まとわりつくように
映画のようだった。じゃなければ、悪い夢だ。ぐるぐるぐると、甘ったるく、めまいのように巻きついてくる。
夏休みにかこつけ、受験勉強をすっぽかし、親友とハメをはずしてきた帰りの駅だった。向かいの一番ホームの自販機の陰に、ショートカットの女の子がしゃがみこんでいた。
この暑さの中、長袖やレッグウォーマーで黒と赤に染まった彼女は、地面に置いたリュックのストラップを握りしめ、天を仰いで口を開け、金魚のように苦しげに呼吸している。人が近づくとうつむき、きょろきょろしては、また天を向く。
完全に挙動不審だ。しかし、向こうのホームでは陰になっているので、誰にも気づかれていない。二番ホームのこちらからは、丸見えだが。
短い旋律が流れ、アナウンスがすべりこんできた。
『まもなく一番線ホームに電車が参ります。お客様は足元の白線より──』
彼女は顔をあげた。どんな顔かまでは分からない。俺はそんなに視力もよくなくて、表情なんてもっと分からない。
彼女はリュックに手を突っこむと、何かを取り出した。夕陽として残像する七月の陽射しが、銀色にきらめいたのは分かった。
素早く腕をまくった彼女は、木綿のように白い腕を露出させ、取り出したものでざくっと肌を──
目を見開いた。同時に、彼女の黒い瞳が瞳に刺さった。瞬間、電車がホームに舞いこみ、刹那つながった視線は切断される。
電車が去ると、彼女のすがたもなくなっていた。
あの電車に乗ったのだろう。
二番ホームに電車が来るまで、俺は動けなかった。
【第二章へ】