「何で学ランって真っ黒なんだろ。喪服かよ」
そういえば、桜葉はいつだかそんなことを言っていた。
そのときは、当然制服を喪服に皮肉った冗談だと思って、俺は「ほんとそれな」と笑っていた。桜葉はむすっと頬杖をついたまま、俺を一瞥して、それ以上何も言わなかった。
桜葉は、俺と同じマンションに住んでいる友達だ。たまにお互いの家を行き来するくらいには、仲が良かった。
「あの子、かわいいなー」と桜葉を見かけると姉貴はよく言っていたから、あの日、声をかけたのも半分はふざけただけだったのだろう。俺がキッチンでふたりぶんのオレンジジュースを用意していると、リビングから会話が聞こえてきた。
「桜葉くんって、女の子よりかわいいよねえ」
「そ、そうですか?」
「うん。女装見てみたい。あっ、そうだ。あたしのセーラー服着てみない?」
「え」
「こないだ卒業したけど、まだ捨ててないんだよね。桜葉くんなら華奢だし入るんじゃないかな」
あの姉貴は何を言い出しているのだ。まったく、さすがに助けてやらないと桜葉が可哀想か。
俺はグラスを手に持って、「何言ってんだよ、姉貴」とリビングに踏みこんだ。「えー、いいじゃん」と姉貴はガキみたいに頬をふくらませる。
「あんたも見たいでしょ、桜葉くんのセーラー服」
「いらんわ」
「さては桜葉くんの女装に惚れそうで怖いんだな」
「ざけんなっ。行こうぜ、桜葉」
そう言って、桜葉をこの場から救出しようとしたのに、桜葉は何だかその場から動かない。何だよ、と声をかけようとしたら、「えと」と桜葉は頬を染めながら姉貴を見つめた。
「いいんですか?」
姉貴はきょとんと桜葉を見て、俺も意味が分からなくて、桜葉を二度見する。
「その、セーラー服って、大事なものかもしれないし──」
待て待て待て。桜葉、お前、何言ってんだ。
「おい桜葉、何言って──」
「着てくれるの? ほんとに?」
目を輝かせる姉貴に、桜葉は恥ずかしそうに答える。
「き……着てみたいです」
「おいっ。ちょ、え? 桜葉? お前、セーラー服って、何考えて──」
俺が慌てているのは無視して、姉貴は満面の笑顔になると、「よし、かわいくしてあげる!」と桜葉の手を引っ張った。「おいっ」と俺はふたりを止めたくても、両手にグラスがあるから何もできない。
ふたりは姉貴の部屋に入ってしまい、俺は廊下に取り残された。
何だよ。どうした、桜葉。男のくせに、セーラー服が着たいってどういう趣味だよ。お前にそんな趣味があるなんて、聞いてないぞ。
桜葉はしばらく姉貴の部屋から出てこなかった。俺は仕方なくジュースはキッチンに置いて、廊下の壁にもたれてこまねき、顰めっ面で桜葉を待っていた。
息をついて、何で友達の女装を待機してるんだ、と今の自分がちょっと分からなくなる。自分の部屋で勝手に漫画でも読んでようかな、と思ったとき、姉貴の部屋のドアが開いた。
ついで人影が現れ、俺はその人に目を向ける。
そして、そこにいたセーラー服すがたの「女の子」に、俺は仏頂面も取り落としてしまった。「えへへー」と咲ったその子は、「けっこういけてない?」と紺のプリーツスカートの裾をつまむ。
顔立ちにも華やかに化粧が入って、正直、めちゃくちゃかわいい。おい。マジかよ。これ、桜葉──
俺ははっと目を覚ますと、「いや、悪乗りしすぎだわ」と目をそらした。桜葉はにやにやとして、俺に近づいて顔を覗きこんでくる。
やばいやばいやばい。何でこんなかわいいだよ。何で男がこんなにかわいいわけ?
「かわいい?」
「……男にかわいいも何もない」
「えー、かわいいでしょ?」
「お前な、」
「この僕となら」と桜葉は壁に手をついて、俺に顔を寄せる。何で俺が壁ドンされんの!?
「できるって思わなかった?」
できる。できる、って……それは、つまり……
「できる、って……何、を──」
心臓がばくばく高鳴って、わななく俺の声に、桜葉は噴き出して軆を離すと、おかしそうに爆笑しはじめた。
唖然としていると、「冗談だよ」と涙まで浮かべてウケている桜葉は言った。
「僕のほうが、お前とは無理だし」
「お、お前なあっ、……ったく、早くそんなの脱げよ」
「えー、これ欲しいなあ。もらえないかなあ」
「もらってどうすんだよ」
「着て喜ぶ」
「……桜葉が変なのに目覚めた」
「あ、僕のケータイで写真撮ってよ。記念写真」
「黒歴史になるぞ」
「いいから。ケータイどこだっけ。かばんかな。制服のポケットかな」
俺はあきれた息をついた。桜葉はケータイを持ってくると、俺に写真を何枚か撮らせた。途中から姉貴も撮影会に混ざって、「そんなに気に入った?」と桜葉に訊く。「だって、男の服ってつまんないんです」と答えると、「じゃ、またかわいくなりたくなったら、あたしんとこおいで」と姉貴はにっこりした。
──男の服ってつまんない。ああ、喪服ってそういう意味だったのか。
桜葉はその後も女装を続け、今ではとある夜の店で、名物男の娘として働いているらしい。ちょっと気になるけど、店を訪ねたことはない。
もし誘惑されたら、今度こそはぐらかせずに、落ちてしまいそうだし──
そのへんの女子よりかわいく変身したお前が焼きついて、俺は今、理想ばっかり高くなったよ。どうしてくれる!
FIN
