ボーダーガール

 中学二年生に進級して、一年生のときに同じグループだった志那子しなこと同じクラスになった。
 四人グループで、あたしが特に仲良しだったのは、志那子じゃなくて澄世すみよだったけど。もちろん志那子が苦手というわけではないから、ぼっちに振り分けられるよりずっとよかったとは思った。志那子もそう思ったみたいで、あたしたちは春のあいだはほとんど一緒に行動していた。
 五月になると、急激に気温が上昇した。桜の樹はすっかり緑に染まって風にざわめき、植木や花壇から熱された土の匂いがむせかえる。雨は少ないけど、すでに真夏日がちらほらする連休が明けると、席替えがあった。
 四月のあいだ、あたしはずっと志那子といたから、ほかに友達はできていない。志那子もそうだと思っていた。だから、変わらずあたしと仲良くしてくれると思っていた。
実理みりちゃん、そのストラップすごくかわいいね」
「ありがとー! ラス一だったから買っちゃった」
「このマスコットって人気だよねー。いいなあ」
 窓から明るく開け放たれた昼休み、教卓に溜まった何人かの女子生徒がはしゃいで笑っている。お弁当を食べたあとも席から動かないあたしは、それを目に入れないようにしつつも、耳は過敏にかたむけてしまう。エアコン設備のない学校の上、まだ夏服が解禁されなくてセーラー服だから、体温がぼんやりほてっていた。
 志那子は席替えで前後になった、草戸くさと実理みりという女子のグループにあっさり混ざった。志那子があたしをその輪に招き入れることはなかった。実理たちとやたらお互いを褒めあって笑っている。
 別に、志那子はあたしが嫌いになったわけではないと思うけども、あたしは実理と楽しそうにしている志那子が分からなかった。実理たちと過ごしたことを、あとでいちいちあたしに報告するときがあるのもいらいらした。
 あたしはあんなふうに、うわすべりして群れるのは嫌いだ。群れている人は見ているだけでいらつく。
 実理たちのグループは、先生の言う通りにする子たちばかりだ。スカーフの長さ、ソックスの色、スカートの丈、ぜんぶきっちり守る。そして、そういうのをあんまり守らないあたしを、得意げに非難する。
 でも、あたしは嫌なものは嫌だ。身につけたくないものは身につけたくない。みんなと同じだなんて、気持ち悪い。
 スマホのストラップ、毎日違う髪型、宿題をやってきたこと、実理たちは何かと仲間内で褒め合う。でも、心から褒めているように聞こえない。嫌われないように、外されないように、気を遣ってるだけに感じる。
「媚売るなんてバカみたい」
 四月には、志那子は実理たちのグループを見てそう言っていた。
「好かれるための容量がいいって、何か嫌だよね」
 でも、もう、志那子はみんなの中にいるために笑っている。小利口な笑顔。あの子、本当に実理たちと仲良くしたいのかな。友達うまく作るなんできないって言ってた。
 そうかな。うまくやってるよ。少なくともあたしよりは。
 何というか、軽いのだ。あの子たち、軽い。だからあたしには彼女たちの笑い声が信じられない。志那子が一応あたしを拒絶していないのだって、いい人でいたいだけだ。友達として想ってくれているわけじゃない。
 あたしはつくえに伏せると、目をつぶった。実理たちの楽しげな声に心臓がむしゃくしゃとかきむしられる。この息苦しさ。ああ、結局学校も家と同じだ。あたしがどんなに悩んでも誰も構ってくれない。どんなに頑張っても親は褒めてくれない。学校だって、そもそも不登校したいところを登校しているのに、それをえらいねって言ってくれる人はいない。
 ……あはは、何だか、こんなふうにひとりでぐちゃぐちゃ考えているけれど、あたしはみんなの輪には入れなくて悔しいだけなのかな? 寂しいのかな? 嫉妬しているだけ?
 それでも、やっぱりあたしはそこに入れない。あの子たちの笑顔を見ているだけで、どうしようもない拒絶反応がある。吐きそうにさえ感じる。
 志那子はいいね。その中で何も感じることがなくて。ましてや楽しむことができて。
 あたしには耐えられない。いらいらしてなじめない。染まれないの。みんなの輪の中、ただそこにいることができない。
 ──数ヵ月後の夏休み、あたしは浴室で手首を切ったことで、病院に連れていかれ、境界性人格障害と診断された。

 FIN

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