仕事
弓弦の性に合う仕事の模索は、仲介や斡旋に絞られていった。それは取引だったり、売春だったり、もっとやばいことだったりした。“誰か”探しもあって広がった顔と、要領のよさで権力者にも気に入られた立場を利用した商売だ。
「何かすごいな」とそのへんの店で会ったとき言うと、テーブルをはさんで正面にいる弓弦は、「いまさら堅気の仕事できないしな」と肩をすくめた。
「かといって、どっかに属すのもやだし。つかず離れずはやってるけど」
肩にもたれて眠る水香がずり落ちかけて、俺は彼女の体勢を正す。
「俺はこれで食うしかない。この仕事とコンビニ店員だったら、あとのが自己嫌悪になるしな」
水香の伸びた髪を指に絡める。
俺もいずれは何かで稼き、それで食っているのだろう。憂鬱だ。自分にできるものが思い当たらない。俺も堅気の仕事はできないと思う。そして、かといって弓弦のような知能犯的職業も無理だ。
「あのさ」
「ん」
「俺って、どんな仕事ができると思う」
「ほう」と弓弦はおもしろがる目で俺を見た。
「働きたいの」
「いや、まあ、ずっと盗みで暮らすのもさ」
俺の顔をまじまじとして、弓弦はコーヒーカップを置いた。
「男娼とか」
「は?」
「男娼。お前いけると思うぜ。かわいい顔のくせにぜんぜん男っぽいしな。ギャップっつうんですか」
「………、売春って頭いるじゃん」
「いりますね」
「俺、バカだよ」
「んなことないって。お前のなかなか心を開かないっていうのも、売春向きだぜ。情に流されない。微妙なんだよな。深くなるのに遠くなきゃいけない」
「男娼って、相手、男じゃなかったか」
「男だよ」
「俺、ストレートだぜ」
「男娼はストレートのが都合がいいんだよ。ゲイは男に好みが出る。その点、ストレートは同性に好みも何もない」
「男娼って、みんなストレートなのか」
「ゲイもいる。ストレートも少なくない。金目当てなら男と寝る奴。売り専だな」
「……はあ」
ため息のように言って、背凭れによりかかる。
男娼。売り専。俺は同性愛に対し、ほかがやるのはよくても自分は嫌だ、とかいう抵抗はない。ストレートという素質ゆえ応えられなくても、向こうが好いてくるのは勝手だ。そういう奴に、金のためという冷めた理由でオカマを掘られるのなら、わりと平気かもしれない。
──結局、俺はのちに男娼という職業に就く。傷をなげうっても働かなくてはなくなったとき、その職に踏みこめたのは、自分には男娼という選択肢がある、と心構えできていたせいかもしれない。このときの会話がなければ、俺はいざというときも、ビビってほかの職業に妥協していただろう。
仕事を始めた弓弦はいそがしくなり、水香とふたりで過ごす時間が増えた。冬が深まり、空気が冷えこみはじめていた。はぐれないためと寒いため、俺と水香は手をつないで街を歩く。繁華街は周囲が一段と騒がしくなる代わりに、人いきれで寒さがやわらぐ。
「弓弦くんに会えなくて寂しくない?」と訊かれ、「さあね」とはぐらかす。
「あんたは働いたりしないんだね」
「働いてほしい?」
水香は揺蕩うため息をつく。彼女としては、俺が仕事をすると生まれる、ひとりの時間が愁いなのだろう。
俺は彼女に弓弦に男娼を勧められたのを話す。水香は笑い、「おもしろいじゃない」と言う。
「やってみれば」
つい複雑になる。彼女は俺がほかの奴とやっても平気なのか。俺の様子を察すると、水香はどこか寂しそうに咲った。
「あたしじゃ、あんたを気持ちよくしてあげられないしね」
水香を見た。電燈や熱気に紛れそうになりつつも、息は白く息づいている。つないでいる手を除けば、全身が冷えこんでいる。
「してもいいよ。あたし、待ってるし」
水香の手を握りしめると、「ひとりにしておけるか」とぞんざいに言った。水香は俺を見つめ、少し咲った。
いまだ俺は童貞だったけど、水香以外の人間ではダメなことは分かっていた。肉体的な快感はともかく、精神的にも俺を満たすのは水香ひとりだ。
俺はとっくに水香を抱いてよくなっていた。彼女とだったら、肌を触れ合わせるのも怖くない。水香が俺との肉体関係をどう思っているかは謎だった。様子に変化はなかったので、たぶん、まだ怖がっているのだろうか。
俺がしたくないのは、水香を無理やり抱くことだった。水香が軆を許す素振りをしない限り、抱きたくはない。自分の欲望より、そっちのほうが大切だった。
夏の始めに出逢って、すぐに気持ちを疎通させて、俺と水香は本当に軆を重ねるのを躊躇いつづけた。おくてでも純情でもない。それぞれの精神のひずみがどうしようもなくそうさせていた。
永久にそうであったわけではない。いまどきのガキにしては逡巡しまくって、俺と水香が関係したのは、出逢って約半年後だった。
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