スノードーム-4

最後の役目

 数日後、私は例によってサークルに寄ろうとした誓くんをつかまえた。「友達が誓くんと話したいって言ってて」と言うと、誓くんも意外だったのか目を開いたけど、「何か期待されても話すしかできないよ?」と返された。思いっきりデートを期待されているわけだけども、そこは伏せておく。とにもかくにも、純奈を誓くんに会わせるのだ。「それでいいから、あの子の名前ぐらい訊いてあげて」と私が押すと、誓くんは困った様子を見せたものの、最後には「分かった、会ってみるよ」と承知してくれた。
 橋渡しがスムーズにいくように、私と連絡先も交換してくれた。いきなり誓くんと純奈をつないでも、ほぼ他人なのだから、最初の連絡だけは私があいだにいたほうがいいだろう。
「日時とかあの子に訊いておくね」とてきぱき言うと、「実鞠ちゃんってほんと友達想いだよなー」と誓くんは微笑する。私は誓くんを見上げて、「あの子のこと、面倒だなあとかけっこう思うよ?」とぶっちゃけると、誓くんは噴き出して「いい感じだな」と何やらつぶやいて、「連絡待ってるよ」と残してプレハブのほうに歩いていった。
 いい感じ。何が? 私は首をかしげたものの、まあいいか、とカフェでそわそわしているだろう純奈に連絡するため、スマホを取り出した。
『チカイくん、会ってくれるそうだから、場所と時間決めて。
 それを伝えるまでは手伝う。』
 私がそんなメッセを送ると、気が狂ったようなスタ爆が来たので、私はいったんスマホをサイレントにしておいて、カフェにおもむいた。
 大型連休が近づき、もうじき五月になる。桜はすっかり葉桜になり、春の穏やかな陽気は先日の嵐のような春雨が奪った。晴天の気温が上がって、風はさわやかでもだいぶ暑くなってきた。まだ長袖だけど、そろそろ半袖に軽く羽織るとかでもいいかも。
 そんなことを思いつつ到着したカフェでは、純奈がスマホを見つめていた。まだスタンプ連打してるのかな、と思いつつ私はカフェモカとチーズタルトをテイクアウトする。
「純奈」と声をかけながら向かいの席に腰かけると、純奈はぱっと顔をあげて「既読は?」と真っ先に言った。「先にこっち来た」と私は流しておいて、涼しい程度にエアコンのきいた店内にふうっと息をつく。
「誓くん、マジ?」
「嘘を報告してもしょうがないでしょ」
「そうだよね。うわあ、あー、緊張してきた」
「誓くん優しい男の子だから大丈夫だよ」
「でも、何か、ちゃんと話せるかなあ。言えるかなあ。デートとか」
「ハードル高かったら、まず話せるようになって、それからデート誘えば?」
「なるほど。そういうテクもあるか」
「テクってほどでも」
「えー、デートどこ行く?」
「私に訊いてもね」
「あたしが考えるべき? 男の子が考えてくれるの?」
「本人に訊いて」
「誓くんと、あー、どきどきする。やばい。今なら幸せなまま死ねる。死にたい。今死んでもいいくらい幸せ」
 私は肩をすくめて言わせておき、チーズタルトを切り分けて口に運ぶ。しっとり冷えていておいしい。
「デートするってなったら、連休のうちに行くほうがいいのかなあ」
「たぶんそうじゃない?」
「じゃ、けっこう早く会って話さなきゃだ。よし、明日! ……は、どうでしょうか」
