ダブルデート
順調に予定は決まって、連休後半の突き抜ける青空が広がった日、私は純奈と共に隣町の遊園地最寄り駅に向かった。そこからバスに乗ったら、途中で遊園地前のバス停がある。誓くん、そして誓くんが連れてきた友達の晃浩くんとは、改札を抜けた遊園地最寄り駅で合流した。
晃浩くんは柔らかそうな髪を茶髪にして、猫っぽい目元がちょっとかわいい感じの男の子だった。にこにこと私にも純奈にも話しかけてきて雰囲気も悪くない。無口な子だったら連携がつらいなと思っていたので、内心ほっとした。
日射しがかなり強くて、私は思い切って半袖のTシャツにしたけど、純奈は紫外線を気にしてオフホワイトのカーディガンを羽織っている。ジーンズの誓くんはいつもと変わらない感じで、晃浩くんは大きめのボーダーシャツが良い意味でルーズだ。そんな四人で挨拶を交わしていると、目的のバスがやってきた。
バスはけっこう混んでいて、やや車内が蒸し暑いほどだった。でも、座れなくて座席に悩む必要がなかったのは、逆によかったかもしれない。連休最終日にみんなどこ行くんだろうとバスの混み具合に思っていたら、だいたいの人が遊園地前のバス停で降りた。
遊園地専用の駐車場沿いを抜け、目的地までの軽い山道を歩く。「バス息詰まったなー」と伸びをした晃浩くんに、「みんなここで降りたな」と誓くんも苦笑する。
純奈があんまりしゃべらなくて、「大丈夫?」と小さく声をかけると、「何話せばいいのか分からない」と見開いた目が返ってきた。どうやら、緊張で頭が機能停止中らしい。「話がしたくてこのデートなんでしょ」と小声で励ましていると、「ふたり、この遊園地たまに来るの?」と急に晃浩くんが振り返ってきた。
「えっ? あ──私は中学のとき以来かも」
「そうなんだ。純奈ちゃんも?」
屈託ない晃浩くんの問いに、「あ、あたしは」と純奈は意識的に誓くんのほうには顔を向けずに答える。顔を見れないくらい脳がゆだっているのは分かるけど、感じが悪いのはこそっと言わないといけない。
「中学の……卒業したとき? かな?」
「卒業記念?」
「そう。実鞠も一緒だったよね」
「そうだね。私もあれが最後」
「ふたり、つきあいは中学からなの?」
「小学校かな」と私が答えると、「へえ」と晃浩くんはまばたきをして、「もう幼なじみだね」とにっこりと続けた。幼なじみ。その言葉につい誓くんを見たけど、誓くんは楽しげな周りの家族連れやカップルを眺めていて、斜め後ろの角度からでは表情は見取れなかった。
周囲に流され、ぱあっと明るく森が開けた門までたどりついた。山を切りひらいて作られた遊園地なので、規模はけっこう大きくて、大きな観覧車や曲がりくねるジェットコースターがここからでも望める。子供の歓声やはしゃぐ笑い声が届き、子供の頃はここに来ると無条件にわくわくしたなあなんて思う。
今は、というか、今日は、どういうタイミングで純奈と誓くんをふたりにするか、そればかり考えてしまうけど。やはり強引にでもふたりをアトラクションに乗せて、その隙に消えるべきかな。
そういえば、晃浩くんは今日のカップリングは分かっているのだろうか。ちらりと視線を送ると、ちょうど晃浩くんと視線が合って、何やらにこっとされた。どうやら、分かっている人ではあるようだ。
山の中なので空気も涼しく澄んでいる中、私たちは入園料をはらって門を抜け、声や音がはじける敷地内に入った。
予想より子供たちが多くて騒がしかったけれど、広々した園内なので歩くと人とぶつかるような混雑ではなかった。風船を持った着ぐるみ、スイーツやドリンクを販売する車、おみやげの小物が並ぶショップ、アトラクションだけじゃなく、いろんなものがカラフルににぎわっている。
入園のときにもらった案内を広げて、「何乗る?」と訊いてきた晃浩くんに、私は純奈を見たあと、「あんまり酔ったりしない奴かな」と一応答える。
「じゃあ絶叫系?」
首をかしげた晃浩くんに、「純奈はそういうほうがいいよね?」と私が問うと、「えっ」と純奈はこちらを見る。
「え、えーと、」
