結ばれた日
あともう少しで、高校二年生の夏休みが終わる。
大学は一緒のとこ行きたい。つきあいはじめて間もないある日、真冬が俺の手をつかんでそう言った日から、俺はけっこう必死に勉強している。
勉強は真冬が教えてくれる。真冬は、俺のところより偏差値の高い高校にひとりで通っている。
その日も昼からひとしきり勉強すると、真冬は俺に寄りかかって微睡んで、俺にさらさらの髪を撫でられるとしがみついてきた。
「深冬、今日もまだ帰ってこない?」
「うん。仁奈子ちゃんとデートじゃない?」
「いいなー、デート」
「映乃、デートとかしたいの?」
「そりゃしたいな」
「男同士のデートには腐女子の目が光るぞお」
「はは」
「……けど、俺も映乃と手つないで歩きたい」
「夏休み、一回くらい出かけようぜ」
「ん」
真冬は顔を上げ、俺の口元に口づける。俺はその真冬の肩を捕らえ、唇を重ねる。真冬は身を起こして舌を伸ばし、俺もそれに応えて水音が響く。
七月に較べてずいぶん減ったが、蝉の声がしている。クーラーが冷風を吐いているけれど軆はほてり、カーテン越しの白い陽射しが、飲みかけの麦茶のグラスをきらきら輝かせている。
真冬の耳から首筋をたどって、優しい匂いを吸いこんだ俺は、彼をフローリングに押し倒す。
「映乃」
「ん?」
真冬の色素の薄い髪を撫でる。蒼いくらいの肌、とろんとした瞳、淡い唇、輪郭は甘く、軆つきは華奢に骨ばっている。
「俺、映乃とつきあえて幸せだよ」
「うん」
「映乃は俺のものだって、誰かに自慢したい」
「自慢って」
「映乃はかっこいいから、女の子もいるんでしょ。告ってくるのとか」
「どうせ振るから。俺には真冬が一番だもん」
「ずっと?」
「ずっと」
「ゲイに生まれて、死にたい気持ちばっかだったけど、映乃がいてくれるならいいや」
「死ぬなよ」
「映乃もね」
俺たちは咲いあうと、再びキスをして、互いの軆をまさぐった。俺も真冬も汗ばんでいて、服を脱いで肌を舐めると軽い塩味がした。乳首に舌を絡めると、真冬は声をもらし、腰に当たるものが反応する。俺はそれをジーンズの上から撫で、真冬の背中を指先で伝って焦らしながら、キスを下降させていった。
「口でするよ」と言うと、真冬はわななきながらうなずき、俺はファスナーをおろして真冬のものを取り出す。そしてしごいた根元から舌で脈をなぞり、大きく口に含む。真冬がうわずった声を出し、その声に興奮してくるものを俺は自分でこすりながら、真冬に刺激を与えてそれを硬くさせていく。
真冬のベッドの下に隠してあるローションを手に取ると、自分の手と真冬の性器にとろりとこぼし、それでしごくと真冬の反応がいっそう乱れる。そうして前を気持ちよくさせながら、後ろのほうに指を伸ばしてほぐしていく。真冬は最初からあんまり痛がるほうじゃなかったし、それより俺を体内に感じるのが好きみたいだけど、それでも一応、柔らかくする。
俺に前と後ろをいじられて、真冬は吐く息を蕩かしながら切なく俺の名前を呼ぶ。俺は軆を起こしてゴムをつけると、真冬の耳を食んで「入れるよ?」と訊いた。真冬はこくこくとして、俺の首に腕をまわす。俺は真冬の腰を抱えあげ、ほぐしてひくつくそこに先走る自分を押しつけて、腰をぐっと突き立てた。
すると、真冬は俺を飲みこんで、うねりの中に巻きこんでしまう。俺は出そうになった声を真冬にキスをして伝えて、唾液を混ぜ返すように口づけあった。ゆっくり腰を使って、真冬の奥を突く。
真冬は熱くなった軆で息を切らし、口を抑えながらも喘ぐ。真冬の中を動くほど、俺は硬く腫れあがってこみあげてくる。頭がふわりとのぼせあがりそうな快感が湧き立ってくる。真冬の腰も動いて、「いきそう」と薄目をやっと開いて、俺を見つめてくる。
俺は真冬と肌を重ねると、強く真冬を突き上げた。お互いの声や息がとりとめなく飛び散って、不意に真冬がびくっと大きく痙攣し、射精と同時に爪先まで感電した。俺はそのすがたで糸が切れて、真冬の中で全部出していた。
真冬は床で息を切らしていて、頬が真っ赤に上気して綺麗だった。その無防備なすがたを見て、真冬を好きになってよかったと思う。俺だけが、そんな真冬を見ることができるのだ。俺は真冬の髪を撫でて、そのまま隣に横たわった。真冬は俺を見て、そっと唇にキスをしてから、俺の胸にもぐりこんでくる。「かわいい」と言うと、「映乃の前だけね」と真冬は咲った。
そのあとも、念のため服は着たものの、真冬といちゃいちゃしていた。十八時になる前、「ただいまー」と声がして、深冬が帰ってきたのが分かった。俺と真冬は視線を重ねてから、ため息をついて軆を離す。
