本音の末に
ひとり納得していると、「あそこって何が売ってるんだろ」と誓くんが手を引っ張ってきて、連れていかれたのはこの遊園地限定のおみやげが揃ったショップだった。
「あー、なるほど。あのうさぎの着ぐるみのグッズか」
ショップを覗いた誓くんは、納得して並んだおみやげを眺める。私も一緒にキーホルダーやマスコットを見てまわる。
その中に無造作に置かれていた、例のうさぎとジェットコースターがおさまったスノードームを手に取り、深い意味もなく引っくり返したあとに元に戻した。きらきらと雪のように、銀色のラメが底へと降りしきる。
「何?」と誓くんもそれを覗きこんで、「こういうの無駄に引っくり返したくなる」と私が言うと噴き出した。
「砂時計とかも?」
「あ、絶対引っくり返す」
「はは、意外と子供っぽいね」
「悪かったですね」
「何かおみやげ買ってあげようかって言いたいけど、こんなファンシーなうさぎいる?」
「いいよ。いらないよ」
「だよなー。あー、けど、これ確かに綺麗だな」
そう言って、誓くんもスノードームを手にして、引っくり返す。その手の中でひらひらひるがえってきらめく、こまやかな白銀の光を見つめる。何でほんとは何か買って記念にしたいな、とかそんなことを思うのだろうと、霞がかかるようにぼうっと思った。
その日、結局私は、誓くんとふたりで過ごした。広い遊園地であるおかげか、純奈と晃浩くんには鉢合わせなかったけど、途中で私のスマホに着信が溜まっているのには気づいた。純奈だよね、もちろん。それは承知していて、スマホが震えるたびに怖くなったものの、今日は誓くんと過ごそうと決めた。
純奈は親友だ。でも、誓くんだって友達だし。別に、私が誓くんと過ごして悪いということはない。そう思うようにした。
「純奈ちゃんにはさ、俺からも言っとくよ」
日が暮れはじめて空が茜色に染まる頃、バスの座席に座って誓くんは言った。遊園地を出たときに、どちらからともなく手は離した。それでも、肩幅とかちゃんと男の子だなとバスの狭い座席で思っていた私は、はたと誓くんを見る。
「俺が晃浩に気を遣って、実鞠ちゃんを連れまわしたって」
「……でも」
「というか、実鞠ちゃんにとっては実際そうだろ」
私は誓くんを見つめ、そうなんだけど、と言いたくても何だか言えない。純奈より誓くんを選んだのは、私でもある。「けどさ」と誓くんは言い添えた。
「純奈ちゃんには、自分で行動するように言ってやれよな。そうしないと、やっぱ伝わってこないよ」
そうだ。誓くんはそれを私に、そして純奈に教えるために、今日一日をデートの真似事みたいなことに使ってくれたのだ。
この人が好きなのは、あの幼なじみの女の子。今までの純奈の好きな人みたいに、私が気になっているとかはない。
「分かった」とうなずくと、誓くんは私の頭をぽんとした。
ひとり電車に揺られて、薄暗くなってきた道を帰宅した。親には夕ごはんは食べてきたと嘘をついて、シャワーを浴びると、部屋のベッドでぼんやりした。シーツにごろんと横たわり、誓くんのことばっかり考えちゃうなあ、とつないでいた右手を左手で包んだりしていると、ふと充電中のスマホが鳴った。
通話着信だ。私はスマホを手に取り、純奈からの着信だと認める。やはり気が重くなったものの、避けつづけられるわけでもない。観念して応答をタップした。「もしもし」と耳に手を当てると、『実鞠?』と予想より落ち着いた純奈の声が耳に届く。
「うん」
『もう家?』
「うん」
『……そっか。さっき、やっと実鞠が返信よこしたと思ったら、誓くんのメッセだったわ』
「……うん」
単調な相槌しか打てない。しばらく沈黙が流れた。たまに純奈は小さく息をついているから、発する言葉を整理しているみたいだ。私はそれを待つ。『何というか』と純奈は切り出した。
『実鞠って、誓くんのこと好きだったの? 晃浩くんはそう言ってたよ?』
「それは──誓くんに話しかけてたのは、いつも純奈じゃなくて私だったじゃない。だから、誓くんの友達はそう思ってるらしいよ」
『実鞠自身は? 誓くんのこと』
「嫌いじゃないよ。友達だし」
『友達』
「あの人、私にも純奈にも、気を遣ってくれただけだと思うよ。晃浩くんにも」
『………』
「ただ、自分で行動しない純奈からは、伝わってこないとは言ってた」
純奈は黙る。私は膝を抱え、「昔からいつも、純奈の好きな人には私が話しかけてたでしょ」と緊張する心臓を意識しながら言う。
「その中には、私が自分を好きなんだって勘違いする男の子もいた」
『……何、それ』
「別に、だからって私は揺れたりしなかったし、いつも『ごめんね』だったよ。でもさ、勇気が出ない代わりに私を使ってたって、純奈は自分で自分を失恋に追いこむだけなんだよ」
『っ……』
「あんまり言いたくなかったけど、ちゃんと打ち明けて、純奈が恋愛できるようにしてやれって誓くんにしかられた」
純奈は何秒か間を置いてから、『……誓くんは』と声を震わす。
「うん」
『実鞠のこと、好きなのかな』
「友達としてだろうけどね」
『あたしのことよりは、実鞠のことだよね』
「そうかもしれない」
重たいため息が聞こえて、『……失恋したかなあ』と純奈の滅入った口調がこぼれる。
「今は何も伝わってなくても、これから伝えたら? とりあえず、その誓くんのメッセに返信しときなよ」
『実鞠とは仲直りしたって言ってもいい?』
「仲直りしてくれるの?」
『あたしの台詞だわ。ずっとごめんね。実鞠に甘えてたね』
「いいよ。私も言わなかったのごめん。純奈に嫌われるとか思っちゃって」
『実鞠のこと嫌いになるとか、あたし生きていけないし』
「はは」とようやく私がほぐれて咲うと、『まあ』と純奈も口調も軽くする。
『晃浩くんも普通にいい子だったよ。つまんなかったとかは別になかった』
「純奈のこと気に入ったわけだし、頑張ったんでしょ」
『あたしのどこがいいのかなあ? ただ吐きそうになってただけだよね?』
「純奈はかわいいから」
『見た目かよ。あたし、男の子のルックスはかわいいよりかっこいい子がいいんだけど』
「晃浩くんが行動したとき、振る振らないは純奈が決めることだよ。自分で、考えていいんだよ」
『……うん。そうだね。考える』
ぽつりぽつりと話したのち、また明日から大学頑張ろうと締めて、私たちは通話を切った。
純奈のことだから、もっと熾烈に怒ってくるかと思ったけれど、誓くんのメッセがクッションにはなったのだろうか。それとも、怒りより茫然として、淡々としてしまったとか。分からないけど、わだかまりだったことを話して、純奈が受け入れてくれたのはよかった。
これで、私が純奈の想いを代理で男の子に伝える役目も終わったのだ。
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