ロリポップ-3

彼女の部屋で

 恵里が作ったパスタは、和風の鶏肉パスタだった。緑のねぎが散りばめられ、好みの量の香ばしいトマトソースを生たまごと混ぜて食べる。ダイニングルームの四人がけのテーブルで、何度か食べたことのあるそれを向かい合っていただくことになる。
「渚樹、出かけてたね」
 たまごをよく混ぜろと言われたから、ぐちゃぐちゃと混ぜていると、頬杖をつく恵里はねぎをはじく。
「どこ行ったんだろ」
「友達のライヴって言ってた」
「あの子、あたしより透望に懐いてるよね」
「もう、姉と弟で仲良くする歳じゃねえだろ」
「そうだけどさ」
「心配なら夜這いでもかけたら」
「死ね」
 俺は無視して、ソースが絡んだパスタをスプーンの上で巻き、フォークを口に運ぶ。恵里の料理はあたりはずれがあるが、今回は初めてのものでないせいか、うまかった。しかし、わざわざ褒めることはせず、黙々と食する。
 恵里も頬杖をほどくと、会話をあきらめて食事に没頭した。
「そういえば」
 パスタがなくなってきた頃、俺は皿に残った赤いトマトソースで思い出したことに口を開く。
「俺、昨日真悟と遊んだんだけど。帰りに変な女見た」
「変」
「格好がすげえゴスってて、駅のホームで腕切ってた」
「は?」
「何つうの、リストカット? いや、腕だから……まあいいや、とにかく自分で自分の腕切ってたんだよ。一瞬目が合ってさ、気持ち悪くて」
 恵里はパスタを頬張り、ゆっくり飲みこむ。
「食事中の話じゃないね」
「あー、トマトが赤かったから思い出した」
「……で、どうしたの?」
「電車に乗って、行っちまった。自殺しにいったのかな。気味悪い」
「リスカするようなのが自殺するわけないでしょ」
「そうか?」
「あんなのただの自己陶酔。可哀想って思われたいだけ」
「可哀想とは思わないけど。気持ち悪い」
「言ってあげたらよかったじゃない」
「向こう側のホームだったんだよ。つか、怖くて言えねえし」
「まあ、理解できないよね。自分の軆に傷残して、あとでいろいろ困るのは自分なのに」
 肩をすくめた恵里は、四分の一ぐらい残っているパスタをフォークに巻きつける。
 完食した俺は、麦茶でトマトと鶏肉の味と香りを一掃し、「うまかったよ」とやっと褒めた。俺を上目遣いで瞥視した恵里は、「顔で分かる」とかわいくない返事をした。
 それでも、恵里の部屋に行けば、彼女の軆をかわいがることになる。クーラーのきいた部屋のドアをしめると、後ろから恵里を抱きしめる。外を歩いてきたせいで俺は汗を残していたが、恵里はシャンプーとボディソープの香りがした。
 柔らかな線を服越しに指でたどり、彼女の首筋に舌を這わせる。恵里は声をもらし、「いきなりは反則でしょ」と俺の腕の中で軆を返し、強気な瞳を刺してくる。俺は意に介さず笑って、今度はグロスが艶やかな唇を攻めた。
 舌は一瞬トマトの味がしたけど、すぐに唾液があふれる。胸をまさぐっていた手を下降させ、スカートの中に忍びこませる。「もう」と唇をちぎった恵里は、少し笑い出しながら軆を離す。
「透望って、痴漢みたいだよ」
「男はみんな変態なんです」
「黙ってればおとなしそうなのに」
「そうかな」
「おくてっぽい」
「褒めてないな」と俺は部屋の右手にあるベッドに恵里を押し倒した。浅葱色のシーツの上で、恵里の髪が艶々と川になる。俺もベッドに乗ると、スプリングがぎしっとうめいた。
 再度、恵里に口づけると、彼女も俺の首に腕をまわしてくる。
 服を脱いではフローリングへ蹴散らし、俺も恵里も絡み合う中ではだかになった。モデル体型の恵里は、ボリュームのある軆とは言えないが、全体的にすらりとしている。特に運動に腰を入れたことがない俺も、筋肉質とは言えずとも、贅肉があるほどではない。
 日に焼けていない乳房を口で愛撫しながら、右手を秘部に伸ばす。濡れていた。「いやらし」とささやくと、「そっちこそ」と先走る欲望をつかまれる。ぴくっと快感が腰を抜け、それに流されないよう歯を食いしばる。
「……ゴム、残ってる?」
 そう問いながら、ベッドスタンドの宝石箱を開けた。オルゴールが聴いたことのある旋律を奏でる。いつも、ここに適量を隠しているのだが──
「ないな」
「じゃあ、つくえの引き出しにあるかも」
「今日、やばい日?」
「大丈夫と思うけど……何、生?」
「うん」
「中に出さないでよね」
「顔にかけていい?」
「殺すよ」
 俺は喉で笑って、指で慣らしたそこに、硬く成長した性器をすべりこませた。ぬるりと熱い快感が直接まといついて、思わず呼吸が乱れる。
