ハッピーエンドは好きじゃなかった。いかにも造りごとのそれは、せっかくのストーリーも白けさせる。
でも、僕はこれまで、あまりにもハッピーエンドに巡りあえなかった。だから、映画、ドラマ、小説、今はハッピーエンドを見ると、その稀少価値に泣いてしまう。
放課後の教室で、やっと恋した女の子にあっさり振られた。男との初恋で、ぐちゃぐちゃになった僕は、恋なんかいらないと思っていた。そんな想いをいつのまにか砕いて、欲しいと思えた子だった。けど、やっぱり──
そうだよなあ、と僕は夕暮れが透き通る窓にもたれる。同性愛なんてそんなもんだよなあ、と息苦しく天井を仰ぐ。
明日から、あの子には変態を見る目をされるのか。あいつレズっぽいよ。そんなことを言い触らされるのか。覚悟の上での告白だったけど──現実として迫ってくると、憂鬱だ。
スマホが僕の一番好きな曲を流した。僕はスカートのポケットから取り出したスマホの画面を起こす。
他校に進んだ、中学時代の友人の香乃のメッセだった。
『幼なじみとお茶してる。
あたしのこと振ったのに、普通に接してくる。
もう期待させないでほしい。』
香乃はこのあいだ、幼なじみに告白して振られた。香乃は大事な人だ、と幼なじみは香乃に言った。
「このまま仲良く、ずっと一緒にいたい。でも、そういう気持ちには応えられない」
香乃は適当に家の冷蔵庫から持ってきた酒を僕の部屋で飲み、わんわんと泣いた。
「大事ならいいじゃん。ずっと一緒にいるなら、同じじゃん。何で期待だけはさせられる関係にならなきゃいけないの」
「じゃあ離れたら」と僕が酒は断ってお茶を飲んでいると、香乃は首を横に振った。
「それは一番やだ! あいつが誰のものにもならないならまだいいよ、でもいつかは誰かとつきあったりするんでしょ。それを見てるだけでいろなんて、ひどいよお」
そんな香乃を眺めて、僕ならあの子にそんな答えをもらえたらじゅうぶんだと思った。大事で。仲良く。一緒にいたい。そう思ってもらえれば、僕は幸せだ。
だから僕も、「友達になりたい」くらいなら偏見されないかもしれないとか思った。だけど、あの子は軽蔑とかは確かに見せなかったけど、言った。
「私は、その、……無理だから。ごめんなさい」
無理。無理って何だろう。
ただのクラスメイトじゃなく、友達になりたい。僕はそう言った。いきなり「好きです」はさすがに重いと思ったから──なのに、友達の時点でどうやら悟られて、僕は断たれてしまった。
『私も振られたよ。
かなりあっさりと。』
香乃のメッセにそう返すと、すぐ返信が来た。
『告ったの!?
いきなりだね。』
『香乃が頑張ったの見てね。
私も頑張らなきゃって。』
『そうなんだ……。
何なんだろね。
両想いってどこにあるんだろ。』
『分かんない。
私、なったことないし。』
『茉子ならいつかしっかり恋できると思うよ。
ごめん、幼なじみ戻ってきた。離脱。』
僕はスマホをおろし、夏の夕陽が映し出す教室を眺めた。
さっきまで、あの子とここにふたりきりだった。それだけでも、僕は胸がいっぱいで幸せなほどだったのに。その時間が続くことすら、僕には与えられなかった。
同性愛の現実なんて、こんなものだ。フィクションの世界なら、だいぶん当たり前のものになった。同性を好きになった。しかも応えてもらえた。友達は自分を受け入れて、親もうすうす感じ取ってくれていて、最後にはカミングアウトして──
ありえない、ありえない、ありえないんだよ、そんな現実! 全部フィクションだ。そんなハッピーエンドは、架空の世界だから成り立つ。
現実は違う。そんなにうまくいくもんか。神様は作家みたいに優しくない。僕たちを愛さない。残酷に、女の子を好きになった女の子の僕を、救いようもなく突き放す。
もし、僕の恋が嘘だったら。すべてが作り話だったら。僕は、あの子と友達になるくらいの進展はあったのではないか。
告りました。
振られました。
──お話にもならない。
ハッピーエンドが欲しい。一生に一度でいい、両想いというハッピーエンドが欲しい。
なのに僕はきっと、ろくな男に恋をしないし、叶わない女の子にしか恋をしないのだ。
あの子の席に歩み寄って、そっとつくえに触れる。それだけでじわりと心臓が甘く痛む。呼吸が優しく扼される。
振られたのに。バカだ、僕は。
──ちくしょう。やっぱり、好きだ。
そんな未練で、アンハッピーエンディングに堕ちていく。ここで終わらせればいい。なのに、絶対に満たされない道に進んでいく。
手に入らないなら要らないなんて、そんなたやすい恋じゃない。あの子のすがたを見るだけで、やっぱり僕は、手に入らないからこそ……
切なく傷んで、朽ちるまで。拒絶された想いの死骸を温める。
ハッピーエンドはありえない。ありえないのに、あの子がこんなに愛おしいリアル、……ほんとろくなもんじゃない。
FIN