Living Time

 夕食のあと、悠紗はいつも通りギターを弾く。同棲を始めて数ヵ月、悠紗はライヴやバイトでいそがしいけど、そんな中でも時間を見つけてはギターを弾く。
 べたべた構ってこない悠紗のそういうところも好きだから、あたしは別に文句も言わず、食器を洗うと隣に座ってその音色を聴く。
 外は冬の風に凍りつきそうでも、暖房で部屋の中は暖かい。
 悠紗は十八歳。あたしは十七歳。ぜんぜん違う環境で育った。
 出逢ったのはライヴハウスで、悠紗はXENONというバンドのサポートとして出演していた。あたしはパパの幼なじみの光樹くんがやっている、ファントムリムというバンドを観にきていた。
 XENONはインディーズレーベルも運営していて、そのレーベルからファントムリムも音源を流通に乗せていた。だから、あたしはXENONの面々に挨拶できて、悠紗とも話した。
 初めて話したときは、ステージで生きていこうとする遠い人だと思っていたのに、いつのまにか一番そばにいる人になっていた。
「毬音、今日オフ?」
 ふと手を止めた悠紗は、五線ノートに楽譜を書きつけはじめる。そうしながらそんなことを訊いてきたので、「うん」とあたしはうなずく。
 あたしも週五でウェイトレスの仕事をしていて、二十二時から午前四時という、この不夜城の街らしい時間帯に働いている。今の時刻は二十一時だから、シフトが入っていたらゆっくりしていられない。
「今夜はふたりしてヒマか。どっか行く?」
「作曲してていいよ。今弾いてたの、初めて聴いた」
「こないだ夏椰から歌詞もらったから、それに合う曲作ってんの」
 夏椰くんというのは、XENONのサポートを抜けて悠紗が始めたバンドのヴォーカルだ。初生くんがベース。漣くんがドラムス。四人でenfant terribleと名乗っている。
「夏椰の昔の彼女の歌っぽいな。好きな人に、ヒマつぶしの遊びだって言われる歌」
「夏椰くん、そんな彼女いたんだ」
「いくつのときか知らないけど。そういう話を聞いたことはある」
「ふうん。あたしも、子供の頃はいつもヒマだったな」
「ファンリムのライヴとか行ってたんじゃないの」
「もっと子供の頃。夜はパパもママもいないから、いつも人を殺す遊びをしてた」
「えー」
「黒のクレヨンで、スケッチブックに人型を描くの。あとは、赤のクレヨンでそれを塗りつぶす」
「やばいね」
「うん」
「ずっとそれやってたの」
「やってた。パパもママも、それに見立てて何度も何度も殺してた」
 悠紗はノートから顔を上げると、澄んだ黒い瞳にあたしを映して、「よしよし」とあたしの頭を抱き寄せてさすった。
 パパは男娼だった。ママは娼婦だった。そんなふたりに、あたしはひと欠片も愛情をもらうことなく育った。
 殴られて、蹴られて、死にかけて。親の稼ぎで生きなくてはならないことが、すごく嫌だった。死にたいなんて、甘えたことは思わなかったけど、こんな場所は捨てて自分で生きたいとは強く思っていた。
 だから十三歳のとき、パパの仕事を切りまわす弓弦という男の助けを借りて、今働いている〈POOL〉という喫茶店の仕事にありついた。最初は裏方だったけど、十六歳のときにホールに移った。「だっさい仕事」と嗤っていたパパとも、そのずうっと前にママとも、今では縁を切って悠紗と穏やかに暮らしている。
 悠紗は優しい。この街を拠点にバンド活動をすると決めたとき、当然のように「一緒に暮らそう」と言ってくれた。
 悠紗と過ごして、あたしは本当にパパとママには愛されていなかったし、あたしもパパとママを愛していなかったのを痛感した。悠紗に愛されて、あたしの空っぽだった心は初めて温かく満たされている。殺しても殺しても飽き足りなかった憎い両親を、やっと墓に埋めて思い出さないようになれた。
「よし、この曲は“Killing Time”と名づけよう」
 ふと、悠紗がそう言った。「殺している時間」とあたしが直訳して眉を寄せると、「ヒマつぶしって意味だよね」と悠紗は噴き出す。
「……英語なんか知らないよ」
 もちろん学校なんて行っていないあたしがむくれると、「まあ俺も似たようなもんだけど」と幼い頃からXENONと各地をまわっていた悠紗も笑う。
「タイトルはいいのつけといてって言われてたから」
「いいタイトルなの?」
「歌詞のほうに『どうせなら君に殺してほしかった』とかってとこもあったから、いいんじゃない?」
「………、夏椰くん、その人好きだったんだね」
「どうせなら君を殺したかった、じゃないんだもんなー」
 悠紗は抱いていたあたしの頭をそっと放すと、ノートに『Killing Time』と走り書きして、ギターを抱えなおした。悠紗の指は器用に弦をはじき、いつだって涸れることなく、新しい音をみずみずしく紡いでいく。
 あたしはパパとママを殺したかった。傷まみれ、痣だらけになって、ヒマさえあれば、クレヨンで殺す夢想をしていた。
 危ない子供だったな、と思う。もし悠紗に出逢うことがなかったら、あたしはそれでも、あの親の背中に包丁を突き立てずにいられただろうか。
 殺さなくてよかったな。だって、今のあたしには悠紗との未来があるから。
 そんなことを思いながら、目を閉じて悠紗が爪弾くメロディに耳をかたむける。
 こんなにやすらかな気持ちは、悠紗が教えてくれた。悠紗が初めてあたしを愛してくれた。
 だからあたしにとっては、こうしてふたりでつぶす時間こそ、生きている時間なのだ。

 FIN

error: