ痛みがあっても、それを彼女に押しつけるのは違うだろうと、ひたすら親友共と笑って、しづ様を収集した。
三人とも、あたしを察して彼女の名前を出して蒸し返すことはしなかった。前のように、しづ様のことでどんなに騒いでも二次元だろうがと突っこまれる。無理はしていなかったけど、少し自信はなかった。でもいつしか、あたしはまた堂々としづ様を推して、彼女のことを振り返らないのが自然になっていた。
きっと、いつまでもふと思い出すだろう。忘れられないだろう。今、どうしてるかな。元気かな。頑張ってるかな。あのまま、ちゃんと咲ってるかな。そんなことも考えてしまう、大切な人だろう。それでも、確かめることはできないし、しない。彼女のことを知るための糸は、芽吹かなかった。
彼女に投げかけて、でも切断された糸の痛みは、もうしづ様が癒してくれた。
こんなあたしを、人間のクズじゃないかと言う人もいるだろう。せっかく進歩したのに、またダメになったという人もいるだろう。でも、そんなことを言う奴に何が分かるっていうの?
あたしみたいなヲタクは、「腐女子」と区別して「夢女子」と呼ばれる。好きなキャラと自分との恋愛を夢見ずにいられない。そう、夢だ。叶わないかもしれない。でも、きっとあたしみたいな女の子は、本当はどこにだっている。
誰だって好きな人と結ばれたらと妄想する。その相手が二次元だからって、絶対叶わないからって、否定されるのはおかしい。結ばれることが永遠になくたって、想いさえあればそれは恋だ。
あたしには、結ばれないから、届かないから、できる恋でもある。遠くかけ離れているから、触れ合うことはありえないから、めいっぱい心をこめて好きだと叫べる。身近な人よりずっと、こんな恋のほうが幸せになれる。
常識や当たり前や普通で、あたしの幸せを決めつけないでほしい。結婚じゃない。セックスじゃない。必ず男の子、あるいは必ず女の子じゃない。
あたしは夢を見ている。春に綻ぶ花のような微笑を探している。しづ様。あたしはまた恋をしたいと思う。そう思えるあたしにしてくれて、本当にありがとう。あたしは確かにあなたの存在に救われている。だから、きっとまた恋ができる。
あたしに向かって微笑む人、必ずいつか見つけてみせる。この夢見る恋心に、そう誓うよ。
FIN