言葉に詰まる純奈に、今日は誓くんとふたりで観覧車とかがいいのか、と察する。でも実際、純奈ってそういうのに乗ると酔いやすかったはずだ。そもそも、そんな判断能力がかちこちの状態で、誓くんとふたりきりになれるのかな。
「希望あれば言ってね」と晃浩くんがまとめ役になってくれているのは、正直ありがたい。
「誓は何か乗りたいのある?」
「おばけ屋敷あるかなー」
「こんだけ広いならあるんじゃね」
「怖くなさそうだったら入る」
「怖そうだったら入らないのかっこ悪いわ」
そんな話をするふたりに、おばけ屋敷ははぐれやすいかもしれないけど、一発目からはぐれてよいものか悩む。私がそんな思索を巡らす隣で、純奈はまばたきも少なくなるほど故障していけれど、急に私の腕にすがって「頭ぐちゃってなってきた」とささやいてくる。
「え、ぐちゃって」
「誓くんがめちゃくちゃそばにいて、全部真っ白だよ。話したかったことも思い出せない」
「ええと、このあとふたりきりになるんだよね?」
「やっぱ、このまま四人で……」
「あのね、毎回デートは四人じゃないんだよ? これからもデートしたいわけでしょ?」
純奈が泣きそうな声を出すと、「どうしたの?」と晃浩くんがきょとんと振り返ってくる。「いえいえっ」とそれには私が対応しておいて、早くふたりきりにして純奈の尻込みを後押ししたほうがいいなと即断した。
何だかんだ、誓くんとふたりきりにさえなれば、思い切ってデートに誘えたくらい話ができるのだ。私と晃浩くんが見守っている必要はない。
そのあといくつかアトラクションを四人でまわり、案の定、純奈が悪酔いしたようなので、男の子ふたりに飲み物を買いにいってもらった。夢色のメロディを流すメリーゴーラウンドのそばのベンチに並んで腰かけ、ふたりがいったん見えなくなると、純奈は顔を覆って深すぎるため息をついた。
「……大丈夫?」
「吐く。遊園地来ると、吐く自分を忘れてたわ」
「今のうちに吐きますか」
「吐いたにおいがついたらやだ。我慢する」
「無理はしないでよね」
「てか、誓くんかっこいいなー。ほんともう……かっこいいなー」
「ほとんどしゃべってないじゃない」
「見てるだけだった人と、そんな、しゃべれないよ」
「デート誘ったくらいなのに。というか、露骨に誓くんから目をそらしてるのをやめなさい」
「まぶしくて直視できないよ! 恥ずかしい……」
「どうやってデート誘ったのか、謎になってくるんだけど」
「あのときは、まあ、……必死だった」
「また必死になってよ」
「実鞠と晃浩くんもいるのに、あからさまになれないよ」
「もうはぐれたほうがよくない? そのほうがなりふり構わなくなれるんでしょ」
「言い方」
「違うの?」
「まあ、そうかも……しれない」
「じゃあ、今からはぐれるよ」
「はっ?」
「晃浩くんつかまえて、誓くんだけ戻ってくるようにする。そこからはひとりで頑張りなさい」
「え、え、でも。そのあと実鞠はどうするの?」
「帰るよ」
「遊園地にはいてよっ」
「私と晃浩くんがふたりで遊ぶのは、ちょっとよく分からないというか」
「ヘルプ出したいときどうするんだよお」
「デートでヘルプは出せません」
「うう、吐きたい。マジでもう、今は吐くしか分からない」
そう言って純奈はふたつ折りになって、私までため息をついてしまう。誓くんをデートに誘って、純奈にしては頑張ったなあと見直していたけど、そのデートがこの有様だとまたあきれてくる。これって保護者同伴みたいな状況だよね、と感じ、やっぱりデートに保護者なんていらないよなと思う。
よし、とひとりうなずいた私は、「とりあえず、誓くんだけこっちに仕向けるから」とベンチを立ち上がった。「ええっ」と純奈は顔を上げ、「見捨てるなよお」と私の腕をつかもうとする。それをかわすと、「もっと誓くんのオーラに慣れなさい」と私は純奈の涙目を見据えて言って、誓くんと晃浩くんが紛れていった方向へと歩き出した。背後の純奈の名状しがたい声は、吐いているわけではなさそうなので無視するしかない。
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