「明日の何時くらい? どこに呼び出す?」
「そんな、さくさく進めないでよ。心が追いつかないよ」
「あんまり後日にすると誓くんも冷めると思うよ」
「それは、今は誓くんが熱されているということなの? そういうことなの?」
「分かんないけど、純奈と会う気になってくれてるのは確かだよ」
「そ、そっか。分かった。明日、大学の門で、十七時はどうですか」
「伝えておく」
「うあああ、伝わっちゃうよお。明日、誓くんと話ができちゃうよお。たぶん妄想でしか話したことないかも」
「ちなみに、私はこのカフェで待ってたほうがいいの? 先に地元帰る?」
「え、待っててくれるでしょ、普通に」
「……そうですか」
「実鞠に一番に報告しなきゃじゃん」
「気は遣わなくていいけど」
「遣うよっ。ここまで来れたのは、全部実鞠のおかげだよ。ここがあたしの部屋なら、土下座してお礼言ってるよ」
「それは遠慮するかな……」
「ほんとにありがとねっ。あたし、頑張るから!」
「ん。頑張れ」
 そう言って、私はカフェモカに息を吹きつけてからひと口すする。今までに較べたら、純奈が積極的でありがたい。小学校のときからかえりみたら、最も積極的だ。頑張れよ、と内心でも応援して、あわよくば誓くんがデートに応じてくれることも祈った。
 その夜に誓くんに純奈の指定した日時をメッセで伝えておくと、『了解。』とあっさりした返事が来た。男子のメッセってこんなもんかと思いつつ、私は仕上げに誓くんの了解を純奈にメッセしておいた。
『よかった! ほんとにありがとう!!』
 純奈のそんな返事を見つめて、これで誓くんと接するのも最後かもなあなんて思う。せっかく連絡先も交換したところだけど、仕方ないか。最初から、すべて、純奈と誓くんをつなぐためだったのだから。
 翌日、例によってのカフェで、今年初めてアイスでカフェラテをテイクアウトした。それをゆっくり飲んで、外の熱気にあてられた軆を冷ましながら、スマホで適当にSNSなんかをいじっていた。
 十七時という時刻に気づいたときには、私まで何だかどきどきしてしまった。今頃、純奈と誓くんは話をしているのか。うまくいくかなあとそわそわしつつ、溶けた氷で薄くなったカフェラテの残りをストローで吸っていたときだ。
「いらっしゃいませ」という店員の声でちらりと入口を見た私は、ん、と無意識に猫背になっていた背筋を伸ばす。カフェに入ってきたのが、純奈だったのだ。
 誓くんと楽しく話せたとか、デートを勝ち取ったとかなら、純奈は満面の笑顔だったと思う。けれど、何やら深刻な面持ちをしていて、上の空という感じでカウンターでドリンクを注文している。私は眉を寄せ、ダメだったのかな、と感じ取りながらも、純奈が向かいの席に着くまでを待った。
「純奈……?」
 泣くかな、と不安だったものの、私は目の前で思いつめている親友の名前をそっと呼んでみた。すると、純奈はそろそろと顔をあげて、開口一番を発した。
「ごめんなさいっ!」
 ぽかんと純奈を見つめる。謝られる心当たりが、何もなかった。だから黙りこくってしまっていると、純奈は私の表情を窺って弱々しく咲う。
「デートね、してもらえることになったんだけど」
「ほんとに!? 何だ、びっくりし──」
「ダブルデート、ということになりました」
 は?