それから、「おかえりー」と真冬が言うと、部屋のドアが開いて「また映乃来てたの」とまず俺を見つけて深冬がしばたいた。「真冬先生に勉強教えてもらってんの」と俺がふくれると、「もう僕より真冬の親友だね」と深冬は咲い、「映乃のレベルに合わせるの大変だろうけどよろしく」と真冬に言うと、深冬は引っこんでいった。俺のレベルはこの夏休みでけっこう上がったぞ、と思いながら真冬を見ると、真冬は膝を抱えて「親友かあ」と苦しそうにうめいた。
真冬と深冬は、ふたごの兄弟だ。一卵性なので、かなり似ている。真冬が兄、深冬が弟だ。名前の通り冬に生まれ、このマンションで両親と四人暮らしをしている。
俺はもともと、深冬と同じ高校で仲良くなった。親友としてこの家にお邪魔しているうち、真冬とも親しくなったのだ。
「たまには俺と遊んでよ」と真冬に誘われてふたりで出かけるようになり、気持ちがどんどん恋愛感情になっていった。でも、真冬が男も大丈夫だとは分からなかったから、俺は押し殺していた。というか、気持ちに気づかれないように、あくまで深冬の親友であるように努めた。
そうしたら、半年くらい前の二月、真冬の顔が見たくてこの家には来るくせに、あんまりしゃべらなくなった俺を、真冬はこの部屋に引っ張りこんで訊いてきた。
「映乃は、俺が気持ち悪いの?」
胸倉をつかまれて、顔を近づけられて、睨まれて、俺は自分の鼓動に思考回路を振りまわされながら、「何で」と何とか問い返した。真冬は唇を噛んでから、さらにぎゅっと俺の胸倉を握る。
「俺のこと、避けてるじゃん」
「は……はっ? 避けてねえし」
「避けてる」
「避けてたら、この家来ないだろ」
「じゃあ、俺のこと嫌いじゃない?」
「嫌い……じゃ、ないよ。何だよ、そんなガキみたいなこと訊かなくても、」
「俺は映乃が好きだから」
「えっ」
「深冬に……嫉妬ばっかりしてる。映乃と仲良くて、同じクラスで、いつも……」
真冬の瞳が滲んで、ぽたぽたとこぼれて、俺は目を開いた。真冬は引っつかんだ俺の胸に顔を伏せた。
「俺のほうが、映乃のこと好きなのに」
「え……えと、真冬、それは──」
「だから、俺のことが気持ち悪いのかって訊いてんだろ。俺の気持ちが気持ち悪い? 男同士なんて気持ち悪い?」
「真冬……」
「もう、それなら今振ってよ。そしたら、俺もおとなしくするし。深冬に嫉妬もしないし。あきらめるから」
俺は、自分よりやや背の低い真冬を見下ろした。真冬の涙が制服のネクタイに染みこんでいっている。動顛していた心臓が、緩やかに、でも強く脈打っている。
右手を軽くこぶしにしてから、指先をほどいて、そうっと真冬の髪に触れた。真冬の肩が揺れて、俺を見上げてくる。瞳が通じて、頬が熱いあまり目をそらしたくなったけど、何とか見つめ返す。真冬の頬に幾筋も涙が伝っていて、俺は深呼吸してから、ぎこちなく右手で真冬の頭を抱き寄せた。
やばい。心臓聞こえるかもしれない。けれど、突き放すなんてできない。だって──
「俺……も」
声が震えて、消え入りそうで情けない。真冬は呼吸も抑えて、俺の言葉を待つ。
「真冬に、気づかれたら嫌われると思ったから。深冬と仲良くしてれば、気づかれない……かな、とか。でも、やっぱり真冬に会いたいから、ここに来ちまうし」
「……会い、たい?」
「うん。この家に来るのは、深冬と仲がいいからじゃなくて、真冬に会いたいから」
「ほんと……?」
「いや、深冬とも仲は良いけど。あいつは親友だし。真冬は……親友、というよりは、……つ、つきあいたい、とかの『好き』で」
真冬が顔を上げた。俺は恥ずかしくて顔を伏せたままだったけど、「映乃」と優しく名前を呼ばれて真冬を見る。すると、真冬は背伸びして俺にキスをした。真冬の唇には涙の塩味が混ざっていた。
「こういうの、してもいい、『好き』?」
真冬は、じっと俺を捕らえていて、俺は面映ゆくて泣きそうでもうなずく。すると真冬は柔らかに花が咲くように微笑んで、俺の首に抱きついてきた。「俺も映乃が好き」という言葉が耳元で響いて、俺はとっさに信じられないほどまごつきながらも、両腕で真冬を抱きしめ返した。
「真冬」
「ん?」
「これは、その……つきあってもらえる感じですか?」
なぜか敬語で俺が確かめると、真冬は噴き出して俺にしがみつき、「そういう感じです」と答えてくれた。
つきあう。真冬と。片想いだと思ってきた。親友の片割れだ。気づかれたら死ぬと思っていた。それが──
俺はやっと楽になった息を吐いて、真冬の名前を何度も呼んで抱きしめた。真冬の名前を心置きなく呼ぶことすら、久しぶりになっていたことに気づいた。
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