Koromo Tsukinoha Novels
「ママにそっくりでかわいいねえ」
ずいぶん昔から、おかあさんと一緒に歩いていると、よくそう声をかけられた。それがおかあさんには自慢だったみたいで、そう言われると嬉しそうに「ありがとうございます」と笑顔になる。
かわいいって、僕は男の子なのに。ちょっとだけそう思わなくもなかったけど、おかあさんが喜んでいるのならいいかと黙っておいた。
そんな綺麗なおかあさんと、いつも優しいおとうさんが、突然の交通事故で亡くなったのは僕が七歳のときだった。
小学生になって半年が過ぎた秋、十月なのに陽射しは依然強く、残暑が居残り続けていた。日曜日、僕はひとりで留守番をしていた。そしたら警察の人が来て、ゆっくり、幼い僕にも分かるように両親が事故に遭ったことを説明した。
買い物に出ていた両親が歩道を歩いていると、アクセルとブレーキを間違えた車が突っ込んできたのだという。おかあさんをかばったおとうさんは即死、おかあさんも結局まもなく息を引き取ってしまった。
ひとりぼっちになった僕を引き取ったのは、おかあさんの従兄に当たるおじさんだった。
おじさんは、おとうさんに負けないくらい優しい人だった。僕のためにおいしいごはんを用意してくれて、勉強も丁寧に教えてくれて、わけもなく泣き出してしまっても根気よくあやしてくれた。おじさんはおかあさんの話をして、「僕の初恋は凛子なんだよなあ」なんて笑っていた。
「凛也くんは、本当に凛子によく似てるね」
小学三年生になった春の夜、おじさんはそう言って僕の頭を撫でていて、思いがけない提案を続けた。
「凛子に会いたいと思わない?」
「……えっ」
おじさんを見上げた。
おかあさんに会う? そんなことができるの?
僕がそう思ったのを見取ったのか、おじさんは「よし」とうなずいて立ち上がり、いったんリビングを出ていった。物置からがたがたと音がしたあと、おじさんは救急箱くらいの箱を提げて戻ってきた。
「それ──」
「凛子の遺品で、もらっておいたものなんだ」
おじさんは僕の隣に座り、箱を開けた。
ふわりとおかあさんの匂いがした。中に詰まっていたのは、化粧品だった。
「これで、おかあさんに会えるの?」
「うん。だからお葬式のあとにこれはもらっておいたんだ」
おじさんを見つめた。おじさんは微笑むと、「じゃあ凛也くん、しばらく目をつぶってて」と言った。首をかしげると、「凛子を呼ぶから」とおじさんはにっこりする。よく分からなかったけど、僕はおとなしく睫毛を伏せた。
おじさんの指が頬に触れた。それから、顔にひやりと冷たいものを塗られた。瞼を撫でられ、頬をくすぐられ、唇をたどられ──目を開けたくなるのをじっとこらえた。
やがて、「いいよ、凛也くん」と言われたのでぱっと目を開ける。目の前に鏡をさしだされ、僕はそれを覗いてまばたきをした。化粧した僕が、おかあさんと瓜ふたつになってそこに映っていたからだ。
おじさんを見た。しかし、何を言えばいいのか分からない。おじさんは僕の頭を愛撫して、「本当に凛子だ」と僕を抱きよせ、腕の中にぎゅっと封じこめた。
それ以来、僕はおじさんに化粧を施されて、おかあさんに会った。次第に家にいるあいだは、化粧をしているのが当たり前になった。そんな僕をおじさんは抱きしめ、首筋を柔らかく咬んだり、服の中に手を入れたりする。肌におじさんの手が這い、やがて、その手は僕の脚のあいだを捕らえた。
「気持ちよくしてあげる」
おじさんは、幼い僕のものをこすった。その刺激に下肢がびくんとわなないて、僕はおじさんにしがみついた。
どうしよう。何か出そう。でも、こんなところでもらしちゃダメだ。
