心療内科に初めて行ったときに書かされた問診表みたいだな、と思った。ネットにはよくあるセルフ診断。ヒマだったので始めてみたら、質問数が半端じゃなかったぶん、詳細な結果が出た。
俺の「死にたさ」は七十パーセント。危険レベルになるらしい。そんなん知ってるよ、とベッドに倒れてため息をつく。
ずっとスマホの画面を見ていて疲れた。もうこのまま寝ようかな、と思うけど、頭の中がちりちりといらついている。何をやれば気が済むかな。マスターベーションでもやっとくか。そう思って一度抜くと、ちょうどいい疲労感が来て、うとうとしてきた。
ああ、寝る前に薬を飲まないと悪夢を見る。そう思ったけど、もう軆が起き上がらなくて、そのまま眠りに落ちてしまった。
翌日、目が覚めて手元に放りっぱなしだったスマホを見た。着信はない。昨夜の診断結果が表示されたままで、改めて読んでみた。
自分と同じような環境の人と交流し、居場所を作りましょう。自分と同じような人って何だよ。精神的な病人か? あるいは芽の出ない小説家か? 前者はどうせうまくいかないし、後者で群れたいとは思わない。
何なんだよ。俺はひとりこもって、小説を書いてるだけじゃダメなのか?
俺みたいな環境の奴なんて、どうせクズだろ。DVの父親、それから助けもしない母親、初恋の女には二股をかけられ、リアルの恋愛が怖い。今好きな子も、ネットで知り合った顔も本名も知らない相手だ。
その子からの連絡も、三ヵ月止まっている。だいぶ明るいふりをしていても、たまにぐずぐずしたメッセを送っていたから、ついに嫌われたのかもしれない。
ああ、死にたいな。何なら殺されたい。楽に殺されたい。
さすが七十パーセント、と思いながらベッドを降りると、本棚を眺めた。一冊抜き取って、ぱらぱらとめくる。
社会の中で頑張ろうとするけれど、結局家族を殺して自滅する、クソ殺人鬼の話。ラストは撲殺で真っ赤に染まった中、窓からの夕焼けを浴びて笑う。そのまま外に出ると、気になっていた近所の女の子がいて、彼女は「幸せなんだね」と言う──しかし、それすらも幻で、殺人鬼は結局ひとりぼっちだ。
夜になるまでPCで小説を書いて、いい加減に空腹だったので、夕食を食べに一階に降りた。もそもそとトマトソースのハヤシライスを食べていると、父親が帰宅してきた。
うぜえ。一瞥もくれず、両親の話し声だけ聞きながらそう思う。
関わりたくないのに、「お前、また勝手にとうさんのカードで何か買ったな」と父親が声をかけてきた。無視していたら、父親がいつも通り怒鳴りはじめたので、「かあさんがいいって言ったから、ネットで買った」と俺は吐き捨てた。
父親の矛先が母親に向かいはじめ、母親は耐えかねたのか、「違うんです」と言った。
「この子に脅されたんです。カード番号を教えないと殺すって」
舌打ちした。それは父親にも聞こえたらしい。父親は俺の胸倉をつかんで、殴りつけようとしてきた。俺はとっさに、ハヤシライスがまだだいぶ残っている皿を、父親の顔面に投げつけた。
目にでも入ったのだろうか、父親が声をあげて後退る。俺はその図体を押しのけると、座っていた椅子をつかんで母親に振り上げた。母親は悲鳴をあげたが、構わず何度も、頭に、肩に、背中に、椅子を振り落とした。同じところを殴るので、内出血では済まずに血が跳ね返ってくる。
「おい、やめろっ……」
顔面がハヤシライスにまみれた父親が、いつもは俺をどろどろに殴るくせに、そんなぬるいことを言ったのが癪だった。母親は動かなくなってきたので、俺は今度は父親を椅子の背もたれの角で殴った。脳天からぷしゅっと血が噴き出すほど。
気づくと、両親は痣と出血にまみれて倒れていた。息が上がっていた。心臓が搏動している。俺は椅子を投げ捨て、返り血を浴びたすがたで家を出て門扉の前に座りこんだ。
スマホがポケットに入ったままだった。着信なし。もう何度目か分からない、俺からの報われない一方的なメッセを送る。
『俺、今、幸せだよ』
……おかしいな。何かこれ、どっかで見たかも。
そう思ってしばし考えたら、起き抜けに読み返したあの小説だ。はは、あの小説をパクったみたいな人生だったな。
でも、あの小説、タイトルは何だっけ。警察にはあの小説を真似しましたって言うべきなのか。でも、タイトルが思い出せない。
家の中に戻った。数日過ぎた。まだ何もないけど、そろそろかな。今日も真っ赤な夕陽が落ちていくのを見ていたら、スマホが鳴った。
『幸せなんだ、よかったね!』
……何だよ。ふざけんなよ。これから人生が終わるのに。このクソ女。
何も分かってない。もっと理解してくれる人が欲しかった。何で俺はこんなに孤独なんだ? このままおっさんになって、じいさんになって、死ぬのか?
ああ、くだらない人生だった──
サイレンが聞こえた。ぼやけた頭に響く。俺は目をゆっくりと開けた。ベッドにいた。マスターベーションをしたあとのティッシュが、手元に転がっている。
……ああ、また悪夢か。何かリアルだった。サイレンは現実だけど、俺のところで止まらずに遠ざかっていく。
大丈夫、夢だ。
俺はもうあの家には出ていった。売れない小説家として細々と生きている。ひとりで。あのまま家にいたら、夢の通り、親を殺していたと思う。
夢の中に出てきた小説のタイトルはやっぱり思い出せない。読んだ記憶もない。とりあえず、『無題』で書きはじめるか。次の新作にでもしよう。
FIN