 俺は自慢できるほどの数の女と交わってきたわけではないけれど、恵里の内部は良質なほうだと思う。深くつらぬくときゅっと締まり、抜き差しすると切ないぐらいに吸いついてくる。
 こぼれる恵里の喘ぎが小刻みになるほど、俺の動きも激しくなる。そして、やばいと思った瞬間に引き抜き、一気に恵里の白い太腿を穢した。
「……ねえ、透望」
 しばらく俺の腕まくらに虚脱していた恵里が、身動きして俺の軆に指を伝わせる。微熱がくすぐったい。
「んー」
「ほんとは、勝手に話しちゃいけないんだろうけど」
「じゃあ話すなよ」
「こないだ渚樹に告白されたの」
「はー?」
「『俺はゲイだから』って」
 俺はシャンプーの香る恵里の髪をいじりながら、伏目になっている彼女に横目をした。
「ゲイと言いますと」
「知らないの?」
「知ってるけど」
「何か……どう受け取ったらいいのかな」
「おじさんとおばさんは」
「おかあさんたちには言ってないみたい。あたしにだけ、知っておいてほしいって」
「懐かれてんじゃん」
 恵里は俺を空目で睨むと、寝返りを打って俺に背を向けた。俺は息をつき、柔らかくて細い彼女の背中をおおう。
「理解してやれないの?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、受け入れりゃいいじゃん」
「………、うん」
 恵里の口調は、納得いかない歯切れの悪いものだった。
 こいつブラコン気味だからな、と内心思う。渚樹は特にシスコンではないが、恵里はよく渚樹を気にかけている。さっき、渚樹が自分より俺に懐いていると愚痴ったりしたように──あまり、自覚はしていないようだが。
「やっぱショック?」
「ショックっていうか……」
「いまどき、ゲイなんてめずらしくないと思いますけどね」
「透望は他人だからあっさり流せるんだよ」
「お前が婿取ればいいだろ」
「そういうんじゃなくて」
「じゃあ、何だよ」
 恵里は俺の腕をほどき、「もういい」と起き上がろうとした。俺はまたため息を吐くと、「メーグちゃん」と彼女の日焼けしかけた細い腕を引っ張って、胸にぱたんと倒させる。
「俺は隠されてるよりいいと思うよ」
「……そうかな」
「メグには本来の自分を知っててほしかったってことだろ」
「ん、……うん」
「メグが受け入れてやらなかったら、渚樹、両親に対してもっとつらい想いすることになるんだぜ」
 恵里は俺の胸に頬を預けて、睫毛を伏せた。俺は血管のように絡みつく恵里の髪を撫でる。「がんばってみる」と恵里はつぶやいた。俺はその頭をぽんぽんとしてやると、しばらく空に視線を泳がせた。
 顔見知りとはいえ、軽薄な想いでつきあっている女の子の両親に会うのは、気が重い。そんなわけで、恵里の両親が帰宅する十七時前に彼女の家はあとにした。
 外はまだ明るい青空で、騒がしくボールで遊ぶ子供たちや、犬の散歩をしている人とすれちがう。太陽は日中の激しさはかたむけつつも、アスファルトが余熱を燻らせていた。どこからか夕飯の匂いがしている。
 駅前に出て電車に乗ると、冷房じゃ追いつかない人いきれの中で、笑えるぐらいにほとんどの人間がケータイをいじっている。じゃなかったら、集団でバカ笑いだ。椅子に座れず、ドアにもたれる俺も例にもれず、手持ち無沙汰をケータイでつぶす。
 真悟からメールが来ていた。
『二十五日同伴ないから、夜こっち来いよ。』
 かなり美形の真悟は、十七のときから、年齢を偽ってホストのバイトをしている。学校よりバイトのほうが大事なようで、あいつは授業中は寝てばかりだ。ただでさえあんまり頭のよくない俺のノートで、試験前だけバイトをひかえる。それでも、というか、やっぱり成績は芳しくない生徒で、しょっちゅう教師に金髪に近い茶髪やピアスを注意されている。
 恵里とは別に次に会う日とか決めてなかったよな、とひとりで確認すると、『了解。彼女はいいのか?』と返信した。
 ケータイサイトを見ていると、メールが来る。
舞子まいことは今日別れた。』
 真悟は、ものすごいサイクルで女をたらしてもいる。一週間持ったらいいほうだ。
 自虐的だよなあと思いつつ、最寄り駅が近づいてきたので急いで返事を打つ。
『OK。じゃあ、あさって駅でな。』
 駅とは、真悟の地元のでかい駅だ。ぶらぶらするにはもってこいの都会で、映画館やらショップやらが密集し、真悟とはいつもそこで遊んでいる。
 家に帰りついても、空は依然として明るかった。蝉の声がマンションに反響している。402号室にたどりつくと、俺は鍵を開けてドアを押した。

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