涸れるまで

 私が泣くと、あなたは笑った。
 笑って、私の髪をつかんで顔をあげさせ、「槙元まきもとさん情けないねえ」とさらに笑って、スマホで写真を撮る。そして、周りのみんなのスマホにもそれを共有し、げらげらと笑いが起きる中で、私はますます泣いて、あなたはますます笑う。
「あー、ほんっと槙元ってすぐ泣くから笑うわ」
 そんなことを言いながら、あなたはセーラー服の襟をひるがえし、仲間を従えて去っていく。私はうつむき、横目でそれをじっと見ている。
 そのすがたが見えなくなると、私はすっと無表情になって頬に伝った涙をはらう。そして壁に背中を当てて息をつき、あなたの満足そうな笑顔を想い、笑みをこぼす。
 ああ、咲原さきはらさん笑ってくれた。今日も私が笑顔にした。やっぱり、咲原さんは笑っているところがかわいいなあ。
 一学期、あなたはみんなにイジメられて、いつも泣いていた。だから、私は笑顔にしたいと思った。その方法は簡単だった。
「ねえ、もうやめなよ」
 イジメのリーダー格の女子に、そう言うだけ。彼女は単純に私をぎろりとにらみつけた。
 その翌日、あなたはまだ少し怯えながらも、リーダー格が見ている前で私の顔面に使い古した濡れた雑巾を投げつけた。
 分かってる。分かってるよ。ここで「は? ふざけんなよ」と言い返したら、あなたがまた泣くのを私は分かってる。
 だから私は泣いた。その瞬間、あなたは笑った。
 あなたは沼にハマっていくように、私をイジメた。そして笑ってくれるあなたが私は嬉しかった。私が泣けば泣くほど、楽しそうに笑うあなたが好きだった。
 バカだなあ。本当に、間抜けで愛おしいなあ。私がひとたび突き放せば、また自分が泣くことになるのも忘れて。私が笑顔にしてるんだよ。あなたの笑顔は私のものなんだ。
 そんな二学期が終わって、凍るような風が吹く三学期が始まった日だった。登校中、「槙元」と声をかけられて振り返ると、あなたがいた。
 その後ろにいつもの仲間の女子がいて、あなたは一学期のように怯えてすくんでいた。「ごめん」と突然言われて、私が首をかしげると、「二学期、イジメまくってごめん!」とあなたは涙をこぼした。
「何だよ、それだけかよ咲原」
「槙元はさあ、『やめなよ』ってあんたを助けたのにひどかったよね」
「土下座ぐらいすれば?」
「ほんとだわ。ここで槙元に土下座しろよ」
 あなたは嗚咽をもらしながら、登校中の生徒が周りにいる中、アスファルトに膝をついて私に土下座をした。周りからくすくす嗤う声と好奇の視線が来る。
 私はあなたを見下ろしたあと、膝をついて「顔をあげて」と言った。あなたはそろそろと顔をあげ、私を見つめた。
 ぽろぽろとこぼれる涙。
 ……私はあなたの笑顔が見ていたいのに。
 そんな顔、ぜんぜん綺麗じゃないよ。
 なのに、私は笑い出してしまっていた。なぜか愉快な気持ちになっていた。
 その日から、私が笑うとあなたは泣く。私はあなたの頭を地面に踏みつけ、その泣き顔を写真に撮って、プリントして一枚ずつ壁に貼りつけはじめた。
 そしてあなたの顔を黒マジックで塗りつぶした。カッターで引き裂いた。目打ちで突き刺した。
 違う。
 私が見たいのはこんなあなたじゃない。
 そう思うのに、あなたが泣くと、私は笑ってしまう。
 あなたを支配できるのなら、もう何でもいいって──あなたの瞳が涸れるまで、その心を踏みにじってしまいたいと思うの。

 FIN

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