指先に触れる君が-13

君であるように

 真冬が深冬の軆を通して現れることは、それからなかった。
 自分が眠っているあいだの真冬の行動は、夢を見るように、ぼんやり深冬の記憶に残っているらしかった。その記憶によって、深冬は真冬と俺の関係も理解してくれて、そのぶん余計に一度は真冬を拒絶したことを後悔していたけど、俺が「もう分かってくれたならいいんだ」と諭して、少しずつ納得してくれるようになった。
 あのあと、「仁奈子に謝っていいかな」と言われて、俺もそうしたほうがいいとうなずいた。だからあの日の夜、深冬は仁奈子ちゃんを呼び出して、乗り移られていたなんて非現実な説明はせず、ただ真冬がいなくなってひどく混乱していたと言ったらしかった。俺と真冬の恋愛関係は話していいと言っておいたので、それも仁奈子ちゃんに打ち明け、俺に対して申し訳なくて身代わりになろうとしたと説いたそうだ。仁奈子ちゃんはそれでうなずき、さいわいふたりは亀裂を修復して仲直りしてくれた。
「映乃くんが、私に全部しゃべっていいからって言ってくれた、って」
 翌日、ちゃんと学校に来ていた深冬と話していた仁奈子ちゃんは、登校してきた俺に駆け寄って声をかけてきた。そしてそう言ったので、俺は弱く咲うと「ごめんね」と言った。仁奈子ちゃんは首を振り、「男の子同士がどうとか言ってごめんなさい」と頭を下げた。
「いいよ、俺もはっきり拒否れなくて」
「……好きな人がいなくなったら、きっとわけが分からなくなるよ。私も深冬が好きだから、それは何となく分かる」
「うん。ありがと」
「元気出してね。深冬も、私もいるから」
 俺は微笑んでうなずき、仁奈子ちゃんが深冬の元に戻っていくのを見送った。深冬も俺に微笑みかける。俺はそれにも咲い返し、自分の席に着いた。
 そして、聖真に改めてお前とつきあうことはないとはっきり言った。聖真は俺のまっすぐの瞳を見つめてから、「そうですか」と肩をすくめた。「でも」と俺は言葉をつなぐ。
「聖真のこと、嫌いってわけじゃない。幼なじみの兄貴としては、いい奴だと思ってるよ。それは変わってないと思う」
「ふうん?」
「俺のこと心配してくれたから、目を覚ませとか言ってくれたんだろ」
「……まあな。で、目は覚めたのかよ」
「覚めた、よ。真冬はもういないって、思う」
「そっか」
「でも、真冬のことはずっと好きだよ。もし誰かとつきあっても、真冬を超える人はいないと思う」
 俺がそう言うと、聖真は息をついて仕方なさそうに笑い、俺の頭を小突いた。
「じゃあ、次に行くにしても、真冬くんを想いつづけるにしても、幸せになれよ」
 俺は聖真を見て、「うん」と咲ってうなずいた。それからすぐ聖真はセンター試験とかでいそがしくなった。それでもたまに俺の家に遊びに来ると、俺の両親や映奈と笑っていて、俺に妙に言い寄ってくることもなかった。
「真冬と映乃をずっと見てて」
 昼食時に仁奈子ちゃんが友達に呼ばれて席を外し、深冬とふたりになったとき、元気になってきたらしいおばさんが用意した弁当を食いながら深冬がつぶやいた。
「正直、僕はもうこの軆に戻らなくていいって思った」
「え」
「あんなに、幸せそうな真冬と映乃を、僕が戻ったらまた離れ離れにさせて。僕はその罪悪感を一生背負っていくことになって。生きていくのは怖いと思った」
「………、」
「せめて、この軆を真冬に渡したら、全部許されるんじゃないかって」
「……うん」
「映乃も、そういうの思ったでしょ?」
 俺は深冬をちらりとして、「まあな」と否定はせずにたまご焼きを頬張る。
「でもあのとき──最後のとき、映乃の誰も責めないよって声が聞こえたし、真冬も……」
 深冬はサンドイッチを食べて、こくんと飲みこむ。
「戻ってくるなら、今にしてくれって思った」
「え……」
「これ以上映乃のそばにいたら、ほんとに乗っ取って離れたくなくなるって。でも、それをしたらきっと自分は死んだあと幸せになれないから。映乃を天国でひとりぼっちにするから」
「………」
「自分と映乃を想ってくれるなら、今、帰ってきてって……聞こえた」
「……そうか」
「でも、ほんとによかったのかな。僕はまだ分からない。真冬は、映乃の隣であんなに咲ってて、それを……」
「いいんだよ」
「映乃……」
「……よかったんだ。おかげで、俺は死ぬまで生きるって思えたしな。いくらつらくても、寂しくても、自殺したらダメだって」
「………、友達だけど、僕、映乃のそばにいるからね」
「ああ」
「一緒に生きていこうって、映乃が言ってくれて嬉しかった。ほっとした。あれを言われて、初めて許された気がした」
 俺は笑みを作った。深冬も優しく微笑んだ。「深冬っ」と仁奈子ちゃんが戻ってきて、深冬はそちらを振り返る。俺は箸を休めて、もうすぐクリスマスを迎える冬の空を窓から見上げた。
 真冬。俺が見えてるか? たとえそばにいられなくても、俺はお前が好きだから、何だか近くに感じてるよ。俺のそばにいようとしてくれたお前をよく知ってるよ。もう片割れの軆を借りたりしなくていい。きっと俺は、最後まで生きたあと、真冬自身の軆を抱きしめてあげられる。
 だから、少しだけ待っててくれ。
 俺が迎えに行くまで。この手が、また、お前の柔らかな体温に届くまで。
 祈ってるよ。
 指先に触れる君が、そのときは、間違いなく君であるように。

 FIN

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