そう思って我慢していたけど、おじさんが「出していいんだよ」とささやいたから、過敏な快感に朦朧としかけていた僕はそのまま精通していた。
おじさんは、僕が化粧をしていないときは触ったりしない。だから、たぶん嫌だったら化粧しなければよかった。でも、僕はそのうち自分で化粧を始めるくらいになった。おじさんの腕の中で、あの花開くような快感を揺蕩うのをやめられなかった。
おじさんはそんな僕に女の子の服を買ってきて、綺麗に着せてから写真に残しはじめた。スカートを穿いた僕を奥までつらぬきながら、動画も撮っていた。
そして、その写真や動画を見たという人たちのオフ会に、おじさんは僕を連れていった。
「凛也。化粧をして着替えてきなさい」
ホテルの一室に僕とおじさん、それから三人の男の人。おじさんにそう言われ、僕はとまどったもののこくんとして、化粧を始めた。「じゅうぶん女の子みたいですけどねえ」「いやあ、ほんとにかわいい子だ」とおじさんたちは話している。
化粧をして水色のワンピースを着た僕は、おじさんに抱き上げられてベッドに連れていかれた。男の人の中のひとりが、僕にカメラを向ける。
「女の子の格好、好きなの?」
返答にまごついたものの、嫌だとは思っていないので小さくうなずく。
「そっかあ。じゃあ、もう今日は、自分は女の子だと思っていいからね」
「う……ん、」
「女の子はみんなやってる楽しいことを教えてあげようね」
僕は不安を混ぜて、おじさんを見る。すると、おじさんは僕に覆いかぶさって口で口をふさいできた。おじさんの舌が口の中に入ってくる。息が苦しくなって咳きこむと、カメラ以外の男の人も僕に近づいてきた。
ひとりにスカートをまくりあげられ、もうひとりは僕の上半身をまさぐってくる。みんな無言だ。何だか怖くなってきて、僕はかぼそくおじさんを呼んだ。おじさんは蕩けたような目で僕を見つめていて、「凛子」と口走る。
……ああ、そうか。僕じゃないんだ。最初から、おじさんには僕は僕じゃなかった。おじさんが触れているのは、かつて触れられなかった、僕のおかあさんの素肌なのだ。
僕のことをかわいいと思ってるんじゃない。僕のことを良くしてくれてるわけでもない。全部、おかあさんにしたくてもできなかったから──
それを痛感した途端、視界がじわりと揺らめき、ほろほろと雫が落ちていった。「ああ、泣いちゃった」「優しくしてあげるからね」と言いつつ、僕を囲む男の人たちはアリスのようなワンピースを脱がしていく。頬をつたった涙はシーツに黒く飛び散った。アイラインかマスカラが混ざったのだろう。それから僕は、男の人たちの精液を浴びせられ、腰が痙攣するまで犯され、息を切らしてシーツに沈みこんだ。
「気持ちよかったね」
カメラが僕の顔を覗きこんでくる。涙や精液で、化粧なんて落ちてしまっているだろう。
「またいつでもかわいがってあげるよ」
僕はカメラのレンズを見つめた。自分の虚ろな目が見えた。
僕、素顔だとこんな目をしてるんだ。
嫌だな。化粧をして愛らしい女の子にならなきゃ。おかあさんが喜んでくれていた、おかあさんそっくりのかわいい子にならなきゃ。
けれど、ぐったりしたまま動けない。こじあけられた後ろから、こぽこぽと青臭い精液がしたたる。
睫毛を伏せ、涙を何とか閉じこめた。そこでやっと撮影が止まり、「最高のものが撮れましたよ!」とおじさんたちは騒ぎはじめる。僕のことなんかほったらかしで、やっと目を開けると、同時に涙があふれてきた。
その水分に触れた指先は、やっぱり黒い。僕はシーツに顔をうずめた。
黒い涙の染みが広がっていく。いつしか僕の心を蝕んでいたいびつな傷のままに。
僕、汚れちゃったんだ。
そう思うとますます嗚咽がこみあげて、呪われたように黒い涙はいつまでも止まらなかった。
FIN