君の一番に

 同僚の中で仲のいい真穂まほは、男の人とつきあっても、なかなか続かない。
 せいぜい、一ヶ月くらいで別れてしまう。理由は場合による。真穂が振るときも、振られる場合もあるけど──いつも話を聞いている私の印象だと、真穂は愛されるより愛したいタイプらしい。
 真穂のほうが熱を上げていると、振られてしまう。その逆だと、真穂は冷めて振ってしまう。
 しかし、真穂の恋愛バイタリティは強靭なので、すぐに次の彼氏を見つけてくる。合コン、ナンパ、マッチングアプリ。何でも駆使して、次々と男の人を捕まえる。
 だから、ほとんど常に真穂には彼氏がいる。
「最近、『いそがしい』が多い気がする」
 仕事がひと息ついた昼休み、一緒にカフェでランチしながら、ソイラテをすすった真穂は唐突にそう言った。軽くトーストした食パンに挟まれた、エッグサンドイッチを食べていた私は、それを飲みこんで答えた。
「彼氏?」
「うん」
「仕事?」
「うん」
「何の仕事だっけ」
「教師」
「そりゃあ、四月はいそがしいでしょ」
 私の返答に、「そうかもしれないけどっ」と真穂は食い下がる。
「彼、十年も教師やってんだよ? 新学期なんて慣れっこじゃないの?」
「私は教師じゃないから分かんないけど、新しいクラスに慣れるってそんなに簡単でもない気が」
「十年ってベテランだよね?」
「十年も教師やってるっていくつ? 結婚してないの?」
「あたし、不倫はしないし。まあ、バツイチらしいけど」
「あー、バツイチかあ」
「三月に生徒が卒業したの見送って寂しいって、最初はメッセとかたくさんくれたのに。今、返信頻度は三日に一度だよ? 信じらんない」
 私は曖昧に咲って、さくっとトーストが香ばしいエッグサンドイッチを頬張る。中身のたまごフィリングは、濃厚なマヨネーズの中にからしがぴりっと効いている。
 真穂も、やっと自分のホットドッグに手をつける。フランクフルトにかかるケチャップとマスタードが色鮮やかだ。
「別れるの?」
 卒業の季節が最初ってことは、そろそろ一ヶ月だろうか。そう計算して、私が尋ねると、「あたしは別れたくないけど」と真穂は息をつく。
「彼はそうしたいんじゃないかなって」
「言われたの?」
「昨日、『いそがしいのを分かってくれないの、ちょっとしんどい』って言われた」
「分かってあげたらいいじゃない」
「そんなん、都合のいい女じゃない。あたしを優先しろとは言わないけど、あとまわしは嫌だわ。両立くらいできるでしょ」
 それ、優先してほしいって言うより酷だと思うけど。
 というのは、もちろん口にせず、私は深い香りのブラックコーヒーをすする。真穂はもぐもぐとホットドッグを食べ終わると、付け合わせのサラダに手をつける。
柚実ゆみはいいなあ」
「え」
「彼氏と何年だっけ?」
「……三年、かな」
「あたし、男と一年も続いたことないよ。どうやったら、そんなに長続きするの?」
「………、けっこう、ほったらかしにしとく」
「ほったらかし」
「束縛しないというか」
「さらっと言うなあ。それができたら、あたしも苦労しないよ。連絡来ないと不安でしょ」
「別に……。そのうち何か来るし」
「『そのうち』って、一週間くらい?」
「一ヶ月くらいのときもある」
「は? それ、自然消滅の目安じゃん。柚実から追撃したりしないの?」
「しないかなあ」
「じゃあ、一ヶ月、何も連絡取らないの?」
「そういうときもある」
「マジか。長続きカップル怖いわ。それで幸せ?」
「幸せっていうか、安定はしてる」
 真穂は理解できない表情で、フレンチドレッシングかかったサラダを口に運ぶ。
 エッグサンドイッチを食べ終わった私は、サラダセットでなくデザートセットにしたので、店員さんにチョコのミニパルフェを持ってきてもらう。スプーンでチョコアイスをすくって、冷たい甘さを口にふくんでいると、ふと、聞き憶えのある真穂のスマホの着信音が聞こえた。
「何か鳴った」
「え、あたし?」
「私の音じゃない」
 真穂はバッグからスマホを取り出し、画面に指を滑らせた。そして、何やらうめきをもらすと、みるみる表情を酸っぱいものにした。私が怪訝を浮かべると、真穂は何も言わずにスマホの画面を突き出してきて、私はそれを覗きこむ。
『よく考えたけど、僕たち合わないと思う。
 別れよう。』
 舌でチョコを蕩かしつつ、何ともコメントできずにいると、「あーっ、もう!」と真穂は乱暴にスマホをバッグに突っ込もうとした。が、いったんスマホを持ち直し、何やら操作してから改めてスマホをしまう。
「返事したの?」
「しないわ。ブロックしただけ」
「え、いいの?」
「いいよ。次だよ、次。大事なのは、次の彼氏」
 私は、また曖昧に咲うと、「頑張れ」とだけ言っておいた。「おう」と早くも吹っ切れた様子で答えた真穂は、ソイラテに添えられたスプーンで私のパルフェをひと口奪って、口に入れた。「んー、美味」とか言っている真穂に苦笑して、私もパルフェをスプーンで掘り下げていく。
 私はね、真穂のほうがずっとうらやましいよ。素直に彼氏の一番になりたいと思えるのが、すごくうらやましい。
 本当はそう言いたいけど、言ったことはない。
 つきあって三年の彼が、嘘をついているのを私は知っている。
「ごはん行こ」って誘っても、「うん、今度な」ってはぐらかす。メッセの返事も遅くて、ラリーになったこともない。思い切って通話をかけたら、「あとで折り返すから」ってひと言で切られる。
 分かってるよ。ふたりで会うのはまずいんだよね。ほかに優先して返してるメッセがあるんでしょ。通話のときだって、きっとそのとき、「彼女」と一緒にいたんだって……。
 彼は優しさのつもりで、嘘をついているのだろう。でも、私のことをバカにしているだけだ。私が「二番目」だって、「彼女」の「次」だって、それを必死に隠す彼は、ただのずるい意気地なしだ。
 ──ねえ、真穂。長続きの種明かしなんてそんなもんだよ。
 けれど、その言葉は飲みこんで、私はパルフェを食べ終える。真穂もとっくにサラダを食べ終えていて、「じゃ、会社戻って午後も働きますかー」と背伸びする。
 別々に会計をしながら、カフェの窓の向こうで、桜が咲いているのを私は見つめた。
 出逢って、もう三度目の桜。きっと、永遠に君と一緒にそれを眺めることさえないのに、私はいつまで次に踏み出すことができないのだろう。
 そんなことを思いながら、会計を済ますと、私は「ごちそうさま」と店員さんに微笑んで、さっそくマッチングアプリを利用再開している真穂と共に、春風の中を歩き出した。

 FIN

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