 言われた意味が分からずにいる私に、「だってねっ」と純奈が言い訳を開始する。
「誓くん、デートとかそういう気にはどうしてもなれないって言って」
「それは私も聞いた」
「でも、あたしは誓くんに近づきたいし、仲良くなりたいし、もっと知ったりしたいの」
「はい」
「だから、お休みの日にも会えるような感じになって、話とかたくさんしたいって言ったの」
「話ね」
「それに、そのうち考えてくれることなら、あたしは考えてもらえるときに自分のこと誓くんに知っててほしいし」
「はあ」
「とにかく、何というか、会いたいって言ったの。ゆっくり会いたいって」
「まあ、頑張ったよね」
「頑張った! そしたら、誓くんがふたりきりで会うにはあたしのこと知らなすぎるから、実鞠も一緒ならいいよって」
「は……はあ!?」
「あと、一応誓くんの友達をひとり適当に連れてくるそうなので。それでダブルデート!」
 待って、それはダブルデートじゃない。誓くんと純奈はデートかもしれなくても、私と連れられてくる誓くんの友達はすさまじい他人だよ。その子と何を話しておけばいいのかも分からない。
「あのねえ、純奈」
「お願いっ。そのときは適当にはぐれて、あたしと誓くんをふたりきりにしてくれたらいいから」
 もっと困る奴だよ。私と誓くんの友達、ふたりきりにされたら気まずいどころではない。何なら、その場でお先に解散するかも。
「ねえ、ほんとお願い! 誓くんには、実鞠ならOKしてくれるって言っちゃったし」
「言ったの? 私の意思は無視?」
「無視というか。だって、協力してくれるよね?」
「……あのね、少し誓くんを察してあげなよ」
「察する」
「今は考えられないっていうのは、たぶん本当なんだから、そこに踏みこむのは良くない」
「でも」
「無理やりデートにこぎつけるなんて、逆にイメージ悪いから」
「そうなの?」
「そうだよ! だって、よく知らないって言われたんだよね? 純奈は、よく知らない男の子にデートの約束を無理に取りつけられたらどう?」
「怖い……」
「そうだね。怖いね。自己中レベルが怖い」
「えええ……あたし、もしかして失敗した? やらかした?」
 私が何とも答えずに額を抑えていると、テーブルに置いていたスマホが震えた。スマホを手に取ると、誓くんからのメッセだったのでぎくりとする。
 純奈はしゅんとしているし、私はトークルームに飛んでそのメッセを確認した。
『友達の子と話したよ。
 何か一生懸命な子だな。
 みまりちゃんが迷惑じゃなかったら、俺の友達も混ぜて遊びにいこう。
 ちゃんとおもしろい奴連れていくから。』
 私はそのメッセを何度か読み返し、ふーっと息をつくと、「純奈」と読んでそのメッセを見せた。純奈は私のスマホの画面を覗きこみ、「でも実鞠は迷惑なんでしょ」と泣き崩れる。私は頬杖をついて、『チカイくんは迷惑じゃないの?』と率直に質問を送信した。すぐに既読がついて、返信が来る。
『ふたりで会うのは気が重いけど。
 四人なら友達と遊ぶ感覚だろうから、俺は大丈夫。』
 誓くん、まったく、君は優しいな。でも、誓くんが迷惑じゃないというのなら、ここで私がふたりの接近を邪魔するのもよくないのか。ぜんぜん知らない男の子と連携して、誓くんと純奈をふたりきりにするのは面倒だけど。ここで純奈を突き放したら、私が今まで頑張って誓くんに話しかけてきたのも水の泡だ。
「純奈」
「……ううー」
「私は誓くんの友達と仲良くなる気はないから」
「それは分かってる……」
「だから、誓くんと純奈をふたりきりにしたら、私とその子は先に帰っていいよね?」
 純奈が顔をあげる。本気で涙で目が赤い。
「実鞠……」
「だから、ダブルデートっていうか、誓くんと純奈を送り出すだけ。それなら協力する」
「ほんと?」
「うん。誓くんは四人で遊ぶつもりだろうけど、そこは純奈が自分でフォローしてふたりで遊んでもらいなさい」
「あ……ありがとう、実鞠っ。あたし、何とかイメージ挽回してくるわ」
「頑張れ。で、どこ行くとかは決まってるの? 話をするって言ってたし、とりあえずカフェでお茶とか」
「隣町の遊園地ははぐれやすいかなあって」
「遊園地。ふうん。ま、私はどこでもいいけど」
「よしっ。遊園地でいいや。誓くんに夜に訊いてみる」
「あ、連絡先交換できたんだ」
「うん。これからは、なるべく自分で誓くんにいろいろ訊くねっ。メッセなら気が楽だし。あんまり追撃はしないようにするけど」
 純奈はそう言って笑顔になり、ころころいそがしいなあと私は肩をすくめる。純奈と誓くん、ひとまず連絡先はつながったのか。いよいよ、私の気苦労も減るというものだ。

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